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おしごとえらび

 昼休みの学生食堂。


 賑やかなカフェテリア風のホールで、フェリスたちは仲良くテーブルを囲んでいた。


 フェリスの隣にアリシアが座り、向かい側にはジャネットという定番の配置である。

 フェリスは新メニューのマシュマロケーキサンドというやたらふわふわしたものをはむはむとかじり、アリシアはクリームリゾット、ジャネットはマシュマロパスタを食べている。


「職場体験、どこにするか決めた?」


 アリシアはフェリスとジャネットに尋ねた。


「うう……まだ決められないです……。ぜんぶやってみたいです……」


 フェリスは縮こまる。これまで魔石鉱山以外の仕事をしたことがないから、あらゆる仕事に興味津々なのだ。


「ジャネットは決まった?」


「わ、わたくしは……」


 ジャネットは言葉を濁し、フェリスの方をちらちらと見る。


 その様子にアリシアは笑みを漏らした。


「そうよね、ジャネットはフェリスが決まらないと決められないわよね」


「それはどういう意味ですの!?」


 真っ赤になるジャネット。


「え、だって、ジャネットはフェリスが決めてから『わたくしもそれにしますわ! それがやりたかったんですの!』って言うつもりなのよね?」


「あああああああなたまさか魔術で……!?」


 心を読まれたのか、とジャネットは焦る。


「卑怯ですわ! そんな禁術は卑怯ですわー!」


「魔術を使わなくても分かるのだけど……フォークを持ったまま手を振り回すのはやめた方がいいと思うわ、危ないから」


「じゃあ、あなたは何の職場にするんですの!?」


「フェリスについていくわ。保護者だもの」


「同じじゃありませんのっ!」


 言い合うジャネットとアリシアを、フェリスはおろおろして見上げる。


「ご、ごめんなさいっ、わたしが早く決めないとダメなんですよね」


「フェリスは悪くありませんわ! 悪いのはこの女ですわ!」


「どうして私が!?」


 びしっと指差されてアリシアは困惑するしかない。ジャネットもなにがなんだか分かっていないが、とにかく誰かのせいにしたかった。つまり混乱していた。普段の暴走モードである。


 ロッテ先生から配られた職場リストをポケットから取り出し、フェリスはうんうんうなりながら眺める。


「え、ええと……この、ぼうけんしゃ、っていうの楽しそうです……」


「冒険者?」


 首を傾げるアリシア。


「はいっ! 冒険できそうです! わくわくしますっ!」


 フェリスは目を輝かせた。


「でも、安定しないわよ? 日雇い労働者みたいなものだし、福利厚生はないし、いつでも失業する可能性があるし」


「アリシア……あなたは本当に何歳ですの……?」


 自分と同じ十二歳だったはずだが、とジャネットは時々不安になる。


「まあ、職場体験だし、試してみてもいいかもしれないわね。身近で冒険者になった人はいないから、考えていなかったけれど」


「そうなんですか?」


 フェリスはきょとんとした。


「ええ。冒険者は実力次第でいくらでも上に行けるけど、だからこそ一発逆転を目指して就く人が多い仕事なの」


 そもそも魔術が使える時点で、名家の出身であることが多いため、魔法学校の生徒たちは基本的に将来がある程度約束されている。


 だから、わざわざ下層階級の逆転の場である冒険者になる必要はないし、そこまでのリスクを冒そうとする者も少ないのだ。


 つまり……、冒険者になる魔術師は、よっぽどの変わり者か、上流階級のはぐれ者、もしくは両親が魔術の才能を持たない突然変異の野良魔術師なのである。


「わ、わたくしは、冒険者で構いませんわ……」


 ごくり、と唾を呑みながらジャネットはささやいた。貴族の令嬢として、冒険者たちにはちょっとした恐怖心がある。正規の軍隊に属さない荒くれ者たち、というイメージが強いのだ。


「じゃあ、三人で冒険者にしましょ」


「はい!」


「ええ」


 アリシアが言うと、フェリスとジャネットは大きくうなずいた。





 トレイユの街の中心地に位置する、冒険者ギルド。


 いよいよ職場体験の日になり、フェリスとアリシアとジャネットの三人は身支度をしてギルドの前にやって来ていた。


 冒険者ギルドの建物は、一見酒場のような無骨な作り。雰囲気からして粗野な感じが滲み出していて、幼い少女たちは圧倒される。


「こ、ここに、入りますの……?」


「確か、学校から話は行っているから、受付の人に挨拶すればいいはずだけれど……」


「き、緊張します……」


 フェリスはアリシアとジャネットの手をぎゅっと握り締めた。


 それだけで勇気百倍になってしまうのが、ジャネット・ラインツリッヒという少女である。


「大丈夫ですわ! わたくしがついていますもの! むくつけき冒険者なんて、魔術で殲滅ですわーっ!」


「せ、せんめつはダメですようっ!」


「そういうことをしに来たのではないと思うわ」


 アリシアがどーどーとジャネットをなだめる。


 少女たちは三人で支え合うようにしながら(フェリスは二人の後ろに隠れるようにしながら)、観音開きの扉を開いて冒険者ギルドに入った。


「ん……なんだ?」「子供か……?」「どうしてこんなとこに子供が……」「迷子かねえ……」「おいおい、ミルクでも飲みに来たのかあ……?」


 途端、ギルドの中にいた冒険者たちの視線が集中する。


 いずれも歴戦の戦士といった風体で、頬に刀傷があったり、巨大な斧を背中に担いでいたり、樽から直接ビールを飲んでいたり、髪の毛をパイナップルのように逆立てていたりと物々しい。


「ふえええ……」


 フェリスはびくびくと震えながら、アリシアたちについて奥の受付カウンターを目指した。


 自分で決めた職場体験の場所なのだから、怯えていてはいけないと思うのだけれど、怖いモノは怖い。


 なんせ、ギルドの中にたむろしている冒険者たちと来たら、一踏みでフェリスをぷちっと潰せそうなくらい、強そうな人たちばかりなのだ。


 アリシアは受付カウンターの前に到着すると、受付係のお姉さんを見上げて話しかけた。


「こんにちは。王立魔法学校から来ました。職場体験をお願いしたいのですが」


「あら、いらっしゃい。話は聞いてるよ。でも、こんな小っちゃい子たちが来るなんてね。お名前は?」


 受付のお姉さんはにこやかに尋ねた。


「私はアリシア・グーデンベルトです」


「わたくしはジャネット・ラインツリッヒですわ」


「え……まさか、あなたたち、先代の魔術師団長と今の魔術師団長のご親戚とかじゃ……」


「親戚じゃありませんわ。二人とも娘ですわ!」


 ジャネットが胸を張る。


「そ、それは……」


 どうしてここに来たの?みたいな顔を受付のお姉さんがする。とはいえ仕事柄、口に出したりはしない。


 けれど、冒険者たちは遠慮がない。


「はあ? そんなお嬢様たちが、なんで冒険者に……」「あり得ねえ」「貴族じゃねーか」「ったく、バカにしやがってよお……オレらは貴族サマの見せ物じゃないっつの」「どうせ、まともな戦力にもならないのに遊びに来たんだろ……」


 冷たい視線が降り注ぐ。


「ちょっと! ケンカを売ってくるつもりなら、買ってさしあげますわよ!」


 ジャネットが睨みつけると、冒険者たちは舌打ちして視線をそらした。とてもじゃないが歓迎ムードとは言えない。


 受付嬢はため息をついた。


「ごめんねー。あの人たち、ひがんでるんだよ。貴族のお嬢様に絡む方法も分からないしね、バカだから」


 おいおいそりゃねーだろー、みたいなヤジが飛ぶ。


 受付嬢は明るく笑った。


「じゃ、ここのシステムを説明しようか。基本的に、仕事は依頼単位だ。掲示板に求人票が貼ってあるから、それを受付で受注して、仕事をこなして、証拠と一緒に受付に提出したらすぐにお金がもらえる」


「証拠って、なにが要るんですの?」


「討伐だったら、魔物のパーツ。採取なら現物。賞金首だったら、相手の首だね」


「く、くび……?」


 フェリスは目をまんまるにした。


「まー、賞金首系はキミたちには発注できないと思うけど。それぞれの仕事にランクが設定されていて、戦闘系はランクが高いんだ。職場体験だし……まずは薬草の採取からやってもらうことになるんじゃないかな」


「それは平和ね」


 アリシアはうなずく。


「そんなの面白くありませんわ! 最初からSランクの仕事がしたいですわ! ね、フェリス!」


「え、ええと……いろいろやってみたいです! 賞金首は、イヤですけど……」


「うーん、じゃ、とりあえず、クエスト適正ランクを調べて登録させてもらうよ。初めて冒険者になる人は、そうするのが規則だから」


 受付嬢は他の職員たちと協力して、重そうな魔導具をカウンターに載せた。


 長方形の大岩から切り出したような物体で、真ん中に手を置くところがあり、その上には冒険者カードを置くところがある。


 受付嬢は所定の位置に冒険者カードを挟んだ。


「ここに手を置いてくれれば、冒険者カードに受注可能クエストランクが刻印されるの。体力や魔力から総合的に判断されるよ。依頼を受けるときには、依頼が書かれたクエストカードと冒険者カードを受付に出してね」


 フェリスたち三人はうなずいた。


 アリシアとジャネットが順番に手を置いて、冒険者カードを受け取る。二人とも受注可能ランクは『C』だった。


 受付嬢が目を見張る。


「へえ……さすが魔法学校の生徒さんだね。普通は三年以上経験を積まないと、Cランクは請けられないんだけど……」


「当然の結果ですわ! わたくしはラインツリッヒの娘ですもの!」


 ジャネットは鼻高々である。


「少し自由度が広がったわね」


 アリシアは冒険者カードをしげしげと眺める。


「次はそこの女の子……フェリスちゃんだっけ? 受注可能ランクを測ろうか」


「は、はいっ!」


 フェリスは魔導具に手を載せようとした。


 が、そもそもカウンターに手が届かない。子供、しかもフェリスのような小さな女の子が使うことを想定して作られていないのだ。


「んんんんんんんんーっ」


 フェリスは一生懸命に背伸びをするが、やっぱり届かない。それでも頑張って、なんとかつま先立ちをし、ようやく指先がカウンターの下にちょこっとだけ触れる。


 その姿を見ていると、粗野な冒険者たちもついつい気になってしまう。なんだか内心で(がんばれ……がんばれ……)と思ってしまう。


 けれど、物理的に無理があった。


 結局フェリスは手を届かせることができず、息を切らしてしゃがみ込む。


「ちょっと……きゅうけいです……」


「フェ、フェリス、わたくしが抱っこしてさしあげますわ」


 ジャネットは勇気を振り絞って申し出た。


「ありがとございます、おねがいします」


「じゃ、じゃあ、いきますわよ……? 触りますわよ……?」


 緊張気味に告げ、フェリスの脇腹に手を差し入れて抱え上げる。


 ――ああっ、フェリスを抱っこ……フェリスを抱っこ……わたくしの腕の中にフェリスがっ……!


 ジャネットは胸がドキドキしっぱなしで、もはや頭は真っ白になっている。


「あ、あの、わたし重いですよね……?」


「重くなんてありませんわっ!」


「でも、ジャネットさん、ぜえぜえしてますし……」


「これは呼吸困難なだけですわ!」


「ちっそくしですか!?」


「窒息死はしませんわっ!」


 ただ単に緊張しすぎて息が詰まりそうなジャネットである。


 フェリスはなるべく早くジャネットの負担をなくさなければと思い、急いで魔導具に手を載せる。


「はい、OK」


 受付嬢が魔導具からフェリスの冒険者カードを取り出した。


 そして、目を丸くする。


「え……なにこれ……」


「どうしたんですか?」


 首を傾げるフェリス。


「クエスト受注可能ランク、『無制限』って書いてあるんだけど……さすがに計測ミスだよね……もう一回やってみて」


「はい」


 やり直すが、やはり冒険者カードには『無制限』と刻印される。


 何度試しても、右手から左手に変えても、結果は同じ。


 受付嬢の顔色が、どんどん白くなっていく。


「こ、これ……本当に、無制限みたい……。キミ、いったい、なんなの……?」


「え、えっと、フェリスですけど……」


「名前じゃなくて! こんな、無制限なんて、今まで一度もいなかったのに……」


 受付嬢は畏怖を込めてフェリスを見下ろす。


 ギルドの中が騒然となる。


「無制限!? Sランクどころじゃなくて無制限!?」「なんだあの子!?」「人間か!?」「あんな小っちぇえのに!」「騎士団長でさえSランクは一人じゃ請けられねえって話だぞ!?」「すげえ……すごすぎる……」「金持ちの道楽じゃないってワケか……」


 冷ややかだった視線が、尊敬の眼差しに変わる。


 冒険者は実力主義の世界。それだけに、たとえ相手が小さな子供であろうと、力を持つ者に対しては偏見のない尊敬が注がれるのだ。


「あ、あのっ、あのっ……」


 フェリスは注目の的になってしまい、逃げ場がなくて困惑する。


「ふふんっ、さすがはわたくしのフェリスですわっ!」


 ジャネットはフェリスを抱っこしたまま顎を突き上げた。


「とりあえず、フェリスを下ろしてあげるべきじゃないかしら」


「ま、まだいいじゃありませんのっ!」


 アリシアから指摘され、なんとか粘ろうとするジャネットだった。

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