森の中で
木漏れ日に肌を染めながら、フェリスは胸を高鳴らせていた。
なにせ、お友達と三人でピクニックなど初めての経験。鉱山奴隷として孤独な労働を強いられていた自分が、まさかこんな機会をもらえるなんて、昔は予想もしていなかったのだ。
あまりにもワクワクしすぎて、これがピクニックではなく遠征トレーニングだという事実は、フェリスの頭から消し飛んでしまっている。
しかし、フェリスには多少気になることがあった。
アリシアとジャネットの関係である。
二人ともとっても綺麗で、優しくて、可愛らしい女の子なのに、どうも仲がよろしくない。どうせなら三人で仲良くした方が、毎日の楽しさがもっともっと倍増すると、フェリスは思うのだ。
フェリスはゲンコツを固め、ぴょんっと意気込む。
「わたしがなんとかしないとっ!」
「危ない!」「危ないですわ!」
その拍子に崖から転げ落ちそうになったフェリスの腕を、アリシアとジャネットが掴んで助けた。
「わわわわわわわ……ご、ごめんなさい、ありがとうございます、アリシアさん、ジャネットさん」
フェリスの心臓はバクバクである。
二人を仲良くさせるどころか、逆に助けられてしまい、やっぱり自分はダメだなあとフェリスは思ってしまう。
「ちょっと、グーデンベルトさん? 今のはわたくし一人でも助けられましたわ。あなたが余計なおせっかいをする必要はなかったんじゃありませんの?」
「別に二人で助けても問題ないと思うのだけど……?」
「大ありですわ! だってフェリスの『ありがとう』を二人で分け合うことになるじゃないですの!」
「ちょ、ちょっとー! ケンカしないでくださーい!」
フェリスは慌てて二人のあいだに割って入った。
腕組みして、つーんと澄ますジャネット。先はまだまだ大変そうだと、フェリスは小さなため息をつく。
そんなフェリスを眺めて、アリシアはくすっと笑う。フェリスの考えていることはよく分かるし、でもそんなふうに悩んでいるフェリスが、なんだか愛しかったりもする。
「私って、ちょっとイジワルなのかも?」
「ふぇ? アリシアさん、どうしたんですか?」
「ううん、なんでもない」
アリシアは微笑んで首を振った。
---------------------------------------------------------------------
森の中を進んでいくと、前方に魔物が飛び跳ねているところに出くわした。
アリシアが足を止め、実戦用の杖を握り締める。
「……いたわ。リリーベルよ。確か……遠征のしおりによると、レア度1の魔物。倒せば1ポイントになるはずよね」
「えっ、グーデンベルトさん、魔物の点数を覚えてるんですの?」
「ええ、一応。そうじゃないと、効率的に点数を稼げないでしょう」
「で、でも、この地域に出現する魔物のリストには、三百種類くらいあったはず……」
「もちろん覚えたわ。ジャネットさんも覚えたんでしょう?」
アリシアが首を傾げると、ジャネットは肩を跳ねさせた。
「えっ、ええっ!? も、もももちろんですわっ! そのくらいお茶の子さいさいさいですわ! しおりを見ればいいかもなんて思ってませんわーっ!」
慌てて腰の後ろに、開いたしおりを隠す。
フェリスがにこーっと笑う。
「アリシアさんって、すっっっっごく、頑張り屋さんなんですよ! 毎日朝早く起きて、一生懸命リストを覚えてたんですから!」
「へえ……そうなんですの……」
ジャネットはアリシアをしげしげと眺めた。
アリシアのことは、ただ頭が良いだけ、父親に似て優秀なだけだと思っていた。だから、一位を取られる度に悔しくて仕方なかったのだが……そんな努力を陰でしているなんて意外だったのである。
「もう、フェリス。バラさないでよ。そういうこと人に知られたら、なんだか格好悪いでしょう?」
アリシアは頬を赤らめた。
そんなアリシアを見て、ジャネットはちょっとだけ可愛らしいと思ってしまう。が、すぐに相手はライバルだと思い出し、ぶんぶんと頭を振った。
「やっぱりあなたは、敵ですわ! わたくしの大敵ですわ!」
「いきなりなんなのよ!?」
びしっと指差され、アリシアは戸惑うばかりである。入学時からの付き合い(というか腐れ縁)だが、いまだにジャネットの思考回路はよく分からない。
「とにかく、まずはあの魔物を倒してみましょ! 私たち、まだ生き物を倒したことないし……ポイントは少ないけど慣れておかないと」
「そ、そうですわね……でも、倒しづらい、ですわ……」
ジャネットはためらった。
それもそのはず。リリーベルという魔物は、ふわふわしていて、小さくて、まるで愛玩動物のようなのだ。
しかし、その凶暴性は凄まじく、集団で家畜を襲っては虐殺して血を吸い尽くすと言われている。
「よーしっ、倒しちゃいましょー! あいしんぐあろー!」
さっさとフェリスが手を挙げて氷弾を放ってリリーベルを屠った。
ジャネットは仰天する。
「ちょ、ちょっと、フェリス!? そんな、なんの躊躇もなく!?」
フェリスは天使の笑顔を広げる。
「狩りの経験ならありますから! お腹が空いて死にそうなときとか、鉱山に紛れ込んできた動物を狩ってましたから!」
「野生児ですの!?」
「さあ、倒した証拠に解体して骨を採取しましょう! すぐに済ませますからね!」
「な、ななななんてワイルド! でもそんなフェリスも、か、か、可愛いですわあああああああ!」
ジャネットは盲目だった。
「ねえ……」
「ひゃん!?」
アリシアに腰をつつかれ、ジャネットは身をすくめてあられもない声を上げる。
「な、なんですの!? セクハラですの!?」
「そうじゃなくて。解体は後にした方がいいわ。周りを見て……」
「え……」
ジャネットが見回せば、周囲の枝という枝、岩という岩に、リリーベルが鈴なりだった。牙を剥き出し、唸りながら目をぎらつかせている。
「わー! ポイント稼ぎ放題ですね!」
「リリーベルは集団で大型の肉食動物を襲う習性があるの! そして、その際、自分の仲間を容赦なくオトリに使うこともよくあるのよ!」
「そんな情報は今さらすぎますわああっ!」
悲鳴を上げるジャネット、そしてフェリスとアリシアに、リリーベルの群れが襲いかかってくる。
アリシアとジャネットは杖を握り締め、フェリスは手の平を掲げた。
戦闘、開始である。