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闘技大会(後編)



意外としぶとく書き続けてます。

出来ることならこの勢いを残し続けたいものです。


吸収と繁栄の帝国アプソペリティ編、もっと踏み込んで書きたかったのですがそろそろ終わりですね。次話からは次の章へ向けての下準備回となります。





ーアプソペリティ帝都

ー闘技場 闘技台

視点 ライト





流石に三回戦とまでくると敵の強さも跳ね上がるとは言うが、ダークSUNでは跳ね上がるじゃ済まされない。

覚悟はしてたけど、こうやって対峙するとやっぱり身体が震える。


ダークSUNはいつも持ち歩いてる剣に似た細長い剣を片手で構えている。オレが魔法を使っても反撃できる隙の無い構えだ。


対するオレは何も持ってない。ダークSUNにエモノで勝つのは無理だと考えて最初から肉弾戦か魔法戦に持ち込む算段だ。

一応チートナイフは懐にしまってある。あの闘技用の剣を使い物でなくすれば対等に戦えるだろう。


しかしまぁ、隙が無いので迂闊に動けない。

オレは棒立ちでダークSUNに目を張ってるし、ダークSUNは構えたまま動かないので沈黙が続いた。


「お、お兄ちゃんが動いてくれないと困るんだけど」


「……俺からすれば同じ事だ。防御に徹せられている以上こちらからは仕掛けられない」


大人気ない……。

ただこれでダークSUNが本気マジだって事は分かった。どうやらコイツ(ナイフ)の出番のようだ。


オレは右手にナイフを握りしめ、跳ぶ構えに入った。


「行くよっ」


オレは高速でジグザグに跳んでダークSUNに近づき始めた。


「…………」


ダークSUNまであと3メートル程となった時、オレは残像を使い徐々に加速し始めた。オレにとっての1秒は他の人の0,2秒。要するにオレは通常の5倍の速さで動いている。

人によってはオレが分身しているようにも見えるがダークSUNにとっては戯れでしかないだろう。


「…………っ」


だからオレはブラフを仕込んだ。

ジグザグ5往復に一回、音速を超えてダークSUNの背後に一瞬回り込み、再び5倍速ジグザグに戻る。

背後に回り込む際、まず2メートルは離れて毎回適当な距離を取る。


ダークSUNはオレが一瞬でも後ろに回ってる事を察知するだろう。


規則的なジグザグに規則的だけど不規則なブラフを仕込む。ダークSUNなら深読みのし過ぎであらゆる対処に遅れることになるだろうとオレは考えたのだ。


そして、ジグザグがダークSUNの間合いに入ったその時。オレは背後から攻めるフリをして上から攻めるフリをして正面から攻めるフリをして再び正面から攻めるフリをして正面からダークSUNの右手にある剣に向かってナイフを振った。


「やっ……うわぁぁあぁあ!?」


思わずにやけそうになったのも束の間、オレはダークSUNに右腕を捕まれて放り投げられた。


「い゛ッ……!」


完全に油断していたオレは自分の出したスピードのまま受け身もとれず背中から地面に叩きつけられた。


「……ッ!?」


オレは寒気を感じ、痛む身体に鞭を打ってその場から跳び離れた。


「……くそっ」


さっきまでオレが横たわっていた場所に土埃が出ているのを見るに、さっきの行動は正解だったと悟った。


「な、なんでオレの攻撃を読めたの?」


オレは自分に回復魔法を当てながらダークSUNに質問した。


「……お前が後ろに回っていたのは知っている。その時まではお前の行動が読み切れず参っていた。だが、場数に乏しい者らしい癖が攻撃の際に露わになり、俺は容易にお前の行動を読めた。本当の攻撃とそうでない時でお前から感じるものがまるで違った。読まれて当然だ」


戦闘慣れしてないから行動が極端で結局読まれた。要するに未熟って事か……。

今のオレでは到底ダークSUNを倒すのは…………ダメだ諦めちゃ!


オレは初心者。言わば戦犯noober。だから考えるんだ、熟練者が初心者に最もやって欲しくない事を。


……いや、考えるな何も。何が一番怖いかって、それは馬鹿だ。

予測に無い動き、想定外な行動、無茶苦茶……。人を捨てて野生に帰った脳の無い特攻こそが熟練者の一番の敵だ。


オレがこの戦いに勝つには頭を使っちゃいけない。思いついた事をただ一心不乱にがむしゃらに真っ直ぐやればいい!


「吹っ切れたよお兄ちゃん……。若者らしく、若気の至りを尽くそう」


「……それが最善だ」


オレは右手に『片手魔法剣』を込め、解き放った。

程なくして、オレの右手に全身青白い剣が握られた。全く重くない不思議な剣だ。


ジェシネスさんの言う『属性武器生成魔法』とやらではないその魔剣は闘技場のざわつきを更に大きくした。


「お兄ちゃん相手に魔法対決はやっぱり危険だからね。観客に当てちゃ不味いし」


言うが早いか、オレはダークSUNへ向けて跳躍した。小細工も作戦もない、真っ直ぐに。


「……なるほど、近接戦闘というわけか」


魔剣の射程にダークSUNは入る。オレはそのまま魔剣を横に振った。


「……速いな」


そう言いながらもダークSUNはサラリと避ける。オレはまた地面から跳び、ダークSUNの鼻先めがけて魔剣を斜めに斬り上げた。

ダークSUNは剣で受け止めようとしたが、魔剣はダークSUNの剣をあっさりと両断した。

ダークSUNは瞬時に飛び退きオレの斬撃をかわした。


「……恐ろしい切れ味だ」


ダークSUNは途中で刀身の無くなった剣を投げ捨て、拳を構えた。


オレは思わずほくそ笑んだ。

初めて見る魔剣だからこそ力量を計りきれず、ダークSUNは武器を失う事となった。これは即ち、後にも先にも恐らくは無いであろう最大の勝機。

マグレでも偶然でも本当の殺し合いでなくとも、オレはダークSUNに勝てるかもしれない。それだけで喜びが湧いてきた。


「……こちらから行くぞ」


「……っ!?」


ダークSUNはスゥっと近づいてきたかと思うと、急に消えた。

見回しても全く見あたらない。オレの視界の外にいるのは間違いない。不安を煽ってるんだろう。


オレは両手で『アイスストーム』を込め、解き放った。

風に似た凄まじい音とともに、オレを中心とした半径5メートルが氷の嵐地帯となった。


これではダークSUNもそうそう近づけ…………!!?


危険信号と言うべき電流が身体を走り、オレは真上へ跳んだ。

下を見ればオレが居た所に何かが通ったのが見えた。


「まさか!?」


この流れのデジャヴ感に気付いた時には遅かった。


「ふんっ!」


「ッ゛……」


背中から伝わる猛烈な痛みで声にもならない悲鳴が漏れた。

オレは空中で踵落としを食らい、そのまま地面に叩きつけられた。


「……いた……ぃ」


あまりにもの痛さに回復するのも忘れ、涙で視界を滲ませて地面から動けずにいると、トンと首に折れた剣を当てられた。


「……お前は危機察知に優れている。前にも似たようなことがあっただろう?」


……そう、鹿が突進してきた時もオレは上に跳んだっけ。

ああ、それを再現されて決定打にされるなんて……オレは間抜けだなぁ。


対等の場では到底勝てない。

そう思えてくると、次第に涙が溢れてきた。


「……お前でも泣くんだな」


「…………うん」


身体はもう平気なのに、心が立ち上がれなかった。

オレは動けない程のダメージと判断され、医務員に運ばれて闘技台を出ていった。




★ ★ ★




「……んぅ」


背中から柔らかなものを感じる。どうやらオレは気を失っていて、何処かへ運ばれて寝かされたようだ。

身体に痛みは無い。そして鼻に香る薬独特の匂い。オレは何処かの医務室にいるみたいだ。


目を開けて辺りを見回すと、誰かが近づいてきた。


「気分はどう? 痛い所はある?」


優しそうな女性の声だった。


「……大丈夫です、ありません」


「そう、良かった。気を失う程の重傷って聞いてたから治しきれるか不安だったのよ」


「……ありがとうございます」


「気にしなくていいのよ。私は役目を果たしただけだから」


オレは頭を軽く下げた。


「あぁそうだ、なんかダール王子と優勝した人と女の人があなたが目覚めるのを待ってたわ。呼んでくるね」


「……え?」


状況の整理がつく前に医務室のお姉さんは入り口のドアを開けて、その3人は入ってきた。

真っ先に話しかけてきたのはジェシネスさんだった。


「よかった……元気そうね」


頭と頬を撫でられてオレは少し気分が良くなった。

わっしわっしと愛でられまくる犬のような気分だ。


「はい……♪ ジェシネスさん手、暖かくて気持ちいいです……」


凄く幸せな時間。だが見舞いに来てくれた人は他に2人いる。蔑ろには出来ないので顔をその2人の方へ向けると、金髪の方がこっちへ来た。


「無事そうで何よりだよ、ライトちゃん」


「……あ、はい。ありがとうございます……」


なんで王子なのにわざわざ名も知れてないオレの見舞いなんかに来てんだろ。……何か用件があるな。


「そんな怪しい人を見る目で見ないでほしいな。僕は君が一回戦を勝ち抜いた時からずっと気になってたんだ。その子が優勝者と関係があるって聞くと余計に気になった。だからこうして君を見に来たんだ」


真っ直ぐと、それでいて女の子を不安にさせまいと優しい顔をしてそう言ってくる。

オレに腹の中を探る脳はない。鵜呑みにはしないけど変に突っぱねるのはやめておこう。


「ダ……お兄ちゃんは優勝したんですか?」


「「お兄ちゃん!?」」


王子と医務室のお姉さんのこの反応を見て、少し失敗したと思った。お兄ちゃんって言ってよかったのかな……と。

でもジェシネスさんも居るし……まぁ仕方なかった。そう言い聞かせる事した。


「凄いですよねぇ。黒陽さんとライトちゃん、兄妹なんですよ。私も最初は驚きました」


王子の前だからかな、ジェシネスの敬語ってとても新鮮だ。


「黒陽は僕を負かして優勝したとても強い男だ。どうりでライトちゃんが強い訳だ」


「……そういえば優勝者には王子にお願いを聞いて貰えるんだっけ。お兄ちゃんは何を頼んだの?」


この闘技大会は十中八九王子と決勝でぶつかる。そして十中八九王子が勝つ。八百長でも何でもなく王子の実力でこうなっちゃうんだ。

だから準決勝までいけば王子を除いた最強の戦士として賞賛される。

そうダークSUNから聞いた。


そして、もし王子に勝った場合。

賞金とは別に王子の権限をもって可能な限りの報酬が与えられるらしい。力ある者は大いに歓迎しようという、アプソペリティ帝国の方針に乗っ取った決まりらしい。

……王子が成長して負けなくなってから参加者が興醒めしないようにと取り決められたものらしいけど、今日まで効果は無かったんじゃと言われるくらいには王子は負けなかったみたいだけど……。


「ごめんねライトちゃん、お兄さんにあげる物については内緒なんだ」


ちょっと苦い顔をしながらダール王子はそう言った。

ダークSUNが欲しい物……気になるけど秘密ならまぁ仕方無いか。


「……その内分かる。それより、この国ですべき事はひとまず終えた。近い内に出られるよう、お前は準備しておけ」


「「ええっ!?」」


オレとジェシネスさんは驚きの声を上げた。


「……ちょ、ちょっと早くない? まだこの国に来て十数日くらいしか経ってないじゃん!」


「……得るべき物は得た。長居は避けたい。それにお前はこの国に居心地の良さを感じ始めている。これ以上居座ると根がつくぞ」


た、確かに……。寝るとこあり食うとこあり綺麗なお姉さんのいる働き先あり……居心地が良い訳だ。

一生ここに居ても良いくらい。


「そうだった、行かなきゃね……!」


オレは旅が大好きだ。

人も景色もその場所で違う。そんな違いを楽しむ。それでも変わらない夜空を眺めてちょっとした中2病拗らせて……そんな生活が好きだから。


「ライトちゃん、出る日は絶対教えてね。お見送りするから。ああ、それとパーティもしましょう。……それくらいしないと私、寂しくて病気になっちゃいそうだから……」


「ありがとう……っ。もちろん構わないよねお兄ちゃん?」


「……ああ」


「僕も行って良いかな」


「もちろんです♪ 楽しいパーティにしましょう」


……凄い。お別れ会なんて初めてだ。オレ、もう泣きそうだよ……。

こんな良い人達と別れるのは……本当に辛い。でも、良い別れだから……良い別れにしたい。





そして、アプソペリティ帝都から出る時がきた…………





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