お泊まり会(野宿)
何十匹というリリーベルの群れが、牙を剥き出しにして襲いかかってくる。
そこには先程までの小動物的な可愛らしさなど微塵もない。
あるのは、捕食者としての殺意、肉食獣としての本能のみ。
その脅威的な勢いに、少女たちの中にあった戦闘への躊躇なんてものは吹き飛んでしまう。
ジャネットはリリーベルに向かって杖を構え、早口で言霊を唱える。
「天翔る風よ、静かなる透明の刃よ、我が力となりて、蠢く敵を切り裂け――スライスエッジ!!」
杖の先から幾つものカマイタチが生まれ、リリーベルの群れへと飛んで行く。二体がカマイタチに切り刻まれ、骸となって転がった。
だが、他の何十というリリーベルは、余計に闘争本能を掻き立てられて飛びかかってくる。
アリシアが唱えた。
「炎の滴よ、燃える力よ……我が意に従いて、敵を討て――バレットフレイム!」
杖から大きな炎が噴き出し、前方のリリーベルを真っ黒焦げにした。
ジャネットは目を見開く。
(なっ……! 前より威力が上がっているじゃありませんの! ずっと実技だけはグーデンベルトさんに勝っていましたのに……!)
ライバルの思わぬ成長に危機感を覚え、ジャネットはアリシアを睨み据える。
「必ず……あなたを倒してみせますわ……」
「なんで私を!? 倒すならリリーベルを倒しなさいよ!」
「まずはあなたですわ……」
「意味が分からないわ!!」
なんて二人が言っているあいだに、フェリスがバンザイするみたいに両手を掲げ、言霊を唱える。
「リリーベルをカチンコチーンにしてくださああいっ!!」
ジャネットやアリシアが読んだどんな魔術書にも載っておらず、言霊なのかどうかも不明な言葉。
しかし、その威力は絶大だった。
目をぎらつかせて飛びかかってきていたリリーベルすべてが、空中で氷の塊に包まれてしまったのだ。
ぴしぴしぴしっと凍りつくリリーベル。
ぽとぽとぽとっと落ちる氷塊。
「ふう……ドキドキしました……」
フェリスは小さな胸を押さえて息をつく。
それを見たジャネットは、アリシアへの対抗心が少しだけバカらしく感じられてしまった。
フェリスの規格外の魔術に比べたら、ジャネットやアリシアの魔術なんて、どんぐりの背比べのようなものだ。
アリシアがジャネットを見て微笑む。
「お互い、怪我をしなくて良かったわ。さあ、証拠品を採取しましょう」
「え、ええ、そうですわね……」
ジャネットはぎこちなくうなずいて、凍ったリリーベルへと歩み寄った。
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倒したリリーベルを集めて数えてみると、全部で32匹。つまり、32ポイントだった。
一番レア度の低い魔物とはいえ、あまりに少ない。三人で分けたら10ポイントくらいにしかならず、目標の1000ポイントには程遠い。
ジャネットはため息を吐いた。
「これ……森に何泊くらいすれば目標達成できるんですの?」
「今のペースだと、一週間くらいは必要かもね」
苦笑いするアリシア。
一方、フェリスは満点の笑顔を広げる。
「みんなで一週間もピクニックできるなんて嬉しいですっ!」
「フェリス……そうですわね! それはもはやピクニックじゃないとは思うけど、わたくしも嬉しいですわ!」
「そのあいだお風呂は入れないけど、まあ、仕方ないわよね」
「あ……」
ジャネットは言葉に詰まる。
フェリスと長時間一緒なのは嬉しいが、一緒だからこそ、こんなところで長時間は困る。
名家の生まれとはいえ、ジャネットも人間。何日もお風呂に入らなければ、ちょっと大変なことになってしまうはずなのだ。
「できれば……三日ぐらいで帰りたいですわね。なにか、効率的なポイントの稼ぎ方はないのですかしら?」
「それなら、一番レア度の高い魔物を倒したらいいんじゃないかしら。一匹で1000ポイントよ」
「それですわ! なんて魔物ですの!?」
「ガズーラ。騎士団が五十人で倒すことが推奨されてる魔物よ。生徒の皆さんは見かけたらすぐに逃げましょうって書いてあったわ」
「だいぶ無理があるのでは!?」
ジャネットは縮み上がった。
フェリスも不安そうに手を握り締める。
「怖いですね……。そんな相手を倒せる人がいたら尊敬しますけど、わたしたちには無理ですよね……」
「尊敬しますの!?」
「は、はい」
「つまり、わたくしがガズーラを倒したら……?」
「もちろん尊敬しますけど……」
「そ、そこまで言われたらしょうがありませんわね! ガズーラを狙いに行きますわよ!」
「ええええ!? あああ危ない魔物なんじゃないですか!?」
「わたくしにかかれば、おちゃのこさいさいですわ! 大船に乗ったつもりでついてきなさい!」
ジャネットはどーんと自分の胸を叩き、その強打に肋骨が折れそうになって悲鳴を漏らした。
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ガズーラが生息する丘までは、徒歩で二日の道のりらしい。
森の中で獣道をひたすら歩いたフェリスたちは、夜になると疲れ切ってしまい、近くの洞穴で野宿することにした。
三人は力を合わせて洞穴の入り口にバリケードを作り、敵を察知するための魔法陣も仕掛けた。
将来、兵士や冒険者になれば、このような技術も必要になってくる。今回の遠征は、総合的に生存術を鍛えるためのものなのだ。
三人は洞窟の壁に寄りかり、毛布を肩まで被った。フェリスを真ん中に、左右にジャネットとアリシアが座る配置だ。
こんな洞穴の中にいると、フェリスは魔石鉱山で働いていた頃を思い出す。
あの頃は独りぼっちだったが、今では二人も友達がいる。
魔石鉱山の寝床とは違い、薄っぺらいお尻の下は石ころだらけで、ごつごつしていたけれど、フェリスは幸せだった。
「アリシアさん。ジャネットさん。ありがとうございます」
「え、どうしたんですの、突然?」
ジャネットがきょとんとして尋ねた。
「私、なにもお礼を言われるようなことはしていないわよ?」
アリシアも首を傾げる。
「一緒にいてくれて、嬉しいんです。一緒にいてくれて、ありがとうございます。わたし、なんの役にも立たない奴隷ですけど、でも、でも、ありがとうございますっ!」
フェリスはぺこりとお辞儀した。
アリシアが微笑する。
「役に立たないってことはないわ。フェリスは私に魔術の使い方を教えてくれたし、いつも癒してくれているもの。その存在だけで、あなたはとっても貴重なのよ?」
負けじとジャネットも言う。
「わたくしだって、フェリスに誘拐犯から助けてもらいましたわ! あなたが来てくれなかったら、わたくしはどうなっていたことか……」
「そういえば、ジャネットさんと私は二人とも、フェリスに命を救われているのよね。私たち、おんなじね」
アリシアは楽しそうに両手を合わせた。
「お、同じなんかじゃありませんわ! そ、そんな共通点なんかで……わたくしが折れると思わなくて欲しいですわね!」
ジャネットは口を尖らせて腕組みする。
だけど、ジャネットから向けられる眼差しも、アリシアから向けられる眼差しも、同じように温かくて、フェリスは胸の中がほわほわになるのを感じた。
こんな気持ち、魔石鉱山にいる頃は、想像したこともなかった。
存在するなんて、知りもしなかった。
そういう、宝物のように愛おしくて、眩しい気持ちだった。
「くちゅんっ!」
「あ、あら、フェリス、寒いんですの!? も、もももし良かったら、わたくしと身を寄せ合うなどして体温の維持を図りませんの!?」
ジャネットが緊張気味に毛布の片端を持ち上げ、フェリスを招く。
「も、ももちろん、嫌ならよろしいのですわ! た、ただ、風邪を引かれたら明日以降の作戦に差し支えますし、これはチームメイトとして……」
などとごにょごにょ言うジャネットの毛布に、フェリスはささっと潜り込んだ。
その伸びやかな体にしがみつき、豊かな胸に顔をうずめる。
温かくて、安心する感触。
「いいにおい……なんだか、お母さんみたいです……」
「ふぇ、ふぇりす!? わたくしはお母さんじゃありませんわよ!? で、でも、フェリスが望むのなら、いくらでもお母さんと思っていいですわ!!!!」
あわあわとうろたえるジャネット。
その胸を通して、ドクドクと激しい心臓の音がフェリスに伝わってくる。
「ねえ……私だけ仲間はずれというのは、ちょっとイジワルじゃない?」
アリシアがほっぺたを膨らませ、同じ毛布の中に潜り込んできた。
「グーデンベルトさん!? 狭いですわ! ラ、ライバル同士そんなにくっつくのはおかしいですわ! おかしいですのよー!」
なんて困惑するジャネットをよそに、三人は一つの毛布の中でぎゅうぎゅうに密着しあって横たわる。
甘い香りと優しい体温に左右からくるまれ、フェリスは穏やかな眠気にとろかされるのを感じた。
「アリシアさん、ジャネットさん。おやすみなさい」
「ええ、おやすみ」
「おやすみ……なさいませ……」
三人が静かな寝息を立て始めるのは、ほぼ同時で。
月光に照らされる少女たちの愛らしい寝顔を、いつしか現れた召喚獣たちが見守っていた。