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クマの家! 家?

お陰様で、ヒーロー文庫様から3月25日に書籍化して頂けることになりました! 大幅に改稿しておりますので、書籍版もどうぞよろしくお願いいたします! http://herobunko.com/books/hero45/6382/

「でも、いったいクマはどこにいるのかしら? 絵本の主人公なら、そろそろ出てきても良さそうなものだけど……」


 花畑に囲まれた道を歩きながら、アリシアが首を傾げる。


「うぅ……全然考えてませんでした。ジャネットさん、どうしたらいいでしょう?」


「えっ、わ、わたくしに聞かれてもっ……!」


 ジャネットが慌てると、フェリスはしょんぼりする。


「わからない、ですよね……」


「わ、わからないことはありませんわ! そ、そうですわね……わたくしの推理によると、きっとハチミツがあるところにクマはいるはずですわーっ!」


 ジャネットは胸を張って言い放った。


「そ、それは、名推理、ね……」


 笑いを堪えるアリシア。


「なにを笑ってるんですの!? なにを笑ってるんですの!?」


「ううん、ジャネットって、結構発想が可愛いんだなあって思って」


「かかかかか可愛くなんてありませんわ! ライバルのあなたにそんなこと言われたくありませんわっ!!」


 ジャネットは真っ赤になる。


「じゃあ、フェリスが言ってあげて」


「ふえっ? えとっ、ジャネットさん、可愛いです!」


「きゃ――――――――――――――――――――――」


 ジャネットは衝撃のあまり昏倒した。


 地面に頭が激突しそうになり、フェリスがびっくりしてジャネットを抱き止める。


「フェリスが、わたくしを可愛いと……わたくしが世界一可愛いから食べてしまいたいぐらいだと……」


「ジャネットさーーーーん!! しっかりしてくださああああいっ!」


 うっとりとつぶやくジャネットの体を、小さなフェリスは必死に支えた。そこまで言っていない気がするし、なぜジャネットが倒れたのかも不明だが、とにかく自分がいけないことをしてしまったのは分かる。


 そんなふうに三人が道端で騒いでいると、急に近くから声がした。


「ふーん、あんたたち、クマ様にお会いしたいのかい」


「え……?」


 アリシアはすぐに声の聞こえた方を振り返るが、誰もいない。


「おかしいわね……確かに声がしたのだけれど」


「わたくしも聞こえましたけど、きっと空耳ですわ」


 ジャネットは熱いほっぺたをぱんぱんと両手で叩いて冷ましながら起き上がる。


「わたしも聞こえました! みんなで仲良く空耳ですね!」


 友達っていいものだなぁと改めて感じるフェリス。


「ううん、三人で空耳なんておかしいわ。……誰かいるの? 隠れていないで、出てきて」


「最初から逃げも隠れもしてないよ。ちゃんと目を凝らしな。ほら、あんたらの足下だよ」


「あしもと……?」


 フェリスが見下ろすと。


 そこには顔のついた花が咲いていて、三人をじいっと見上げていた。


「お花さん……ですか? 話しかけてきてたのって」


「あたしは花じゃない!」


 花は激怒した。


「ふええええ!? じゃ、じゃあっ、人間ですか!!」


「そんなわけがないわフェリス。落ち着いて」


「で、でもぅ……」


 フェリスはアリシアと花の顔を見比べて困惑する。


「はあ……まったく。人間だとか花だとか、そういう十把一絡げな見方しかできないのかねえ、あんたたちは。これだから最近の若いもんは……」


 花は大げさにため息を吐いた。


「あたしの名前は、ハナハナハーナハナ・ハナハーナさ。決してただの花じゃない。名前じゃなくて種族名で呼ぶなんて、人格を無視した行為じゃないかい?」


「ご、ごめんなさい……」


「悪かったわ……」


「どうお詫びしたらいいのですかしら……」


 花の前で反省するフェリスたち三人。なぜ花に説教をされているのか、アリシアとジャネットにはよく理解できなかった。それを言うならこの世界のすべてが謎なのだが。


「まあ、いいよ。あんたたちは若いし、これからいろいろと学んでいくんだろうさ。あたしも生後一週間は右も左も分からなかったからね。でも、一ヶ月経って立派な花を咲かせて、ようやく世界が見えてきた感じもある」


「あ、あの、それならわたしたちの方が年上……」


「しーっ」


 説教が長くなりそうな予感がしたので、アリシアはフェリスの唇を人差し指で押さえる。


 花は訳知り顔で続ける。


「で、クマ様のところに行きたいんだろ? だったらまずあたしに尋ねればよかったのさ。あたしは道案内のプロだからねえ。どうしてあたしに聞かなかったんだい!」


「気付かなかったんですもの……」


「そうかい。まあ、いいさ。今度から困ったときはなんでもあたしに聞きな。この辺の顔役はあたしだからね」


「はい」


 フェリスは素直にうなずいた。


「クマ様は、ここから右にずーっと歩いて、谷を左に曲がって、さらに真っ直ぐ進んだところにいらっしゃる。緑色に舗装された道を歩いて行けば確実さ。ただし、クマ様に会うときは、くれぐれも失礼のないようにするんだよ」


「分かったわ。ありがとう、ハナハナハーナハナ・ハナハーナさん」


「もう名前を覚えたんですの!?」


「あはは、礼なんて要らないさ。こういうことはお互い様だからねえ。またいつでも遊びに来るんだよ」


「はーい!」


「機会がありましたら……うかがいますわ」


 葉っぱを振って見送る花に、フェリスたち三人はお辞儀をして歩き出す。まさか花に道案内をしてもらえるとは思っていなかったので、三人とも狐につままれたような顔をしていた。


 教えられた通りに道を進んでいると、やがて前方に大きな建物が見えてきた。


 魔法学校の校舎よりも高い建造物。


 分厚い壁が広大な敷地を囲んでいて、あちこちに塔が生えている。


 建物の上には見張り用の通路があって、真ん中の塔にはでかでかと旗が飾られていて、旗にはクマの顔が描かれていて。


「わーっ! ここがクマさんのおうちなんですねっ!」


 フェリスは両手を合わせて歓声を上げるが。


「家というか……」


「城、じゃありませんかしら……」


 アリシアとジャネットは目を見開いて、巨大な城壁を見上げた。


 門の前では、アレフベートの姿をした兵士が一生懸命に靴紐を結ぼうとしている。どうやら門番のようだが、腕が短いものだから上手く靴紐に手が届かず困り果て、フェリスたちには気付いていない。


 フェリスたちは門番の後ろを通り抜け、城の外庭に足を踏み入れた。


 そこには、珍しく人間らしい姿をした人たちがたくさんいた。とはいっても、頭にはフェリスたち同様に動物の耳が生えている。それだけではなく、足首には鎖が繋がれ、鎖の先には重そうな鉄球がくっついていた。


 鉄球つきの人たちは、真剣な表情でなにやら話し合っている。


「このままじゃ、ダメだ! もっと面白い出し物をしないと、クマ様を満足させることはできん!」「やっぱり……、腹踊りをするしかないんじゃないかな……」「ダメだ! ああ見えてクマ様は笑いには厳しいんだ! 滑ってしまったら一瞬で終わりだ!」「じゃあ、いったいどうしたらっ……!」


 やたらと切羽詰まった様子なので話しかけるのがためらわれる状況だが、アリシアは彼らに近づいていく。


「あの……ごめんなさい。クマさんはどこにいらっしゃるのかしら?」


「!? お前、外の世界から来た人間か!?」


 鉄球つきの男が目を丸くした。


「ええ、そうよ。ここに来ればクマさんに会えると聞いたんだけど……」


「ダメだ! さっさと帰れ! こんなとこに来ちゃいけない!」


「え……? どういうことですの?」


 男の激しい剣幕に、ジャネットは表情を曇らせる。


「俺たちを見れば分かるだろ! ここのヌシはなぁ、いろんな方法で外から人間をこの世界に集めて、城にふん捕まえておくんだ! そして、毎晩面白い出し物を要求する! つまらなければ即、ああされちまう!」


 男が指差した先にあったのは……大きな水晶の人形だった。


 いや、よくよく見れば人形ではない。それは美しい女性の姿をしていて、細部までしっかりと作り込まれていたのだ。そう、まるで、元は人間であったかのように……。


「まさか……」


 アリシアは手の平で口を押さえた。


「ああ、そのまさかさ。あいつは俺の大事な幼馴染みだったんだ。それをっ……それをっ……クマの野郎は、ただギャグが滑ったという理由だけで石に変えちまった……」


「い、石に!?」


 フェリスが青ざめる。


「分かったら、早くこっから出ていくんだ!」「そうだ! 子供まで犠牲になるこたない!」「いつクマが戻ってくるかしれないんだから!」


 鉄球つきの人たちは、懸命にまくしたてる。


 だが。


「なーんの、話をしてるーのーかなああああああーーーーーー」


 世界を揺るがすような音が聞こえたかと思うと、地響きと共に、『なにか』が近づいてきた。


 大きな影が人々とフェリスたちをすっぽりと覆い、真っ赤に輝く目玉が下界を見下ろす。


 それは……雲を突くような巨大な、クマのヌイグルミだった。

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