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複合魔術

 魔法学校での授業は、国語や歴史などの基礎教養に加え、主に魔術の理論や実践について集中して行われた。


 一日の半分は魔術関連の科目に充てられ、生徒たちは己の魔術の鍛錬に取り組む。


 いかに強く、いかに持続する魔術を使えるようになるか。


 自らの力をどこまで高められるか。


 それをこの魔法学校での在学中に追求するのである。


 しかし、フェリスはというと、実技試験で魔術をコントロールできなかったせいで怖くなってしまい、なかなか授業で魔術を使うことができなかった。

 もしまた暴走してみんなに迷惑をかけたらどうしよう……と不安になったのだ。



 そんなフェリスを見かねたのか、とある実技の授業中、ロッテ先生が一冊の本を差し出してくれた。


「『魔術の構成理論』……?」


 勉強のお陰で難しい字も読めるようになったフェリスが、首を傾げる。


「そだよ。ホントはこれって、魔法学者になるような人が勉強する内容なんだけどね。フェリスちゃんは、魔術を強くするより魔術を制御できるようになる方が大事かと思って」


「はい! 制御できるようになりたいです!」


「うんうん。この本には、魔術の制御や本質、仕組み、その分析方法までが詳しく書かれてるの。フェリスちゃんになら役に立つかも」


「ありがとうございます!」


 フェリスは大喜びで本を受け取った。


 それからというもの、休み時間や放課後は『魔術の構成理論』の本を読み耽った。


 そこに書かれていることによると、魔術とは魔素の運用の組み合わせであるらしい。


 自然界に存在する魔素は、言霊と呼ばれる特定のフレーズに反応し、流れを変える。


 普通の人間が言霊を発しても魔法素を操ることはできないが、魔術師としての適性がある者なら、言霊に力を生じさせることができる。


 言霊は、音色や高さや強弱によってそれぞれ別個の制御を指示しているとされ、理論的には、言霊を組み合わせることで複雑な魔術を実現することもできるらしい。


「よーし、やってみましょう!」


 フェリスは中庭で本を閉じ、ベンチから立ち上がった。


 今なら人通りも少ないし、迷惑になることもないだろう。


 フェリスは前方に手の平を突き出した。


 理論書に記されていたように、中くらいの音階で、静かに言霊を唱える。


「凍り付け……レインストーン」


 手の平の先、空中に白い渦巻きが生じ、凝固して、氷の塊が出現した。


 氷塊はぽとりとフェリスの手の平に落ちる。


「やりました!」


 フェリスは氷塊をかじってみた。


 冷たくて、おいしい。


 今日は朝から日ざしが強かったから、氷を口に含むと気分がすっきりする感じがした。


 フェリスは本のページをめくる。


 今度は念動魔術と水魔術の言霊を組み合わせてやってみよう、と思った。理論的には可能と書いてあるから、きっと可能だろう。フェリスは本に書いてあることを鵜呑みにするタイプだった。

 この年になって初めて本に触れ、その叡智に感動し、もはや無条件で崇拝しているような状況なのだ。


 フェリスは両手を広げ、言霊を組み合わせて唱える。


「『水よ、空と海に座するものよ』『我が意志に従いて踊り』『凍てつき』『形作れ』」


 大風が吹き、中庭に雪が踊り始めた。


 フェリスを中心にして大きく渦巻き、互いにぶつかり合いながら固まり、膨張していく。


 地面にうずたかく積もり、塊を成し、曲線と角を作っていく。


 瞬く間に、そこには校舎のミニチュアのような氷像が形作られた。


 中庭の一角を占める氷像からは、ひんやりした空気が漂ってきている。これがあれば、みんなも午後の授業を過ごしやすくなるだろう。


「はぁ~、ひんやり~」


 フェリスが氷像にほっぺたをくっつけて涼んでいると。


「これ、フェリスちゃんがやったの!?」


 ロッテ先生が目を丸くして、校舎の方から歩み寄ってきた。


 フェリスは跳び上がる。


「ご、ごめんなさい! すぐに片付けます!」


「ううん、片付けなくていいの。これ、フェリスちゃんが作ったの? どうやって作ったの?」


「え、えっと、水魔術と念動魔術の言霊を組み合わせて……」


「それって、複合魔術!? 自分で複合魔術を作っちゃったってこと!?」


 ロッテ先生は身を乗り出すようにして訊いてくる。


 その勢いに押されるフェリス。


「は、はい……ダメでしたか……?」


「ダメじゃないけど……まさか……」


 ロッテ先生はぶつぶつと呟く。


「先生……?」


「あ、気にしないで! あんまり無茶なことはしないでほしいけど、これからも勉強頑張ってね。……きっと、すごいモノが見れるはずだから」


「はいっ!」


 フェリスは元気よくうなずいた。


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「複合魔術……か……これは驚いたのう」


「はい……私も目を疑いました……」


 魔法学校の校長室。


 ロッテからフェリスの件について報告を受けた校長は、皺の寄った目をしきりに瞬いていた。


「確かに複合魔術は、『理論的には可能』じゃ。しかし、それを実際にやりおおせた者は、いまだ一人としておらん」


 校長の言葉に、ロッテも同意する。


「黒雨の魔女も、複合魔術は使っていなかったらしいですもんね。かの魔女は強力な魔導師だったけど、それは『強力』なだけだった……魔術の常識を打ち壊すような存在ではなかった」


「フェリスは……いったい何者なのかのう。ただの強力な魔導師ではないことは間違いないのじゃが……」


 たかが十歳の女の子。


 けれど、明らかに尋常ではない。


「とにかく、今後もフェリスを見守っていくとしよう。わしらはなるべく表には出ず、後ろからひっそりとな」


「はい。トラブルの処理は任せてください」


 ロッテは胸を拳で力強く叩いた。

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