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縮まる距離


ー港町スレッチ

ー宿屋の一室

視点 ライト




……うぐぅ、なんか苦しい……。

体が締め付けられてるような……。


謎の違和感と共にオレの意識は少しずつ覚醒した。


「……うぅ?」


身体を動かそうとするが動けない。……金縛り?


「…………」


でもないようだ。誰かの気配がするし、なにより暖かく柔らかな何かがオレの左半身に当たっていた。


「……エ、エイル?」


顔を左に向ければそこにはエイルの美しくも愛らしい寝顔がある。謎の罪悪感と喜びに近い何かでオレの心臓は高鳴るばかりだった。


……デジャヴを感じる。

苦しくて起きて、それでも眠いから寝て、また苦しくて起きて……この繰り返し。そして今は鳥の鳴き声が……あぁ、オレは全然寝れてなかったみたいだ。


「エイル……起きて」


オレはエイルの抱擁を逃れた左手でエイルのほっぺたを突ついた。


「……むにゅ~……」


ほっぺたぷにぷに……凄く可愛い。

そんな事をしていると、エイルのまぶたが重そうに開き始めた。


「……ライト様……おはようございます」


「……うん、おはよう。エイル……苦しいからせめて優しくして」


オレの言葉でハッとしたエイルはオレを解放して自分のベッドへ戻っていった。ちょっと残念。


「……ライト様は無防備です。私が吸血鬼であることは知ってますよね」


「……うん、まぁ」


「吸血鬼に寝顔を晒しますか普通。血を吸って下さいと言っているようなものですよ?」


「エイルはオレの血吸いたい?」


「……ライト様の血? ……ごくっ」


ふぁ~、すっかり寝不足だ。エイルが甘えん坊さんだから仕方がない。……あぁ、幸せな悩みだなぁ。


「そろそろみんな起きてるかも。食堂へ行こっか」


「……は、はいっ」




★ ★ ★



ー宿屋の食堂



昨日と今日しかこの宿屋にはいないが、ご飯が美味いことは判明している。

伊達に一泊20、一食20ゴールドでやってはいない。基本的に料理は肉なのだ。朝だって昼だってもちろん夜も。食卓に並ぶマズい肉なんてそうそうないだろう。肉=美味い。これは世の理なのだ。


食堂に入れば、お肉の焼ける素敵な匂いが鼻をくすぐる。朝からお肉でテンション上がるのは若い者の特権だよね! 冒険者も体が資本だからこういう宿屋はありがたいだろう。


辺りを見回すと、ダークSUNとルックスードの居る席を見つけた。2人とも朝食を食べているようだ。

オレも食堂の注文カウンターへ行って朝食を頼む事にした。


「あらお嬢ちゃん、朝食かい?」


カウンターにいたおばちゃんはそう聞いてきたのでオレは頷いて答えた。


「今日の朝食はプラボア肉を使ったソテーと野菜スープだよ」


「じゃあ2つお願いします」


オレはそう言って純銅貨4枚をカウンターに置いた。


「はいよ、それじゃあ出来たら持って行くから適当な所に座っててね」


おばちゃんに頭を撫でられて体が少し跳ねた気がした。……うーん、優しそうなおばちゃんなのに……どうしても体がビビっちゃうな。


「それじゃお兄ちゃんの所へいこっか」


「ライト様、あの……2つ分って」


「……ん? オレとエイルの分だけど? エイルお金持ってないでしょ?」


「ご、ごめんなさい」


「いいのいいの、エイルにはオレの我が儘に付き合って貰ってるんだから」


「ありがとうございます……」


そんなやりとりをしている内に2人のいる席まできた。


「おっ、ライトちゃん! おはよう……あれ? 随分と仲良しになったね」


ルックスードの言葉に少し興味を引かれたのかダークSUNもオレの方へ顔を向けた。


ルックスードがそう驚く理由……それはオレとエイルが手を繋いでいるからだ。

エイルの手の方が大きいから女の子と手を繋いでいる感はあんまりないが、事実オレは女の子と手を繋いでいる。そこに嘘はない。

大胆だったかな? でもエイルは拒絶してないしいいよね……?


「おはようございますっ。えへへー、オレとエイルはもう友達なんだ♪」


「……ライトちゃんと知り合ってそんな経ってないけど、この笑顔が滅多に見れないのモノなのはよく分かるよ。凄く眩しい……」


そんなに顔に出てるかな。


「昨日は全然話せなかったね、エイルちゃんって言うんだ。僕はルックスード、ルックって呼んでね」


ルックスードのエイルへの自己紹介を聞きながらオレは座席に着いた。もちろんエイルはオレの隣に座らせた。これで男2人女2人で向き合う形となった。


「ライト様、私はこの人間とどう接するべきですか?」


「……うーん、普通に? 仲間だからさ」


「わかりました。……ルックと言ったな。私は主の命令でお前と仲間ごっこをする事になった。これからはせいぜい私を楽しませるよう努めるがいい」


何言い出すだぁエイル!


「あ、あはは……凄い挨拶だね」


「……吸血鬼流の挨拶だ。人間と魔族という区別がある以上、その吸血鬼は人間であるお前を差別し続けるだろう」


ダークSUN! ルックに追い打ちですか!?


「貴方は……人間ではない? 人間のような何かであるとしか結論が出ない……何者?」


何か凄い真実が……いやダークSUNなら人間じゃないって言われても驚きはないな。むしろしっくり来る。


「……語る筋合いはない」


「私も貴方の素性を知る必要はない。貴方とは少し仲良くできそうで嬉しく思う」


エイル……あんた結構ダークSUNに似てるね……。なんつーかこう……クールだ。ああ、仲良くできそうってそういう……。


「ねぇエイル、ちなみにオレは人間?」


せっかくエイルが人間か否かを判定できると知ったのでオレも便乗する事にした。……実は自分が人間である自信がなかったんだ。


「はい、驚く事にライト様は人間です」


なんか気になる言い方だけど、よかったぁ。何がよかったのか分かんないけどよかった。要は人間って良いなって話。


「……意外だな、お前は人間だったのか」


「みんな酷いじゃないか。確かにライトちゃんは不思議なところもあるけど、ちゃんとした人間の女の子だよ」


なんだかルックスードの株が密かに上がった。

そうさ、オレは人間さ。綺麗でピュアなヒューマンソウルを持ってるんだから!


……なんて話していると、目の前に料理が置かれた。


「はいお嬢ちゃん達、お待ち遠様。熱いから舌を火傷しないように気をつけてね」


この朝の胃にプラボア(イノシシ)肉のソテー。まさに油の暴力……だがそれがいい! 野菜のスープもあるし問題は何もない。


オレは早速ソテーを切り分け、一切れ口に含みながらふと先ほどのエイルの発言を思い出した。


「エイル、オレが人間だということに驚いたって言ってたけど何で?」


「……んくっ。今朝も言いましたが、私は吸血鬼です。しかしライト様からは警戒心というものが全く感じられませんでした」


あっ、ごめん。食べてる途中のもの飲ませちゃった……。


「ライト様からは妙な力を感じます。それは紛れもなく人間から感じるものではありません。てっきり私はライト様が人間ではないと思い込んでいたのですが……先程ライト様に言われてオーラを調べたところ、どう見ても人間のものでした。正直、訳が分かりません。私がおかしいのかも知れません」


オレ自身は人間。なのに人間では持ち得ない力がオレの中に……。もしかして、ルゥちゃんの力かな。

とすると、オレはルゥちゃんの肉体が持っていた力も使える事になるわけか。……魔王の力を宿した人間! な、なんてカッコいい響きなんだ。


「ありがとうエイル。エイルは正常だよ」


「は、はい」


「……あの娘の仕業だな」


ダークSUNはすぐに察したようだ。……ルゥちゃんとの融合の時は凄く辛かったからね。あの苦しみを目の当たりにして記憶に無かったらクール超して氷河期人間だよ。


「あれ……もしかして普通の人間って僕だけ?」


ルックスード……あんたも結構大概だと思うよ……。


「よし、じゃあ僕もみんなに釣り合うように人間卒業を目指すことにするよ」


「ルック、人間を捨てちゃだめです」


「あはは、冗談だよ。そう簡単に人が卒業できるのなら僕はとっくに卒業してるさ」


ルックスードも結構変わった人だよなぁ。完璧なようでいて少しズレてる。……いや、完璧だから一般人とは思考が違うのかな。どの道オレより頭が良いのは間違いないな……。

ルゥちゃんの事でせっかくオレの特別感が増してきたんだからルックにはそのままでいて欲しい。……というかこのメンツには常識力のある人が必要だ。


「ああそうだ、2人がここに来る前に黒陽と話し合っていたんだけどね、今日は海上の遺跡は探すだけになったんだ」


「あむあむ……んんっ。どういうことですか?」


オレは口に入れてたソテーをスープで流し込んでから返答した。


「昨日決めてた事なんだ。僕と黒陽で先に遺跡の場所を把握する。その間にライトちゃんとエイルちゃんは街に居させて……上手いこと仲良くなってたら良いなぁって思ってたんだけど、もう仲良しみたいだね……でも予定を変えるつもりは無い。要するに今日は休日さ、とりあえず遺跡だけ見て明日みんなで出発という事になったんだ。大した用じゃないから2人は着いてこなくても大丈夫だよ」


……なるほど、特に仕掛けは無いけどルックスードなりの計らいがあったのか。


「じゃあ、オレとエイルで今日はのんびり過ごそうか♪」


「よろしくお願いします。……笑顔がとても眩しいです」


とにもかくにもよくやったルックスード! 君の株は今急上昇しているぞ!


ふふー、正直魔界とかどうでもよくなっちゃった! 水と食料とエイルがあればオレはここに一生住めるぜ!

……あっ、お酒も欲しいな。……うーん、ゲームもしたい。くそう、欲張りだなオレ。



★ ★ ★



ー宿屋通り



ダークSUN達と別れてから少しして俺達も宿屋を出た。

ここは宿屋通り。通りの店の半数以上が宿屋だからそう言われている。宿屋以外には雑貨店がある。


オレは昨日体を洗ってない。だから身清め場に行くことにした。

身清め場というのは要するに銭湯みたいな所だ。露天ではなく室内で男女別なので安心。……まぁ銭湯よろしく他のお客さんもいるけど。

ルームバス完備の宿屋なんて敷居高すぎてダメ。お金はあるけど慣れたら大変だからダメ。仲間の誰かがそういうとこに行きたいなぁなんて漏らした時に行くのだ。


「エイル、オレは体洗いに行こうと思うんだけど……一緒に来る?」


「もちろんです。私はライト様から離れません」


……あぁっ嬉しいなっ……。例え興味の対象で暇つぶしアイテム程度の認識だとしても嬉しいな……。



★ ★ ★



というわけで身清め場の脱衣所まで来た。もちろん女性用の方の脱衣所だ。オレくらいになると罪悪感より探求心の方が強くなる。迷いのない侵入だった。


……けど、自分の服を脱ぐとすぐさまタオルを体に巻いた。自分の羞恥心は何故かある。オレは攻防一体型なのだよ。


「ライト様、これから湯に浸かるのに何故タオルを巻いているのですか?」


「……え? あっ……!?」


エイルの声のする方を向いてすぐに目を逸らす。……一瞬しか見えなかったけどタオルは巻いてなかった。

知り合いの子の裸は流石に罪悪感が二乗増しだよぉ……。


「どうしたんですかライト様?」


「……あ、あぁいや、オレは湯に浸かる直前までタオルを巻く派なんだっ。……恥ずかしいし」


「よくわかりませんが、意思は尊重します」


「うん……行こっか」


「はい」


オレがそう言うやいなや、エイルはオレの手を引いて浴場へ歩いていった。……なんだかエイル嬉しそう?


ぺたぺた、ぺたぺたと可愛い足音が風呂場の床のタイルから奏でられる。

その音以外にもこの浴場には様々な水音がちらほらと出ている。朝陽の刻……だいたい8時過ぎ近くの時間だけど、オレ達以外にも身清めに来ている人はいるみたい。


……それはさておき、湯船に体を沈める前に体を洗わないといけない。あぁ、流石にタオルは外さなきゃな。


スルスル


「……って、かかっ勝手に脱がさないでよっ!」


オレを外界から守る最後の拘束具はあっさりとエイルに脱がされていた。


「……わぁ、とても綺麗な体ですね。人間のものとは思えません……」


「そ、そんなに見られると恥ずかしいよ……」


女の子にまじまじと自分の体を見回されると物凄く恥ずかしい。そんなの知らなかったよ……。

何となくオレは女の子の聖なる部分と胸を手で覆い隠した。


「何で隠すんですか、その綺麗な体は世界の宝も……いえ、やっぱり私だけの物にします」


「も、もう体洗って早く湯船に浸かろうよ~っ」


オレはサウシアでも見たシャワーと同じ役割のシャワーのようなものを使って頭から程良い熱さのお湯を浴び始めた。


「ライト様は私に友達らしいことを思う存分するよう言いましたよね……?」


「う、うん……ひにゃっ!?」


何故逃げてしまうかは分からないけどシャワーを浴びて現実逃避していると、エイルがオレの背中に体をくっつけてきた。2つ柔らかいものが背中に辺り、腕はオレの前身に回され、思わず体が跳ねた。


「じゃあ、洗いっこしましょう。まずは私がライト様を洗います」


急展開だった。

エイルは石鹸を手に素早く馴染ませると、そのままオレの体を素手で触り始めた。


「んぁっ…ちょ、ちょっとエイルっ!? くすぐったっ……みぅっ……」


エイルなりの親愛表現なんだろうか。そう思うと、どうにも止める気になれなかった。


「ふっ…んっ……うぅ」


体がむずむずして凄く変な感じがするけど……とても丁寧に触れているのも感じられるから尚更拒絶できなかった。


エイルの綺麗な手の動きは肩から始まり、首を通り背中に来る。『恥ずかしいからやめて欲しい』『女の子に体を触られている』という思考が渦巻いてオレは何も出来ず身を委ねるだけだった。


「凄い……。ライト様の肌すべすべですね。触れている私まで気分がよくなります」


「ひぅ……っ……」


俺は口を閉ざして声が出ないように耐えることしか出来なかった。


エイルの手はオレの腕から手の先へ……十分弄くり回されたところで遂に体の前面へ……。


「んぁっ…あっ……」


恐らくAにも満たないなだらかな平原を両手で撫で回されて、我慢もむなしく声を漏らした。


「そっそこはもう……ひゃんっ……いいよっ……あっ…んっ……」


エイルはそこを執拗に触れ続けた。片手をオレのおなかに回したせいか、どこか遠いむずむずが謎の切なさを呼んで尚のこと酷かった。


「……も、もうダメっおしまいっ!」


「あっ……」


これ以上はナニか非常にマズいことになる気がしたからオレは無理矢理立ち上がった。

体中に変なモノが漂っている感じがしてちょっとよろめいた。


「ライト様、まだ途中です」


「エイルなんか洗い方が変なんだもん」


「……ごめんなさい、ライト様の触り心地がよくてつい……」


「洗いっこは……また今度ね」


「約束ですよ」


……あれ、なんか今さり気なくとんでもない約束をしてしまった気が。でもこういうのは個室でゆっくりの方が……ここだとちょっと落ち着かないし。

本当は未知の感覚が怖かったというのは口には出せない。




★ ★ ★




ー沿岸広場



スレッチは港町。海が近いからこういう沿岸に広場がある。結構キレイに整備されていて、出店あり座るところあり眺め良し。色んな人が集うスポットだ。

元いた世界でも探せばこんな感じの所はあったな。栄えている時の自然公園に近い。犬の散歩をしてる人がいたりするあのちょっとオシャレな雰囲気の。


「潮風がいい感じだねー」


「そうですね」


ベンチに座って過ぎゆく人々を眺めながらオレはそう言った。限りなく暇だけど、オレはこの凄くのんびりした時間が大好きだ。


沿岸特有の潮の香りと音、程良い活気、ポカポカな陽気……陽?

そう言えばエイルって吸血鬼だったな。日光大丈夫なのかな。


「今日思いっきり晴れてるけど……エイル大丈夫?」


「日光ですか? ……とてもじゃありませんが得意とは言えませんね。私の再生能力をもってしても半日も日の光を浴びていたら動けなくなってしまうでしょう」


やっぱりよその世界の吸血鬼も日陰の者なんだなぁ。……涼しい顔して滅茶苦茶我慢してたのか。


「とりあえず日の当たらないところへ行こうか」


「……ありがとうございます」


とりあえずと言うことで近くの木陰に入った。


海の近くで更に木陰。これだけだと過ごしやすそうではあるが、よく気をつけると日差しがちょっぴり強めだと分かる。夏よりは秋……といえる気候だろうか。

何も言ってないけどエイルは辛かっただろう。そう思うとなんだかエイルがとても健気な子に見えてきた。


「大丈夫?」


「……日に強い吸血鬼なんていません。直接当たるよりはマシですが、今日ほど晴れていると辛いです……」


見清め場から出て街中を散策して今に至るまで三時間は経ってる筈だ。エイルはさっき半日がリミットだと言ってたけど、暫く外に出てないせいでナマっていたら大変だ。

まだエイルは少し元気が無い程度。でも念の為に行動は早めに起こさないと。

……とりあえずここより落ち着ける所へ行こう。


「宿屋に戻ろう。動ける?」


「……ありがとうございます。まだ動けます」


俺は指輪の力を使って白い日傘を取り出し、エイルに手渡した。


「……いつの間に傘の文化が人間に」


あら、この世界の傘は吸血鬼の文化であって人間は知らない風潮なの?


「ふふん、オレは未来を生きる人間なの。トレンドリーダーなの。えと……おかしいかな」


「……いえ、助かります」


傘を知る人間が恐らくいない。その中で傘を差して歩けば目立つのは免れられないな……。エイルの為なら別にいいけど。




★ ★ ★




ー宿屋の一室




六畳か八畳程ある一室に咲く二輪の花は見つめ合うように向き合っている。……片方はオレだから花とは言えないかな?

オレはベッドに腰掛け、エイルは椅子に座っている。長く続いている2人の沈黙は端から見ればとても幻想的なことだろう。


何故沈黙してるかというと、それはオレがエイルに見とれていているからだ。エイルの綺麗な顔を……特に紅い瞳を見ていると、なんだかずーっと見ていたくなる。

意識して人と顔を合わせるのは少し苦手なオレをこんなにする程だからエイルの魅力には相当な効き目があるんだろう。


長い沈黙は、エイルによって破られた。


「ライト様……心の準備は出来ましたか……? 私は……も、もう……我慢できそうにありません……」


エイルは顔を赤くしながら肩を抱いてオレの方をジッと見つめながらそう言った。

……すごいえろい顔。


「どうか私を焦らさないで下さい……。渇きを抑え、魔力で誤魔化し、我慢に目の前にこんなに美味しそうな美しい生娘がっ……」

「おおお落ち着いてっ!?」


エイルの言葉から察するにもう血が飲みたくて飲みたくて仕方がないみたいだ。とてつもなくお腹が空いているのに目前にエサがあっても飛びつかない辺りが吸血鬼が高位の存在とされている由縁だとしたらとても納得がいく気がする。


「はぁっ……はぁっ……すみません、ですがもう保ちません……こ、心の準備をお願いします……」


「……うん、いいよ。エイルにはちゃんとオレの血を吸わせるって決めてたから……」


「…………!!!」


エイルを買う前に食事の説明を聞いた時からオレはある程度は覚悟をしていた。奴隷商の口振りからして割と間隔は遠いのは分かってたせいか少し急でまだ整理できてないけど……。

でも、あんなに無表情で少しの笑みでさえほとんど見せないエイルがこんなに切なそうにしてたら……ねぇ?


「おいでエイル。もう我慢しなくていいんだよ」


オレはそう言いながら両手を差し出した。愛しきものを迎え入れるように……。


「…………ッ!」


「わっ!?」


エイルはそのままオレを押し倒し、オレの両手首を掴んで身動きをとれないようにした。


「もう撤回は出来ませんからね……」


耳に掛かる声にオレの体は震えた。

……そしてそのまま、首筋に尖ったものが当たるような感覚がして……


「いっ……」


エイルが上手くやってくれたのか痛みは一瞬だった。ただ、刺さっているところが少し熱い。


「んちゅ……んく……ちぅぅぅうっ」

「あっ……あ、ぁぁ……」


最初に牙を入れた時に広がった血を舐めとられたと思ったら、すぐに血を吸い出された。虚脱感と快感が同時にやってきて、オレは声にならない声を漏らした。


「ちぅっ、ちゅるるるぅ……んくっんくっ、じゅるるるっ」

「ひぁぁぁ……っ」


こ、これっヤバいよ……! なんか体が痺れてっ気持ちよくてっ……頭がおかしくなるっ……!


「ちぅっちぅっ……ずずずず……ちゅっ、んくっ、ちゅぅぅぅっ……」


「…………ぁ……」


エイルは言葉も発さず、呼吸のタイミングが分からないくらいただひたすらオレの血を吸い続けていた。それは貪るという言葉にがしっくりくる程の怒濤の吸血だった。

そして次第に、オレは自分の体をまともに動かせなくなってきていた。


ちょっと……これ逝きそう。意識も薄くなってきたし普通に死ぬかも……。あっ、でもきもちいい……。


「ずぞぞぞぞ……んくっんくっ……ぷはっ。はぁ~……なんて美味しい血なのかしら……♪」


もう瞼が重くてまともな視界も無い。エイルが何か言っているのは分かるが、聞き取って言葉を理解することもできない位に頭も働かない。

ただ体が凄く軽くてふわふわして……風が吹けば吹き飛ばされそうだ。


「もう何も要らない程に全てが充実してるわぁ……ってライト様がすっかり惚けてる。(ギリギリ生きてるわね……歯止めが利いて助かったわ。こんな極上の血の持ち主なんてどんなに長生きしたって会えたとしても既に誰かの物だもの。欲望の限り吸い尽くすなんてあってはならないわ)」


きもちいいのと力が抜けるのが止まった。ひとまずエイルを満たせたみたいだ……。


「……エ……エイ……ル」


「ライト様! 無理をしないで、寝てて下さい……」


辛うじて言葉は発せるみたい。でもエイルの言葉は頭で理解する前に耳を過ぎてっちゃう……。


「た……りた……?」


あっダメ……もう……ねむ…………ーーーー


オレの意識はそこで完全に落ちた。









勢いなんて知りません。

響さんはいっそ仕切り直そうかな……。


それより、がっこうぐらし!のゆきちゃん良いですよね。

声も素晴らしいのですが、一期の間はPTSD持ちなのが一番惹かれた原因です。11話OP前のゆきちゃんの悲鳴は興奮ものでした。

忘れていたかった大事なものが頭をよぎった時の拒絶反応。余裕と笑顔が消えたその瞬間こそPTSD持ちの子のピークだと私は思います。

思考が限界を超えて壊滅したり、人格がごちゃ混ぜになって発狂したり、全てが嫌になって衝動で自殺しそうになったり……そんな時、誰か支えてくれる人がいるという展開は不思議と心を動かしてきます。


言ってしまえばライトさんも心を分けられてるのでPTSDみたいなものなのです。

心を分けられてもライトさんはライトさんなのですが、嫌な物事を思い出させないようにしたら、ライトさんが最も努力していた時期の事も思い出せなくなるので、自然と思考が幼めになってしまうんですよね。


この物語は、神様の適当に作った試練を受けるものではなく、誰かを通してライトさんが元気に明るく成長していくお話にしていきたいなぁと、作者は思っています。


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