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奇妙な噂



ーミールグのとある酒場

視点 ライト




賑やかな酒場はオレ達が入った途端に静まりかえった。更に街中では一切感じなかった視線が一斉にこちらへと飛んできた。


「エ、エイル……これは何事なんでしょう?」


「彼らは上位の存在を察知できます。吸血鬼がこういった所に来るのは珍しいのと、ライト様の存在とでダブルパンチといったところでしょうか」


つまるところオレ達は場違いな存在という事か……。


「この際仕方ないよ、カウンターに空いてる席があるからそこに座ろう」


周囲からの視線をモロに感じながらカウンターの席に座り込むと、エイルもオレの隣の席に座った。

ここまで来たら他人なんて関係無い。酒場で最も情報通であろうマスターと話せるカウンター席に座れたんだ。目標は半分達成したようなものだ。


「いらっしゃいお客さん、ここでは見掛けない顔ですな」


カウンター席に座ったオレ達に話しかけてきたのは店のマスターだった。

でも人間に魔物っぽいアクセントを付けたかのような人間っぽい見た目の人だった。肌が青白いだけ。それでいて、細身ながら如何にもマスターな風格を持っている。

本当に肌色以外は人間そのものだ。周りに居る人達が魔物魔物してるのも相まって違和感が凄い。……まぁオレ達に至っては違和感そのものなんだろうけど。


「あ、やっぱり分かります? 旅の途中なんですよ。まずは氷で割ったお酒なら何でもいいからオススメちょうだい」


「そちらの吸血鬼のお嬢さんは?」


「ハチミツ酒で」


「了解しました。お客さんもハチミツ酒で良いかい?」


「うん」


掛け合い後の間もなく、マスターはテキパキと丁寧にお酒を鉄のカップに注ぎ、素早くオレ達の前に出した。


「いただきますっ」


オレはそれを時間も置かずに飲み始めた。


「……んくっ……んくっ……こくっ……」


久々に喉を通るアルコール風味が堪らない。ほのかな甘さも愛おしく、気付けば既に飲み干してしまっていた。


「……はぁ~、いいっ。お酒はいいっ……」


多分今のオレは誰が見てもうっとりしているように見えてるな。そう自覚するくらいには、自ら作っている何か壁のような物が崩れていくのを感じていた。


「……お客さん、ちょっと酔うの早すぎないかい?」


「あー、水要らないっ」


マスターがオレへ差しだそうとしているコップに冷水が入っている事を悟ったオレは、両手を突き出し『だめだめ』の主張をした。


「そうかい? じゃあ次は何に?」


「……うーん、ハチミツ酒おかわりっ」


「承りました」


またすぐにコップが出された。今回はゆっくり味わって飲むことにした。


「お客さん、人間の割には肝が据わってるじゃないか。魔界ここへ来た人間の大半は魔族を恐れてこういう所へは入ってこないんだけどね」


「そんな事言われても……。なんというか、オレはただお酒を飲みたかっただけだしなぁ……」


ハチミツ酒をちまちまと飲みながらそう言葉を返すと、マスターはどこか関心したような表情をした。


「吸血鬼を連れて歩いているくらいだ、人間界(向こう)では相当の地位か力を持っていたんだろう?」


「特に無いけど。それとエイルは……。こんな間柄だけどオレは友達だと思ってるよ……」


不思議な事にお酒ってのは本音と笑みをポロポロ零させる力を持っている。オレはあんまり言えない恥ずかしい事を言いながらエイルに顔を向けて微笑んだ。


「こんな変わった人間なんてそうそうお目に掛かれないわ」


「なるほど、吸血鬼が人間に着いて歩く訳だ」


「褒めるでないー♪」


あはは、よく分かんないけど気分が良いな。お酒を飲んでお喋りして……なんか忘れてない?


「ああそうだマスター、何か面白い噂とかない? 何でも良いからあったら話して」


「面白い噂ねぇ……色々あるけど、こんなのはどうだい? 吸血姫に仕える氷結魔剣士とか」


「なにそれかっこいい! 聞かせてっ」



★ ★ ★




ー宿屋




エイルに肩を担がれながら宿屋へ着く頃には、酔いも少し醒めて普通の会話くらいは出来るようになっていた。

ダークSUNとルックは既に宿屋に戻っていた。オレが明らかに酔っ払ってふらふらしていたものだからルックに散々心配されたけど一応話す事は出来るから、さっき酒場で聞いてきた噂話を聞かせた。



吸血姫に仕える氷結魔剣士ーー魔界の街ミールグを含むいくつかの街を取り仕切っている魔族がいる。吸血鬼チェリス……綺麗で比較的温厚で冷たい態度とは裏腹に情に熱い彼女は、親しみを込めて吸血姫と呼ばれている。

そんなチェリスはミールグとヘイヴスとリビの真ん中くらいにある大きなお城で日々を送っている。


彼女は忠実なしもべでありとても弱い魔族の若い男の修行を眺めては、その成果を見せようとする彼をコテンパンにするのが趣味だ。

それがある時、男は凄まじい力を手に入れた。吸血姫チェリスの相手では無かったものの、彼をあざ笑っていたそこそこ強い魔族を全て氷の彫像にしてしまうくらいには強くなっていたんだとか。


まだ直向ひたむきに修行を続ける男に、チェリスは以前と同じ彼を見出して関係が変わる事はなかったが、どうしようもなく弱い彼をいつまでも見ていたかった彼女にとって、彼がなまじ自信を付けた事はあまり喜ばしくなかった。



「……という訳で、その噂の男が急に強くなったのには例の本が関わっていると思うんだ」


オレの『例の本』という言葉に反応したのか、ダークSUNは懐から黄色の本『いかずちと共に』を取り出してオレに手渡してきた。


「ありがとうお兄ちゃん。そう、氷魔剣士の力の源はコレと似たような物だと思う」


オレは本を床に置いて最初のページを開いた。そこには予想通りこの世界の住人には理解出来ない文字がずらりと並んでいた。


ルックとエイルが本を覗き込み、すぐに戻った。やっぱり読めないみたい。


「ライトちゃん、この前の約束は憶えているかい?」


「忘れてませんよ。今その約束を果たします」


オレがそう答えるとルックは爽やかな笑みを返してきた。……オレにそんな良い笑顔見せても意味ないからね。


「えーでは、こほん……『この本を手にして読めるのは拓海、お前だけだ。しかしこの本を使えるのはお前だけではない。お前にとって好ましくない者が使用する前に、お前の認めた然るべき者へ渡して念じるのだ。さすれば本は持ち主と融合し、持ち主は大きな力を得るだろう。ここを説明の場とし、後は全て術式を書き置く。この本は雷の書である』……こんな感じかな」


顔を上げてみれば、みんなの視線がオレに集中しているのが分かった。当然っちゃ当然だけど……。


「凄いライトちゃん! 音読頑張ったね!」


なんかルックから凄い拍手を受けた。というか滅茶苦茶子供扱いされてません? まるで人を読み書きも満足にできなかった子供みたいに煽ててるよね?


「ライト、その本を読めるのはタクミという者だけと書いてあるそうだが。お前はそのタクミだと言うのか?」


「うーん、読めるって事はそうなんじゃない?」


ダークSUNの質問にオレは濁した答え方をした。いやだってタクミってまんま本名だもん。なんとなく恥ずかしいから知らない素振りとかしちゃうよ。


「僕の中のライトちゃんがどんどん神話の生き物みたいになってきてる……」


「ライト様、それでその本を取り込むと噂通りに力を得る事が出来るということでしょうか?」


「多分ね、使った事ないから分からないけど……。正確な術式を体に取り入れるから本の所有者は迷うこと無く魔法を使えるから強い……っていうのがオレの推論なんだけど、どう思う?」


「当たっていると思います。それと、その本からは相当の魔力を感じます。ですから例え本人の魔力が少なくても余裕で補える……と裏付ければ、ライト様の推測はかなり良い線をいっていると言えますよ」


「なるほど、それなら噂の氷魔剣士は本によって力を得た可能性が高いことになるね。でもそうだとして、これからどうするんだい?」


ルックの発言から数秒だけ部屋は静かになった。オレの発言待ちだろう。

ここまでの流れからして、する事はもう決まっていた。


「会いに行きます。噂の氷魔剣士に」


まぁ……後は会ってから考える!





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