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失踪

「みんな、気を付けてね」


 朝のホームルーム。


 教壇に立ったロッテ先生が、珍しく真面目な顔で言った。


「最近、魔術師とか、その素質がある人が行方不明になる事件が増えてるの。今学期に入ってからも、全校で十一人も失踪してる」


「捜索はしていないんですの?」


 ジャネットが尋ねた。


「もちろん、衛兵さんとかプロの魔術師さんが必死に捜してるよ。でも、全然手がかりも見つからなくて……とにかく、夜道は一人で歩かないこと。怪しい人には近寄らないこと。いいかな?」


 大きくうなずくクラスメイトたち。


 その全員の視線が、フェリスに集中する。


「気を付けてね、フェリスちゃん!」「絶対さらわれちゃ駄目だよ!」「なんなら俺が送り迎えするから!」「ほんと注意して、フェリスちゃん!」「アメ玉もらってもついていっちゃいけないからね!」


「ふえええええっ!? なんでみなさんわたしにばっかり言うんですかあっ!?」


 目を白黒させるフェリス。


「ホイホイさらわれちゃいそうな感じがするからじゃないかしら……」


 と言いながら、アリシアもフェリスを誘拐されまいとするかのように抱きすくめる。もはやクラス全員からマスコット扱いのフェリスだった。


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 夕暮れ。


 校舎から寄宿舎へと帰る道を、ジャネットは早足で歩いていた。


 ちょっと魔術の訓練に熱中していたら、いつの間にかこんな時間になってしまった。


 だけど、まだ日は沈んでいないし、寄宿舎まではすぐだから大丈夫だろう。そう思いながら、ジャネットは近道をすることにした。


 建物のあいだの隘路だから見通しは悪いが、時間を半分くらい短縮できる。遅刻しそうなときに生徒たちがよく使う便利なルートだ。


 ジャネットは歩きながら鼻を突き上げ、ふふんと笑う。


「そもそも、誘拐なんてされちゃう子は、油断しすぎなんですわ! いつだってきちんと気を引き締めていれば、魔術で対抗できますもの! わたくしは絶対にさらわれたりしませんわ!」


 と高らかに言い放った途端、空から降ってきた袋に包まれ、ジャネットはむぎゅっと言いながら視界を失った。


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 翌朝、フェリスが眠い目をこすりながら食堂に出て行くと、寮生たちが妙にざわついていた。


「どうしたのかしら……」


 アリシアが不安そうに周りを見やる。ロッテ先生からあんなことを言われた昨日の今日だから、嫌な予感がしてしまうのだ。


 フェリスは手近の寮生に声をかける。


「あの……なにかあったんですか?」


 寮生の少女は眉を寄せてささやく。


「昨夜、寮に帰ってない子がいるんだって。消灯前の点呼のときにもういなかったんだけど、夜通し捜索しても見つからなくて……」


「ええ!? だ、誰がですか!?」


「ほら、ラインツリッヒ家の……ジャネットとかいう子みたいだよ」


「「ジャネットさんが!?」」


 アリシアとフェリスは二人揃って声を上げた。


 フェリスは心臓が凍るのを感じる。

 

 行方不明の事件について警告はされていたけれど、まさかこんな身近な人が巻き込まれるなんて。急に事件が真実味を持って迫り、嫌な動悸が暴れ出す。


 フェリスは必死にアリシアの袖を握り締めた。


「ど、どどどどどどうしたら!? アリシアさん、どうしたらいいですか!?」


「どうしたらと言われても……プロの魔術師に任せるしか……」


 アリシアも青ざめている。


「でもっ、でもっ……!」


「下手なことをして、フェリスまで犠牲になったら取り返しがつかないわ。ここは、頑張ってくれている大人たちを信じましょう」


「うう……そうですけど……」


 フェリスはうなだれた。


 アリシアの言葉が正しいのは分かっている。


 けれど、日頃から関わりの多いジャネットが危機にあると知って、じっとしていられるほどフェリスは大人ではないのだ。


 ジャネットからは疎まれているようだが、フェリスはジャネットのことが嫌いではない。むしろ、友達になりたいと思っている。だから、こんな形でお別れになってしまうのはイヤだった。


 朝食を終えると、フェリスはアリシアに言わずこっそり食堂を抜け出した。


 てててっと中庭まで走り、誰にも見つからないところで一息つく。


 図書館で勉強した魔術書の中には、失せ物捜しの魔術というものも記されていた。あれを使えば、ひょっとしたら……と一縷の望みをかけ、言霊を唱える。


「叡智の光よ、ヴィーラの灯明よ。我を導き、失われし物へと至らしめよ……リザイン!」


 フェリスの手の平から赤く輝く毛玉のようなものが現れ、浮かび上がった。うまく行けば、この光る毛玉が失せ物まで案内してくれるはずだ。


 しかし、毛玉はすぐにへろへろと落ち、四散して消失してしまう。


「やっぱり……失せ物捜しの魔術じゃ人は捜せないんでしょうか……」


 フェリスは肩を落とす。


 そのとき、どこからか声が聞こえた。


「女王様。あなた様は、決まり切った言霊など使う必要はないのです。ただ、魔素にお命じください」


「ふえっ!? だ、誰ですか!? どこですか!?」


「私は、あなた様のしもべ。ここより遙かな遠くの異界から、呼びかけております。あなた様には拒絶されてしまいましたが、これくらいの助力はお許しください」


「きょ、拒絶……? わたしが……?」


 フェリスはまったく記憶にない。


 だが、なにかひどいことを言ったのなら謝らないといけないと思った。


「あの……ご、ごめんなさい……」


「いえいえ、しもべに謝る必要はございません。とにかく、女王様は命じるだけでよいのです。あなた様が魔素に行わせたいことを、御心のままに」


「え、えっと、じゃあ……『魔素さん! ジャネットさんを、見つけてください!』」


 叫んだ途端、空中に赤く輝く毛玉が再び出現し、物凄い勢いでいずこかへと飛び始めた。


「わわっ!? ま、待ってくださーいっ!!」


 フェリスは慌てて失せ物捜しの毛玉を追いかけた。

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