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王宮との戦い

「あの王宮が探求者たちの根城になっているようですけれど、入りたくはないですわね。壁や床から人が生えてくる建物なんて、ぞっとしますわ」

 身震いするジャネット。

 黒雨の魔女レインが興味深そうに目を細める。

「壁から人が生えてくる……とな? それは転移魔術でも使っておったのか?」

 アリシアが口元に指を添えて思案する。

「魔法陣は見当たらなかったわね。普通に召使いや役人が壁から生えて、襲いかかってきていたわ。探求者たちに操られていたのかしら」

「なるほどのう……。恐らく、プロクスの王宮とその中の住民たちは、まとめて一つの魔法生物じゃ。でなければ、建物から自在に人が現れることの説明がつかん。要するに、そなたらを罠にはめるための巨大なミミックなのじゃろう」

 アリシアは魔術書で読んだ知識を思い出す。

「ミミックって、洞窟とかで冒険者を誘って食べる宝箱の魔物よね……?」

「あんな大きなミミックがいるなんて、聞いたことがありませんわ」

「探求者たちなら、造り出すことも可能かもしれぬ。地脈の流れはあの王宮に収束している。本物のプロクス国王は、ミミックの内部に封印されておるのじゃろう」

 天使ライラが朗らかに言い放つ。

「つまり王宮をぶっ壊せば全部解決ね!」

「うむ!」

 大きくうなずく黒雨の魔女。

「そんな力業の解決でよろしいのですかしら……」

 ジャネットは首を傾げた。


 数時間後、少女たちはプロクス王宮の正門の前に立っていた。戦闘に巻き込まれないよう、ロゼッタ姫は王都から離れた森に避難させて魔法結界で守っている。

 地脈の流れは魔法陣で遮断して、王宮への流入を絶っている。バステナ王国から持ってきた軍資金で魔法薬を大量に買い集めて各自の魔力を限界まで高め、戦闘用の杖の整備も完璧に済ませての出陣である。

 まさか自分が異国で本格的な戦闘行為に加担するとは思っていなかったジャネットは、みぞおちの辺りが沈み込むように感じる。

「もしも魔法生物でなかったら、他国の王宮を攻撃すると全面戦争になりますわ。本当に魔法生物なのですわよね?」

「多分大丈夫じゃ」

「多分……?」

 黒雨の魔女から雑な太鼓判を押され、アリシアは不安になった。

「叩いてみれば分かるわ!」

 雑な攻撃を旨とする天使ライラが、王宮に突撃する。天使ライラが大空に舞い上がり、回転しながら急降下して、槍を外壁に激突させた。

 王宮そのものから、醜い怒声が響き渡った。衝撃を受けた壁に亀裂が走り、赤い液体を噴き出しながら破裂する。その断面はあまりにも生物的でなまなましい。

 地響きと共に、王宮が大地から浮き上がった。いや、正確には浮いているのではない。底部からグロテスクな脚が無数に生え、立ち上がっているのだ。脚のあいだからは紫色の粘液が滴り落ち、地面を溶かして異臭を放っている。外壁にぎょろぎょろと目玉が浮き出し、醜悪な敵意を込めて少女たちを睨む。

 黒雨の魔女が自慢げに手の平で指す。

「ほれ見よ、魔法生物じゃ」

「気持ち悪いですわー!」

「ふええええええ!」

 ジャネットとフェリスは怖気を震った。あの中で自分たちが食事を楽しんだり入浴したり就寝したりしていたなんて、考えたくもない。もう少しで魔法生物の胃袋の中で消化されてしまっていたかもしれない。

 王宮は無数の脚を回転させ、巨大なダンゴムシのように迫ってくる。溶けた地面から吹き上がる蒸気に、少女たちが激しく咳き込む。

「なんですの、この蒸気!」

「くらくらしますー!」

 目を回すフェリス。黒雨の魔女が蒸気を指で掴むと、真っ黒な煤となってこぼれ落ちる。

「うーむ、毒を生成して撒き散らしておるようじゃな」

「ここで戦ったら街に被害が出るわ。王都の外に誘導しましょう」

 アリシアが告げ、少女たちは全力で走る。

 王宮の外壁のあちらこちらから触手が生え、少女たちを叩き伏せようと襲いかかってくる。巻き添えを喰った建物が崩れ落ち、雪を被った彫像が薙ぎ倒される。

 少女たちは王都の東に横たわる平野に王宮を誘導し、改めて向かい合った。地面は冷たく凍りつき、静かな雪が降っている。王宮からしわがれた声が響く。

「その娘をこちらに寄越せ……真実の巫女様への捧げ物だ……」

「王宮が喋りましたー!」

「魔法生物だものね……」

 アリシアはフェリスを腕の中に守る。

 王宮に並ぶ尖塔、一つ一つに魔法陣が展開され、蒼白の光が柱となって撃ち出される。光に触れた雪が寄り集まり、固まって形を成す。剥き出しの眼球にシロアリのような羽が生え、脚を蠢かしながら少女たちに飛びかかってくる。何万という異形の虫の襲来。

 天使ライラが大槍を放った。軌道沿いの虫が貫かれ、爆発する。周囲にも次々と誘爆し、曇天に派手な花火が広がる。

「あれって爆発するんですの!?」

 しかもすべては消滅せず、大多数が羽音を唸らせて迫ってくる。至近距離で誘爆を起こされたら一溜まりもない。アリシアは脅威を覚えて言霊を唱える。

「炎の滴よ、燃える力よ……我が意に従いて、敵を討て――バレットフレイム!」

 アリシアの杖から烈火が噴き出した。紅蓮の奔流となって噴き上がり、羽虫を巻き込みながら焼き払う。爆発が連鎖し、王宮にまで到達して衝撃を加える。

 王宮の尖塔が幾つも切り離された。轟音を鳴らして少女たちの方へ飛翔する。空が覆われ、風の重圧が肩にのしかかる。

「あれって外れるんですの!?」

 ジャネットは真っ白な杖を掲げた。自分たちを押し潰そうとやって来る尖塔に焦りながら、言霊を唱える。

「鳴動せよ、暴風の迅雷。汝が鎧はたおやかなりて、天女の授けし羽衣なり。フューネラルストーム!」

 純白の杖から魔法陣が広がり、嵐が沸き起こる。平野の雪が巻き上げられ、白煙となって尖塔を襲う。高速で回転しながら鋭い氷柱と化し、弦楽器を掻き鳴らすかのような音を響かせて尖塔を切り裂いてく。

 尖塔が崩れ落ち、少女たちの頭上に墜落してくる。アリシアがフェリスを胸の中にかばい、杖から魔術の業火を放った。上空の瓦礫を燃やし尽くし、灰が降り注ぐ。

「生意気なガキ共が! 邪魔をするな!」

 王宮が叫んだ。底部の脚が蛇のように蠢いて大地に突き刺さり、深く潜っていく。固定された王宮を中心に、大きな魔法陣が展開された。

「なにをするつもりかしら……?」

「魔法陣の外に撤退した方がよいかもしれんな」

 足下に出現した魔法陣に、少女たちは警戒する。脱出するにしても、魔法陣の範囲が広すぎて間に合わない。

 雪面に文字が刻まれ、妖しく踊り出す。外周にさらなる魔法陣が並び、それぞれから岩の人型が出現した。全身に鋭利な棘をまとい、少女たちを貫かんとして突進してくる。天使ライラが迎撃するが、敵の数が多すぎる。

 黒雨の魔女が悠然と両腕を広げた。長い袖から瘴気が溢れ出し、無数の刃となる。魔女が腕を振ると、漆黒の刃が拡散し、岩人形たちを切り裂いた。くるりくるりと魔女が舞い踊り、縦横無尽に交錯する刃が岩人形を粉塵に堕とす。

「小童はそなたの方じゃろう。わらわに傷をつけるなど、二千年早い」

 黒雨の魔女は嗤った。王宮から怒りの声が響く。王宮は底部の脚を引き抜こうとするが、奥深くに刺さってしまっていて身動きが取れない。

「今なら当て放題じゃ。フェリス、やれ!」

「はいっ!」

 フェリスは手の平を突き出した。

 どんな理由があっても、戦争を始めさせるわけにはいかない。フェリスは魔法学校で過ごす平和な日々が大好きなのだ。

 みんなが悲しんだり、いなくなったり、家族を失ったりするのは、絶対に嫌だ。アリシアにも、ジャネットにも、ロゼッタ姫にも、ずっと笑っていてほしい。ずっとそばにいてほしい。

 フェリスは言霊を唱える。

「虚無の鎮魂、阿鼻の沈黙、凍てつく刃は万物を崩壊させる――パーフェクトクリア」

 大地が震えた。雪煙が上がり、収束して山を形成していく。舞い散る雪も、天蓋の雲塊も、ありとあらゆる雪が一点に吸い込まれていく。家々よりも重厚な足が形作られ、胴体が生み出され、尖塔よりも太い腕が膨れ上がる。

 それは、巨大な雪だるま。愛らしい姿をしているのに、王宮を見下ろすほどに高くそびえ立ち、平野をえぐりながら足を踏み出す。

 雪だるまの豪腕が振り上げられた。逃げる暇も与えず、振り下ろす。衝撃波が爆発し、王宮が無残に潰れる。壁が崩れ落ち、絶叫が響き渡る。雪だるまは止まることなく、王宮を掴んで真っ二つに引き裂く。振り回し、大地に叩きつけ、無残に砕いていく。

 王宮の窓から、人影が幾つも転がり落ちた。同時に王宮が目まぐるしく明滅し、収縮を始める。壁が萎び、天井が腐り、脚が縮んでいく。真夏の陽射しに晒された植物のように、醜い茶色に枯れ果てていく。

 その中心に、『探求者たち』の術師が倒れていた。体から血管のようなモノが浮き出し、王宮の残骸と繋がっている。もはや抗う力は残っていないらしく、血を吐きながら肩で息をしている。

「今度こそ年貢の納め時ですわ! 引っ捕らえて牢獄送りにいたしますわよ!」

 ジャネットが術師に杖を向けた。

 だが、あいだに上空から他の術師が舞い降り、手の平でジャネットを突き飛ばす。不意を突かれてよろめくジャネット。

「ま、まだいたんですの!?」

「もう戦いたくないですー!」

 少女たちが身構える。

 新たな術師は倒れた仲間を小脇に抱え、空中に浮き上がった。痩せ細った頬を掻きむしりながら、愉悦に満ちた表情でフェリスを見下ろす。

「お久しぶりです、フェリス。私ですよ……ラドル山脈での紛争や、魔法学校のお祭りであなたと遊んだ私です……。我が名は『イサカイ』、人を弄び操るのが至上の喜び」

「いさかい……」

 フェリスは口の中でつぶやいた。

「巫女様が直に力を注いでくださったお陰で、この同胞は魔法生物になっていたのですが……これでもあなたには勝てぬとは、さすがです。なんとも羨ましい魔力だ……」

 術師イサカイが汚らしい唾液を垂らして物欲しそうに眺め、フェリスは後じさる。捕食者に睨まれた草食動物の恐怖。ジャネットとアリシアがフェリスをかばう。

「そう警戒せずとも、今日は帰りますよ。ほら、同胞が捕らえていたこの国の王も、そこに落ちているようだ。拾ってはいかがかな?」

「え!?」

 目を見張るフェリス。術師イサカイが指差した先には、白髪の男性が伏していた。あの豪奢な衣装は、謁見の間で見たものと同じだ。

 少女たちが気を取られている隙に、イサカイは空高くまで距離を作っていた。節くれ立った杖を振り上げ、慇懃無礼に礼をする。

「あなたとはまたいつか、ゆっくり遊びたいものです。それまでは、ごきげんよう。ははは……きひゃははははははは!」

 術師イサカイの周囲に、闇が広がっていく。闇は沼の水のようにイサカイを呑み込み、収縮して消え去る。呪詛のような腐臭と哄笑だけが残される。

 核を喪った王宮の残骸が粉々になり、風に吹き散らされていく。綿雪が降り積もるやわらかな音が、戦場の平野を満たした。

本日、新作『クラスの大嫌いな女子と結婚することになった。』の発売日です!


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