いちご狩り
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「アリシアさん! ジャネットさん! 今日はなにをして遊びますか? 泳ぎますか!?」
別荘の朝。
一階の食堂に下りるなり、フェリスはわくわくしながら尋ねた。
魔法学校での授業も楽しかったが、この別荘に来てからは本当に刺激的なことばかりで、毎日朝が来るのが待ち遠しくて仕方ない。
今日だって、フェリスは夜明けと一緒にぱちっと目が覚めてしまった。早くアリシアやジャネットに起きてほしい、早く遊びたいと思いつつも、二人を起こすのは申し訳なく、窓際でぴょんぴょん跳ねながら外の景色を眺めていたのである。
その足音のせいで、結局アリシアは起きてしまったけれど。
「うーん、ここのところ毎日泳いでいるから、ちょっと疲れた気もするわね」
「わたくしもへとへとですわ……」
苦笑いするアリシアとジャネット。
「そう……ですか……?」
フェリスはしょんぼりした。
すると、ジャネットが慌てて言い添える。
「で、でも、フェリスがどうしてもって言うなら、頑張りますわ! 死力を尽くしますわ! ええ……たとえ血を吐き、全身から鮮血を噴き出そうとも……!」
「そそそそそこまで決死の覚悟で泳がなくていいですようっ!」
「いいえ……フェリスのためですもの! わたくし、命を賭けますわ! 二度と起き上がれなくなっても本望ですわ!」
「わたしは本望じゃないですっ! ジャネットさんと遊べなくなるのは嫌ですっ!」
「そうよ、落ち着いてジャネット。海は逃げないわ」
暴走の気配を見せるジャネットを、フェリスとアリシアが二人揃って止めにかかる。ラインツリッヒのお嬢様と来たら、ちょっと周りが気を抜くとすぐにお月様ぐらいまでぶっ飛んでいってしまいそうな危うさがあるのだ。
「それじゃ……いったいなにをしますの?」
「いいお天気ですし、おうちの中はもったいないですよねえ……」
「できれば外がいいわね……」
少女たちは食堂の広い窓から景色を眺めた。
晴れ渡った空、さんさんと降り注ぐ陽光、美しい海辺。
そのいずれもが輝きに溢れていて、人間を大自然へと誘っている。
と、少女たちの様子を見守っていた別荘のメイド長が口を開いた。
「……でしたら、いちご狩りなどに行かれるのはいかがでしょうか?」
「いちご狩り?」
聞き返すアリシア。
「はい。この辺りには、たくさん果物の農園がございます。別荘の料理をご用意するとき、私たち召使いがいちご狩りに参るのですが、これがなかなか楽しいのです。その場で食べれば新鮮さも味も格別です」
「なるほど……。お菓子作りの材料にもなるかもしれませんわね」
料理の得意なジャネットは興味を示す。
「それは良い材料になりますとも。アリシアお嬢様たちには少々卑しい作業に感じられるかもしれませんが……」
メイド長は申し訳なさそうに笑った。
「ううん、なんだか面白そうだわ。ね、フェリス」
アリシアが見やると、フェリスは大きくうなずく。
「はいっ! わたし、いちご狩ってみたいです!! 楽しそうです!」
「決まりね。今日はいちご狩りに行きましょう」
アリシアはフェリスの頭を撫でて微笑んだ。
別荘から農園へと続く海沿いの道を、馬車がカラコロと駆ける。
海の波は岸辺にぶつかって白い飛沫を上げ、爽やかな潮風が馬車の中まで吹き込んでくる。
その馬車の中でアリシアとジャネットにしっかり腕を確保されながら、フェリスは浮き浮きしていた。
「いっちご狩り~。いっちご狩り~。いーっぱい、いちご捕まえたいですっ! 頑張って追いかけますっ!」
「フェリス……もしかして、なにか勘違いしてないかしら……?」
アリシアはちょっと心配になる。
「勘違いしてないですようっ。わたし、いちごと頑張って戦いますっ!」
「やっぱり勘違いしてますわよね!? 狩りって言っても、いちごは逃げたりしないんですのよ!?」
目を白黒させるジャネット。
「え……おとなしく、捕まっちゃうんですか?」
フェリスはきょとんとした。
「そうじゃなくて、いちごは動きませんわ! 果物ですし!」
「狩りなのに……? わたし、いちごは動物だと思ってました……」
「ええと……いちご、食べたことなかったかしら……。とにかく、農園に着いてみれば分かると思うわ」
「説明を諦めましたわね……」
ジャネットはつぶやくが、百聞は一見にしかずなのだから仕方ない。
不思議そうな様子のフェリスを乗せて、馬車は軽やかに走っていった。
やがて、果樹や畑地の連なる一帯が見えてくる。広々とした平野に作物が育まれ、畑地のあいだに質素な民家がぽつりぽつりと建っている。
「ここが、メイド長の言っていた農園ですぜ。農園の連中に話は通してありますので、お好きなだけいちご狩りなさってください」
そう言って、御者が馬車を停めたときだった。
「いちごが逃げたぞおおおおおおおおおおお!!!!」
農園から、悲壮感に満ちた叫びが聞こえてきたのは。
青々とした葉の並ぶ畝から、小さくて真っ赤な果実が一斉に飛び立つ。
その後ろから、粗末な服装の農民たちが必死に追いかけてくる。
「早く! 早く捕まえるんだ!」「よその村に逃げられちまったら大損だ!」「いや、そんなことより今日は貴族の方々がいちご狩りにくるんだぞ!」「もしいちごがいないなんてことになったら打ち首モノだ!」
口々に叫びながら、虫取り網を振りかぶって全力疾走する。
けれど、いちごたちはあまりにもすばしっこく、農民たちの追跡を軽々とかわしていく。
「こ、これはどうなっていますの!?」
「忙しい……みたいね……」
呆然とするジャネットとアリシア。
「わーっ! 楽しそうですっ! わたしもいちご狩りしたいですっ!」
だが、フェリスは大喜びで跳びはねる。
近くに走ってきた農民が、焦った顔をした。
「お、お嬢様がた! もう来なすったんですか! 今はそのっ、少し取り込み中でしてっ、すぐに捕まえますので少々お待ちをっ!」
「わたしも捕まえたいです! その網って、もうないんでしょうか!?」
「え……虫取り網なら、ワシらのを自由に使ってくだすって構いませんが……」
「ありがとうございますっ!」
フェリスは浮き浮きしながら虫取り網を受け取り、空飛ぶいちごを追いかけ始める。
小さな女の子が畑の中でぴょんぴょん跳ねながらいちごと戯れる姿は、まるで絵本の中のような光景で。
アリシアは、まだ自分が絵本に取り込まれているのではないかとまで思ってしまう。
「フェリスだけに苦労はさせられませんわ! わたくしもいちごを捕まえますわ!」
「そうね。せっかく来たんだから、手ぶらで帰るのは悲しいわね」
ジャネットとアリシアは、それぞれ農民たちから虫取り網を貸してもらい、フェリスの後を追った。
いちごが飛び交い、少女たちが走る。
赤い果実が跳ね回り、スカートが翻る。
「ていやあああああっ!」
フェリスは虫取り網を大上段に振りかぶり、いちごに向かってジャンプした。
勢いよく振り下ろすと、網の中でいちごがじたばた暴れる。
フェリスは虫取り網の口を縛って、輝く笑顔でアリシアとジャネットを見上げた。
「いちご一匹捕まえましたーっ!!」
「いちごは『匹』じゃなくて、『個』って数えるのよ?」
「いちごは鳥なのにですか?」
「いちごは鳥じゃないのよ?」
「でも飛んでますよ?」
「飛んでるわねえ……」
百聞は一見にしかずと思っていたアリシアだったが、現場にくるとますます説明が難しくなってしまって困り果てる。
フェリスは捕獲したいちごをポケットにしまい込むと、再びいちごの群れを追って駆け出す。
「もっともっと、いちご捕まえますっ! わたし、こんなの初めてですーっ!」
「わたくしだって初めてですわ!」
「誰でも初めてだと思うわ」
少女たちは無我夢中でいちご狩り(?)を続けた。
大柄な農民たちに比べて敏捷なフェリスたちは、次々といちごを捕まえていく。
しかし、いちごたちも徐々に学習してきたのか、空に大きく飛び立つと、群れを成して遠くへ飛び去っていこうとする。
農民たちは絶望した。
「ああ……オラたちが丹精込めて育てたいちごが……」「裏切られた……大自然に裏切られたんだよワシらは……」「うう……領主様から大目玉喰らうぞ……」
つぶやきながら、ぼんやりと空を振り仰ぐ。
「このままじゃ、いちごに逃げられちゃいますわ!」
焦るジャネット。
「こうなったら、魔術でなんとかするしかないわね」
「アリシアの得意属性は炎魔術でしょう!? 焼きいちごになってしまいますわよね!?」
「ジャネットの風魔術でなんとか……」
「刻みいちごになってしまいますわ!」
ジャムにするならそれでも構わないが、せっかくだから原形を留めたいちごを食べたいジャネットである。
「ええっと、ええっと、こういうときは……」
フェリスは困っている皆の顔を見回し、どうにかしなければと慌てる。
けれどいろいろ考えている余裕もなく、両手を大空に突き上げると叫んだ。
「『魔素さん! いちごを捕まえてくださあああああいっ!』」
途端、フェリスの持っていた虫取り網がぶわっと膨らんだ。
網それ自体が生き物であるかのように膨張し、飛翔し、空を覆い尽くさんばかりになっていちごの群れに襲いかかる。
いちごの群れが虫取り網にくるまれた。必死に逃げようとするいちごたちだが、虫取り網の口はぴっちり閉じられてしまって脱出の隙間がない。
すぐに虫取り網はフェリスの手元に戻ってきた。
大量のいちごが入った網の重みがかかり、フェリスは危うく倒れそうになる。
「ひゃっ!?」
「危ないわ、フェリス!」
「しっかりしてくださいましっ!」
とっさにアリシアとジャネットが駆け寄り、フェリスと虫取り網を支えた。
一部始終を見守っていた農民たちは目を丸くする。
「すげえ……なんだ、あの魔術」「見たことねえ魔術だな……さすが魔法学校の生徒さんは違うぜ……」「オレたちがあれだけ苦労して捕まえられなかったいちごをあっさりと……」「ブラボー!」
などと、歓声が沸き起こる。
「ふわわわわわ……」
大勢から注目と尊敬の眼差しを浴びせられ、フェリスはほっぺたを赤くして震えた。