こわいのはだめ ★
─チリークロワッサン城
─客間
ゆったりした空間で豪華過ぎない綺麗な一室。シックと言うべきか大人しい構成というべきか、オレの語彙力ではイマイチ表現できない部屋へオレ達は通された。
ローテーブルを挟むように配置されているソファーに、オレ達とチェリスは対面するように座っている。氷魔剣士レンシーはチェリスの座っているソファーの横で立っている。
「スターライト・エクスシーション……だったかしら。あなた、本当に不思議な子ね」
チェリスの言葉にエイルが瞼の動きで肯定を表し、レンシーが小さく頷いた。
変わり者の烙印を押されて、オレは少し微妙な顔をした。
「どんな風に不思議なんですか?」
「……そうね、色々と要素が有るからどう言えば迷うけど……1つ挙げるなら人間からは得られない安心感を感じるところとか、かしらね」
なんか前にもこんな事言われたな。やっぱり魔王であったルゥちゃんの香りみたいなのが移ってるのかな。……でもオレは紛れもなく魔王じゃないから、魔族の人達は訳の分からない違和感をオレに覚えると。
「魅了の類の魔法ではない、あなた特有の魅力なのかもしれないわ。一目見た時からあなたは私のお気に入りよ」
「……だ、大胆な告白ですね。……というか、一目で気に入ったならいきなり攻撃しないで下さい……」
「気持ちはさっさと伝えるのが私の癖なの。それに、そういう子にはそういう構い方をしちゃうものよ♪」
ああ、噂で聞いてた時から何となく察してたけど、この人やっぱりサディストみたい。……お人形さんみたいな金髪幼女でS属性で優しくもある……こりゃあマニアも放っておかない逸材だな。
コンコン
「入りなさい」
「失礼します、お飲み物をお持ちしました」
ちょっと酷いかもしれない考えをしていると、メイドさんがチェリスの了承を得て部屋に入ってきた。
トレイに乗っている4つのグラスの中には紅い液体が入っていて、オレは思わず目で追っていた。
メイドさんが部屋を出ていった後もオレはグラスの中に入っている紅い液体を見続けていた。
そして自然と口から言葉が漏れる。
「こ、これって……やっぱり…………血……?」
チェリスは愛らしい笑みしか向けてこない。
仕方がないからエイルの方を見れば、エイルは気を遣ってくれたのか毒味でもするように、オレの前に置かれたグラスの中の液体を上品に飲んだ。
「……これはトマトジュースですね。限りなく血の色に近づけているのが全くいやらしいです」
再びオレの前に置かれたグラスを手に取っておずおずと口を付ければ、とても美味しく冷たいトマトジュースが口の中に広がった。
「ライト、あなたが吸血鬼でないと想定してレンシーと同じものを用意させたのだけど、お気に召したかしら?」
「……ぷはっ……はい、なかなかベターな弄りですね」
「あら、からかってるって分かったの?」
「これくらいはオレだって分かりますよ」
吸血鬼と言えばなんとなくトマトジュースという変な連想を出来てよかった。お陰でチェリスのお遊びに答えられたし得意になれるし良い気分だ。
「エイル、ありが……エイル?」
軽くお礼を言おうとしてエイルの方を向いたら、そのエイルはお上品にグラスに口を付けたまま固まっていた。
「……はっ、ラ……ライト様」
「あら、もてなせる限りの上質な血の筈なのだけど。口に合わなかったのかしら?」
「……いえ、特殊なコネもない私ではこれ程の血は常飲できないわ。間違いなく上質な血なのは分かるのだけど……」
「気にせず続けて」
「私はこれ以上の血を知っている。……そう、物足りなさを感じたのよ」
「……ああ、一度天井を押し上げると辛いのよね。でもこの血で物足りなくなる程の血なんて何処で…………そう、あなた苦労するかもね」
なんかチェリスが一瞬オレを見た気がした。
「あげないわよ」
「あら残念。でもいいわ。舌を肥やし過ぎると後が大変だもの」
上位の者からすればオレはやっぱり物扱いなんだなぁというのが分かる会話だ。でもこんなに可愛い子の血液サーバーになら……っと、オレはエイルのだった。
「……さてと、そろそろ本題に入りましょうか」
チェリスによって空気が仕切り直され、いつの間にか少し緩んでいた顔をキリッと戻してチェリスへ向けた。
「あなた達の目的は? レンシーに用があるって言ってたけど」
「はい、氷魔剣士……レンシーさんに確かめたい事があるんです」
「確かめたいこと? 私は席を外すべきかしら?」
「いえ、大丈夫です」
「そう。レンシー、真実を確かめさせるのよ」
「わかりましたチェリス様。……それで、俺に何を聞くつもりだ」
「レンシー、立ったまま話をするなんて失礼よ。私の隣に座りなさい」
「は、はいっ……で、では失礼します」
チェリスに叱られておずおずとチェリスの隣に座る氷魔剣士レンシー。なんだか嬉しそうなのは気のせい……じゃなさそう。もしかしてマゾ……?
「ごめんなさいね、この子相手に話に来られたのは初めてなものだから教育を怠っていたの。非は私にあるわ」
レンシーは俯いてるけどやっぱり嬉しそう。ムチの後のアメはそんなに効くのかな…………って、何失礼なこと考えてんだオレ。
「オレもあんまり作法は分からないので気にしないで下さい」
「そう言ってもらえると嬉しいわ。それじゃ、改めてお話を始めましょうか」
チェリスがレンシーの肩をぽんぽんと叩くと、さっきまでテーブルの方を向いていたレンシーの顔がオレへ向けられた。
「えっと、それじゃあ単刀直入に聞きます。レンシーさん、貴方は『本』を知ってますか?」
本というワードに反応を示すレンシー。ほぼ確定かな。
「俺を尋ねて『本』と聞いたんだ。何の話かはよく分かってる。……もちろん、お前達の言う本の事は知っている」
レンシーが本の所有者と確定した。
……でもそれが分かったところで、結局どうすればいいのか分からない。その辺は全く考えてなかったな。……いや、容易に思いつく程度の事なら考えられるけどさ。奪い取るとか。
「今、本は持ってますか?」
「持ってない事は無いが……現物は無い。だからくれと言われても渡せないからな」
既に本を取り込んでるみたい。
……ハトルさん、どうすんのこれ。
「あなたに危険性さえ無ければ別に本と一体化しててもよかったんですけど……割と本気で殺されそうだったんですよね、オレ」
「その点なら心配要らないわ。レンシーは降りかかる火の粉くらいしか払わないもの。進んで面倒を起こす事は……まぁ前に無くはなかったけど、もう落ち着いてるわ」
「言い訳がましいと思うだろうが、あの時は場合が場合だったから仕方ない。チェリス様のところへ行ってみれば吸血鬼と得体の知れない者がチェリス様と戦闘していたんだからな」
「それだとこの子達に先にちょっかい掛けた私が悪い事になるわね」
「はっ……そ、そんなつもりじゃ……っ」
チェリス……この人はレンシーを困らせるのが好きなのかな。なんかどことなく楽しそうだし。
「あなた達は主従揃って仕方の無い人たちですね。全く、話の途中でイチャつかないでもらえますか?」
「ちょっと、エイル?」
「でも安心して下さい。私の主は寛容な方なので、あなた達の仕方のないじゃれ合いに気を立てることはありませんから」
「エ、エイルっ! ……あっ」
あまりに煽るものだから流石に怒ろうとしてエイルに顔を向けると、エイルが少し笑ってるのに気づいた。
なんということか、チェリスがレンシーを困らせるように、エイルもオレを困らせて楽しんでいたんだ。
「もうっ! 変な対抗しないの!」
「ふふっ♪ バレましたか」
「ごめんなさい、チェリス」
「いいのよ、仲睦まじくて結構」
オレは嬉しくないが、思った事があった。
こんなサドとマゾで相性バッチリなカップルが果たして危なっかしいのかどうか。別に危険性は無いんじゃないか……と。……ちょっと失礼なイメージがあるけども。
まだ確証なんてないけど、この人達は悪いことを悪いと認識してやるようには見えない。オレにとって都合の悪い存在になりえる可能性は低いと思う。
ならば今いきなりレンシーから本を取り出して回収する必要も無い筈だ。
「……話を戻しますが……現状をゆっくり整理する必要があります。今日のところはこれで引き上げようと思います」
「あら、それはつまり、あなた達なりの決断を下すには私達の情報が足りないと受け取っていいのね?」
「はい、だいたいそんな感じです」
年の功というヤツなのかな……いや失礼か。とにかくチェリスは相手の言葉から素早く意を汲み取る事に長けているみたい。単にオレの脳内処理速度と比べちゃうと速く感じるからそう思うだけなんだろうけど。
「それなら良い案があるわ」
「良い案……?」
「あなた達、しばらくここに住みなさい」
★ ★ ★
─チリークロワッサン城前
翌日、オレとエイルは再び吸血姫チェリスの住まうこの城の前まで来ていた。
彼女の提案はこう。オレが判断を下すに十分な程に彼女達を知るには、しばらく顔を合わせるのが一番簡単で、一緒に住めば簡単だという単純なものだ。
一連の話を宿に戻ってダークSUNとルックの2人に話し、ルックが少し心配そうにした以外は何の反論も無く話はまとまり、オレとエイルの2人はチェリスのお城で少しの間住まわせてもらう事になった。やっぱりダークSUN達は別行動みたい。
どうでもいい事かもしれないけど、男気溢れる生活というか、変な言い方だけど男臭い環境に囲まれていた以前と比べて最近は女の子との絡みが多い気がする。なんかこう……凄く良いと思います。
さて、再び悪魔の城の前にやってきたのはいいが、オレは謎の違和感を感じていた。
「……なんか、変じゃね?」
「どうしたのですかライト様」
「いやあの……オレの勘違いかもしれないんだけど、なんかこう……前来た時より雰囲気が違うような」
違うというかもはや不気味というか……。コウモリはキーキー鳴いてるし空は赤いし……。魔界の空って常に黒塗りだって聞いてたんだけどなぁ。
「彼女なりの『おもてなし』なのでしょう。泊まり込みの客が久々過ぎて張り切っているのかもしれませんね」
「そ、そう……」
ゲームやアニメの空を赤く塗りつぶす描写はなんだか大人な雰囲気が出るから好きなんだけど……こう目の当たりにすると不安になるな……。
しかもホラー体験アトラクションみたいな作り物と違ってこっちはファンタジーでも現実……雰囲気作りでも何でもなく本当に起きてるホラー現象だ……。
ま、まぁ怖くないけどね!
「さ、行きましょうかライト様」
「うん……。あそうだ、たまにはエイルが先導してよ」
「ライト様がそう言うのなら」
ギィィィィ……と、前来た時には聞こえなかった嫌な音を立てながら門が開く。
エイルはそれを全く気にも留めずにずんずん進んでく。オレはエイルの肩を掴む寸前のところで手を浮かせながらエイルの後に続いた
『アオォォォォン……』
「…………」
『アオォォォォン……』
気にしないフリをしてたら駄目押しとばかりに犬の遠吠えがまた聞こえてきた。
「……エイル」
「ライト様、まさか怖いのですか?」
「ち、違うよ! 遠吠えが苦手なだけだよ」
「やっぱり怖いんじゃないですか」
「お、オレを疑うの? よぉし怖くない証拠を見せてやろう。今から犬に挨拶返してやるからな! ガリュリュリュゥゥゥ……ワン! ワンワンワンッ!! ワンワンワンワンワンワンッ!!」
突然、黒くて見えない左右の道端の陰から赤い目のようなものがゾワゾワと沢山現れた。
「わぁぁぁぁあ!?」
堪えきれなくなってオレはエイルの脚に飛びついた。
「エイル、エイル! 沢山のケルベロスがオレを怒ってるよ!」
「何をしてるんですか……。あれは魔力で出来た灯火ですよ」
「そ、そうか……ごめん」
久々に心臓を掴まれたような恐怖体験をした気がする。元の世界とは違うと思えるからこそ成せるホラー現象だな……。だからこれは仕方ない。
一応エイルの言葉に納得して気を取り直したが、いよいよオレの手はエイルの背中に触れていた。
この世界の常識ではそう驚くことはなくても、やっぱりオレの常識からはかけ離れている。……なんだよ魔力で出来た灯火って……凄く意地悪な仕掛けだな。
エイルを押して歩いてさっさと入口のドアを開けてもらった。またもや嫌な音がしたが、気にせず素早く押し入った。
「…………」
……何か、いる……気がする。
過敏になって色々疲れたせいか目眩がしてきた。
『さぁ、おいでライト……こっちに来て遊びましょう。あなたの為に素敵な服も沢山用意したのよ……』
「エイル、エイル! なんか聞こえる……っ!」
「落ち着いて下さい。ほら、ただの魔力風ですよ」
「そ、そうなんだ……ごめん」
すきま風じゃなくて魔力風? 訳が分からないよ。……というか間違いなく誰かの声が聞こえたよ。
……この前のチェリスは大きな部屋にぽつんと置かれた椅子に座ってたんだけど、今日は見あたらない。
エイルが奥に進もうと言うのでそれに従ってエイルの後ろを着いて歩いた。
この前来たことのある長い廊下だ。今日は妙に薄暗……うっ……!?
……なんか光る何かがふよふよ浮いてる。手のように見えなくもない。
『可愛いライト……私の元へおいで。私の隷があなたを楽しませる為に色んな披露をしてくれるわ……』
「エイル、エイル!! 何か聞こえるし何か変なのが見えるよ!」
「変なもの……? ああ、この手のようなものは比較的濃い魔力が漏れて出来たマジックハンドですね。害はありません」
「あ、ああそう……ごめん」
色々あって漏れた魔力は不気味な手になるのかぁ……へぇ、ふーん……。べ、勉強になったネ! ……声は?
エイルが何処かの部屋の扉を開けた。うっすらとしか見えないが、この前に来た客間っぽい。……ん?
「…………!」
無性に背筋がゾワゾワする。
何かいるような気がしてならないけど、絶対に見ちゃいけないのだけは凄く分かる。
『ああ愛しきライト……後ろ姿も大好きよ。でも私を拒絶するなら、強引にあなたを奪うわ』
途端に体が後ろへ引っ張られる。
オレは恐怖で頭が滅茶苦茶になった。
「─────ッ!!?」
掠り声すらあげられなかった。ほんのちょっぴり涙が出て視界が曇り、何も出来ないままオレは意識を手放した。
★ ★ ★
─客用の寝室
視点 エイル
布団で静かに寝息を立てる主を見ながら、私は申し訳ない気持ちになっていた。
今日ここに来たとき、ライト様が感じた違和感は全てチェリスのお遊びによるものだ。私もそれを分かっていてライト様の質問に対し軽く答えてしまった。
ライト様がチェリスに後ろへ引っ張られて失神した時は本当に驚いた。チェリス自身も驚愕の表情を見せていた。それもそうだ、この中で誰よりも強いであろうライト様がこの程度の事でここまで恐怖する……私たちにとってはその方が驚きだったからだ。
城の客室に見合った豪勢なベッドの中で、どこかの国の姫君のように眠るライト様は悪夢を見ているのか、時々身を捩らせたり小さな呻き声を漏らしていた。
そんなライト様の寝ているベッドに潜り込んで後ろから抱きしめながら後頭部を撫でると、安心したのか震えと呻き声が止んだ。
これでは主従でも友人でもなく姉妹のよう……そんな風に思うなんて、私までライト様のように気が緩んだみたいだ。
……こうしていると本当にか弱くて、握れば潰れてしまいそうな人間の娘に見える。
この子はどうしてこんなにも『ちぐはぐ』に見えるんだろうか……。私にとって力の有無はどうでもいい事なのに、ここまで力と性格が一致しないと少し気になってしまうのは仕方のない事だろう。
……だがやはり、思考を巡らせてその謎を本当に知りたいかと問えば、別にそんなに知りたくはないという答えが返ってくる。
その答えは焦らずとも、私が不死者(吸血鬼)である以上は時間が勝手に教えてくれるのだから。
今回は初の文章内に挿し絵を導入しようか迷ってやっぱりやめました。ので、ここで供養……。
スマホだとギリギリ見切れます。申し訳ありません。
今回の話でライトさんがワンワン鳴いてるところを描こうとした結果です。左のペドいのがライトさんで右のロリ気味な少女がエイルさんです。
犬耳に見えそうな外ハネの髪ですが、描写の都合上逆立ってるだけで、普段はもっと垂れてます。
エイルさんは体型の割にふくよかな胸の持ち主の筈なのですが、作者の腕前の都合上あまり胸は強調されてません。ラノベアニメの何かエロい制服をぽんぽん描ける作監さん恐るべし……ですね。
線を太くすればちょっぴり上手く見える気がすることに最近気づいたので、存分に太線にしてます。
まんべんなく太線にすると全体的に不安感を消してくれますが、曖昧な線が許されなくなるのでメリットばかりではありません。
しかし、頭の中でふわふわしたキャラのデザインをはっきりさせるにはピッタリだと思います。