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フェリスのえにっき

定期的に更新するため、『十歳の最強魔導師』は毎週土曜日の更新とさせて頂けますと幸いです。引き続き、どうぞよろしくお願いいたします!

「ふんふふふふふ~ん♪ ふんふふふふふ~ん♪」


 バステナ王立魔法学校・ミドルクラスAの担任であるロッテ・ブルーベルは、浮き浮きしながら自室の鏡台の前で髪をとかしていた。


 今日は学校のお休み明け。休暇期間中も教師たちは変わらず仕事をしていたのだけれど、ようやく生徒たちが教室に戻ってくるのだ。


 可愛い生徒たちにまた会えるのだと思うと、おしゃれにも気合いが入ってしまうというものである。


「よーし! ばっちりだねっ!」


 永遠の十二歳ロッテ・ブルーベルは、愛らしい衣装をまとって鏡の前でキラッ☆とポーズを取った。





 フェリスはアリシアやジャネットと一緒に登校すると、教室の中を見回した。


「ふぁ……久しぶりです……。なんだか、新品の教室になってる気がします……」


 アリシアはくすっと笑う。


「前と同じ教室よ。なにも変わっていないわ」


「そうなんでしょうか……すっごく、ぴかぴかしてるんですけど……」


 毎日通っていた教室のはずなのに、とっても新鮮な感覚。またこの教室で勉強できるのだと思うと、胸がわくわくしてくる。


 しばらくすると、ミドルクラスAの教室にロッテ先生がやって来た。なにか楽しいことがあったのだろうか、普段よりさらにスキップ気味で歩いている。


「はーい、みんな席についてー! 久々のホームルームを始めるよー!」


 ロッテ先生が教壇に立つと、生徒たちは急いで自分の席に飛び込む。休暇でたっぷりリフレッシュしたせいか、どの生徒の背筋もぴんと張り詰めていて爽やかだ。


 ロッテ先生は笑顔で生徒たちを眺め回す。


「みんな、お休みは楽しかったかなー?」


「楽しかったですっ!」


 勢い良く手を挙げるフェリス。


 他の生徒たちも口々に同意を示す。


「良かった! それじゃあ、みんなには宿題の代わりとして、お休みにあったこと、学んだことを、レポートにまとめて提出してもらいます!」


「レポート……? なにを書けばいいんですの?」


 首を傾げるジャネット。


「わ、わたし、お休みのあいだあんまりお勉強してないんですけど……」


 フェリスは心配になった。


 ロッテ先生は笑う。


「別に、なにを書いてもいいんだよ。ただ、お休みのあいだにあったことを先生も知りたいなーって思うから、教えてほしいだけ。文章を書いても、絵を描いてもいいし、グラフでもいいよ!」


「なるほどー」


 ちょっと安心するフェリス。


「でしたら、書くことは決まりですわ!」


 ジャネットは俄然やる気を出す。


「〆切りは明日までです! 頑張ってね!」


 ロッテ先生はVサインを作って生徒たちを励ました。





 ――そして、翌日の放課後。


 ロッテ先生は胸を弾ませながら、生徒たちから集めたお休みレポートを開いた。


 美味しい紅茶をすすりながら、一つ一つ丁寧に目を通していく。



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『魔術の研究』  ミドルクラスA アリシア・グーデンベルト


 今回の休暇において、私はいかに勉学から離れて体力と気力の回復に努めるか、ということをテーマに置いて毎日を過ごしました。


 ですが、日々の生活から得られた知識は学校生活に等しい、あるいはそれ以上のものであり、大きな糧となりました。


 以下に、各日に観察した魔術、魔導生物などのデータを記載させて頂きます。

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 ……なんて前置きから始まり、大量のグラフと解説がびっしりと書き込まれている。


 ――さすがアリシアちゃんだねー。レポートというより論文だねー。


 ふんふんとうなずくロッテ先生。教職員にとってもありがたいデータだが、一通り読むだけでものすごく時間を要した。



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『フェリスについて』  ミドルクラスA ジャネット・ラインツリッヒ


 今回の休暇では、アリシアの招待でフェリスと一緒に別荘で過ごしました。


 つまり、毎日がフェリス、毎日がフェリス曜日でした。


 まずはフェリスと一緒に馬車の旅行を楽しみました。フェリスが馬車から落ちそうなのが恐ろしかったですけれど、それをしっかりと支えてあげるのがわたくしの仕事。わたくしはすべての職務を貫徹いたしました。


 そして、海に到着すると、フェリスにわたくしが泳ぎを教えてさしあげました。マンツーマンの指導です。フェリスと手を繋いで手を繋いでフェリスと手をわたくしの手をフェリスが……

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 以下、いつもの調子で暴走気味の文章が書き連ねられている。


 ――ジャネットちゃんはフェリスちゃんの話ばっかりだねー。


 ロッテはページをめくりながらくすくすと笑う。


 そして、次の生徒のレポートに目が留まった。


 ――おっ、次はフェリスちゃんかー。おー、絵がいっぱい使ってあるね……絵日記みたい!


「ふんふん……ふんふん……わあ……初々しい……」


 子供の頃を思い出させるような絵日記の数々に、ロッテは頬を緩める。読んでいるだけでフェリスの興奮が伝わってきて、自分も一緒に行けたらよかったのになーと感じてしまう。


「よしっ、決めたっ! フェリスちゃんに代表になってもらおっ!」


 ロッテは大きくうなずいた。




 学校からの帰り道。


 冷たくなってきた夜風に身をすくめながら、ロッテは教職員の寮へと急いでいた。


「ふう……やっと終わったぁ……」


 仕事は楽しいはずなのに、どうしても疲れているとうつむきがちになってしまう。


 特に気力を消耗したのは、アリシアのレポートだ。


 そこには、休暇のあいだにフェリスたちが立ち向かった困難、そしてフェリスが見せた凄まじい魔導について、つぶさに書かれていた。


 担任のロッテには事情を説明しておこうという考えなのだろうし、ロッテはフェリスの事情について校長以外に話したりしないから、別に問題はない。


 けれど、ロッテは少し思ってしまうのだ。


 あんな最強の魔導師を、ごく平均的な魔術師である自分が、はたしてしっかりと導いていけるのだろうかと。


 分不相応なのではないか、もし育て間違ったら大変な厄災を招いてしまうのではないか、なんて、疲れているときは不安になる。


「ま、まあ、考えても仕方ないけどね!」


 懸命に雑念を振り払おうとしているロッテの耳元に、奇妙な気配が迫った。


 ぞわりとして、ロッテが攻撃態勢を整えるより早く、その気配がささやく。


「なあ……そなた。あやつと比べたら自分は何の価値もない……そう思っておるのだろう? あやつの才能が、妬ましいのだろう?」


 背筋に張りつくような、不愉快な声音。


「誰!?」


 ロッテが飛び退いて見回すと、そこには真っ黒な影が蠢いていた。影からはじわじわと黒い雫が染み出し、まるで雨が降っているかのように滴っている。


 後じさりながら鞄から杖を取り出すロッテ。


 真っ黒な影は、忍び笑いを漏らす。


「くくく……そなたは、あやつより優れた才能が、欲しくはないか? わらわが、くれてやろうか……?」


「要らないよ!」


 ロッテは杖を振りかざし、攻撃魔術の言霊を唱え始める。


「ふふ……そう遠慮せずともよかろう……影に身を委ねれば、そなたもきっと愉しくなるというのに……あはは……あははははははは!」


 影は笑い声を響かせながら、かすみのように消え去った。





 ミドルクラスAの教室、ホームルームの時間。


 ロッテ先生から代表でレポートを読むようお願いされたフェリスは、教卓でカタカタと震えていた。


 まさか人前で朗読するとは予想していなかったから、自由に自分の感じるままに書いてしまったし、内容にもまったく自信がないのだ。


「あ、あのう……やっぱり、代表はわたしじゃない方がいいと思うんですけど……」


 フェリスは教卓に身を隠すような体勢で、顔の上半分だけをちょこんと出して恐る恐る言った。


 まるで子ウサギが草原に隠れているような姿に、ジャネットはさっきから悶えまくりである。


 ロッテ先生が口元に指を添える。


「んー、そうかなー? 先生はフェリスちゃんがいいと思ったんだけどなー。フェリスちゃーんのレポート聴きたい人ー?」


「はーい!!!!!!!!!」


 クラスメイトの全員が一斉に手を挙げる。みんな目を輝かせて、フェリスの発表を今か今かと待ち構えている。


 挙手した生徒たちの中には、フェリスの親友たちもいる。


「アリシアさんとジャネットさんまで……ひどいですようっ!」


「だ、だって、気になるんですもの……」


 そっと目をそらしながらも、期待を抑えられないジャネット。


「フェリス、頑張って」


 アリシアは両手を合わせて、にっこりと微笑む。


「あううううう……」


 フェリスは恨めしそうにつぶやきながらも、怖々と教卓の上に体を見せた。震える手でレポートの紙を握り締め、緊張した声で朗読する。


「みどるくらすえー、フェリス。わたしは、おやすみのとき、アリシアさんとジャネットさんと一緒に、海に行きました。海はとってもしょっぱくて、気持ち良かったです。ちゃぷちゃぷしてると、遠い国まで行けそうな気がしました。ちょっと怖かったです。海の近くでは、アイスを食べました。ひんやりしてて、おいしかったです」


 舌足らずな朗読に、クラスの全員が、


「かーーわーーいーーいーーーー!!」


 と身悶えする。


「う、ううう……」


 フェリスは真っ赤な顔をレポート用紙の裏に隠して、ぷるぷると震える。


 ジャネットが机に身を乗り出して咆哮する。


「フェリス! そして海でなにをしましたの!? わたくしとなにをしましたの!? 続きを! 早く続きを!」


「え、えっとっ、海では、ジャネットさんに泳ぎを教えてもらいました。ジャネットさんはとーってもお姉さんで、優しくて、なんだか先生みたいでした。わたしは、ジャネットさんがだいすきです」


「ああっ……」


 ジャネットは胸元をぎゅううっと鷲掴みにすると、そのまま椅子から崩れ落ちた。


「きゃああああっ!?」「ラインツリッヒさんが気絶したぞおおおっ!」「誰か保健室! 保健室を連れてきて!」「なんて幸せそうな死に顔なのーっ!?」


 教室は大騒ぎである。


「あ、あのあのっ……?」


 フェリスはわけが分からず、ひたすらおろおろしていた。




 そして、フェリスのレポート発表が終わり。


 まだ興奮冷めやらぬといった空気の教室で、ロッテ先生が教壇に立った。


「よーし、よーしよしよし。みんな落ち着いてー? フェリスちゃんの頭を撫でるのはそろそろ切り上げてー。今日は、みんなに先生からお知らせがあります」


「また遠征、ですか……?」


 首を傾げるフェリス。


「うーん、そんなに立て続けだと、みんなの体力が保たないかなー。今度は違いまーす! 今度は……みんなに職場体験をしてもらいます!」


「しょくば……たいけん? 魔石鉱山ですか?」


「うーん、魔石鉱山は候補地に入ってなかったかなー。危ないしねー。でも、みんなには学校を卒業した後のために、あらかじめ魔術師の職場体験をしていろいろ知っておいてもらいたいの! リストを配るから、どの職場を試したいか、よーく考えておいてね!」


 ロッテ先生はそう言うと杖を振り上げ、念動魔術でプリントを配り始めた。


 そのリストには、魔術師団、錬金工房、冒険者ギルドなど、様々な仕事先が載っている。どれもすごく面白そうで、すぐには決めがたい。


「ふわわわ……どこにしましょう……」


 フェリスはリストを見つめて頭を悩ませた。

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