魔法とジェシネスさん
久々の更新……響さんより先に更新することになるとは自分も思ってませんでした。
アイデアがこっちの方はどんどん出てくるので、ささっとこの章を終わらせて次の章へいきたいと思ったのが要因ですかね……。
一つの話は長々するとして、次話からは話間ごとのスキップ度を上げることで展開を早めるよう心掛けるつもりです。
ーアプソペリティ帝都圏内
ー帝都中心から離れた平原
視点 ライト
「じゃあじゃあっ、まずはジェシネスさんの魔法を見たいな♪」
今日ここにやってきた本来の目的がいよいよ始まる。そう、魔法の見せあい教えあいだ。
なんかまぁ自分で言うのもなんだけどオレの魔法は良い意味でも悪い意味でも滅茶苦茶なんだよね。
技に明確な段階もあって、初級レベルの攻撃魔法でもこの世界の中級以上の攻撃魔法と同じかそれ以上。上級レベルの魔法はもはや強すぎて『一個下のレベルのでも瞬殺できるのに何で使うの? バカなの?』ってなるくらいには強い。
えるだーなんたらーるすな世界では徐々に正直要らない子になっていく攻撃魔法だが、その魔力消費量に見合う成果がこの世界でようやく出るようになったという訳だ。
しかし、デメリットもそのまんま据え置き。その燃費の悪さときたら主人公に成り立てのドヴァキンさんでは上級レベルはマトモに撃てず、最下級の素人レベルでさえ十秒と保たずに魔力が切れる程だ。
ドヴァキンさんがあまりにも非力で魔力もクソ以下の産廃英雄という説も挙がるが、魔法に特化したサウシアの王ロイやウィザードのカースジックでさえマトモに扱えていなかった為その説はちょっと強くない。
何はともあれオレの使う魔法が滅茶苦茶なワケとは、『扱うことが人にはそもそも不可能に近いために使用するという発想に至ることすら無い』というあたりの理由が挙げられる。
言っちゃえば化け物の所業だ。正直人である自信が無くなってきてたり……。
だから! オレはこの世界の一般的な魔法を(せめて見た目だけでも)学んで、それっぽく出来るようにしておかなきゃいけないと思ったわけなのだよ。
それに……最近なにかを得る喜びを忘れかけてきているような気がするし……。だから魔法とか覚えて喜びたいんだよね。……うーん、持たざる者が聞いたら殴ってきそう。
「ライトちゃん、火の魔法って今だせる?」
「え? はいっ、出せます」
ジェシネスさんにそう言われてオレは放出系攻撃魔法の『火炎』を出した。
人の顔2つは巻き込めるくらいの炎がオレの手からメラメラと出てきた。
「あ、ありがとう。凄い火力ね……小さな火事だわぁ……」
ジェシネスさんは驚いたようにそう言って少し咳払いをしてから右手を胸に当て、左手を突き出した。
「その炎、借りるわ。現象の延長……私の手より……第一魔法ファイア!」
ボゥゥン……!
ジェシネスさんがブツブツ何かを言ったその直後、構えた左手からテニスボール程の大きさの火の玉が飛び出し、空の彼方へ消えていった。
「……ほう」
「はぇぇぇ……」
ダークSUNは少し関心したような声を出し、オレは『はぇ~』っと変な声を漏らした。
「……第一のファイア。一般人とは思えない出来だったな」
「私だって伊達にエルフはやってないわ。いざという時の為にここでこっそり練習しているんですもの」
ちょっと照れくさそうにジェシネスさんはそう言った。
お姉さんな人なのに可愛い。
「ねぇ、その第一のファイアって何なの?」
「……冗談のつもりか?」
「えっ? オレは別に冗談なんて言ってないよ?」
「ど、どういうこと?」
「……まさか、な」
何故か空気が変わった。
「……ライト、第一魔法のファイアは使えるか?」
「ううん」
首を横に振って答えた時、なんで空気が変わったのかわかった。
第一魔法のファイアとやらはこの世界の魔法の事を指しているとする。
そして多彩な魔法を使えていながら第一魔法のファイアを使えないどころか知らないと言うオレ。
まぁ、おかしいよなぁどう考えても……
「黒陽さんは知っていてライトちゃんは知らなくて……」
や、ヤバい。オレとダークSUNは兄弟設定に無理が出てきた。
「つまりライトちゃんの魔法は独学?」
……んぉ?
「ねぇライトちゃん、あなたは独学で魔法を覚えたの?」
「え? はい、まぁ……」
都合よく解釈してくれたから咄嗟に返事してしまった。
「わぁ! すごいわねぇ~。魔法に関しては凄く長けてるって言われてる私達エルフは最初は近所の魔法の上手いお兄さんお姉さんから教わって親を驚かせることから始まるけど、ライトちゃんのように小さい頃から色んな魔法を……しかも伝統で受け継いでく魔法ではなく新しい魔法を覚えるなんて子はいなかったわ」
「……そうだな。正直俺も驚いた。基礎を覚えて改良を重ねた結果だと思っていたが……。子供の感性とでも言うのだろうか? 侮れないものがあるんだな」
「あ、あはは……そっすね……」
ボロクソの真逆とも言える褒められ方をして凄く気分が良くなった……のは一瞬のこと。努力して得た訳でもないものを褒められてもなんだか虚しいものがのし掛かってきただけだった。
そう、言うなれば自分に向かって自分じゃない誰かを褒められてる感じ。
ビバ! チート! って思ったより甘い世の中じゃないのね……知らなかったこんなの。
……こんなのは嫌だ。褒められるなら自分を褒められたい。
そのためにも、どんなに辛かろうと、みんなの協力を得ながらになるけれど、努力して魔法を習得したいとオレは思った。
「お兄ちゃん、オレもそろそろ第一魔法とかいうのを覚えたいな」
「……お前には必要無いと思うが……そうだな、何にしても覚えておく方がいいだろう」
ダークSUNは何だかんだ言って親切だ。オレは少し涙が出そうになるのを堪えた。
あーあ、まだ若いと思っていたかったけど……これじゃもうオッサンに片足突っ込んでるな。涙腺が緩すぎる。
「あっ、私が説明するわ」
「……なるほど、エルフの教師の方がより賢くなれるな」
「ふふふ、違うわ。ライトちゃんが途方もない存在のように感じちゃったから教える立場になって距離を縮めたかっただけよ」
「……そうか」
ダークSUNはほんの少しだけ表情を緩ませてそう言うと、自分の武器を持って素振りを始めた
「……さて、ライトちゃん」
「は、はいっ」
オレは自然と背筋をピンと立てて応答した。
「ふふふ、緊張しないの。これから学ぶ事はライトちゃんにとってはもう簡単過ぎてしょうがない事なんだから。力を抜いて」
「は、はい……」
緊張するなとは言われたものの、なかなか力が抜けない。変なの。
「ライトちゃんは魔法が一般的に第一魔法から第三魔法まであるのは知ってる?」
「……すみません、あまり」
オレがそう言うと、ジェシネスさんはやはり少し驚いたような顔をした。
「そう……じゃあ説明するわねぇ。私の知る中で魔法は第一の魔法、第二の魔法、第三の魔法があるわ。より一般的な体系順で分けられていて
るわ。そして、第一の魔法は基本的に『現象の延長』よ」
「現象の延長……確かジェシネスさんが火の玉を撃つときにもそんなことを呟いてましたね」
「ええ、口で言った方がイメージしやすいからね。……現象の延長……それはすなわち、この世のありとあらゆる自然現象を利用する。そんな感じの体系よ。火のある所では火を強くして放ち、水のある所ではそれを増幅させ、風のある所では竜巻をも起こす。自然現象が近くに無いとできないけれど、一番魔力の浪費が少ないから最も使われているわ」
魔力の浪費が少ない……か。
もしかしてオレにはあんまりメリット無い?
「……ん? そういえばサウシアの砦にいた人達は火も無い所で炎系の魔法を撃ってたような……」
「……火なら砦の中にあっただろう」
素振りをしながらダークSUNが俺の疑問に答えた。
「へぇ~、壁で阻まれてても使えるんだね」
第一の魔法。これはなかなか使えそうだ。……いや自分の魔法で事足り過ぎててあんまり用途が思いつかないぞ。
「……普通は壁に阻まれていたり離れていたりすると使えない。サウシアの魔法使いはとても優れた技術を持っているということだ」
そういえばサウシアって魔法に関しては凄いとか聞いたな。
思えばあの砂で出来た綺麗な家も謎インフラも魔法の恩恵だったし……あの国はこの世界でも結構特殊な国だったのかも……
「へぇ~、冒険者だって言ってたけど、サウシアにも行ってたのねぇ」
「はい、色々凄いところでしたよ」
「いいわねぇ~。魔法を扱う者としてあの国の噂はよく知ってるわ。一度行ってみたいけど……今はアプソペリティとサウシア間のテレポートは出来ないから他の国を経由しないといけないのよねぇ」
「……何か問題でもあるんですか?」
戦争中だからお互いの国をテレポートできないのは分かる。テレポートはサウシアの技術で一切漏れないからサウシアと戦争になれば使えなくなるからね。
でも経由を渋る理由ってなんだろう?
テレポートは大魔法でしょっちゅう使えないらしいから電車みたいに楽々乗り換えって訳にもいかないとか?
「単純にちょっと面倒くさいだけよ。そこまで行きたいかと言われるとちょっと微妙だしね」
「あ、ちょっとわかります」
色々面倒。簡単な理由だね!
バスで乗り換え無しで行けるルートが無くなって電車で何度も乗り換えなくちゃ行けなくなった所とか、必要性も無けりゃ行かないもんね。
って何処の田舎の話だよ!
「……第一の魔法は現象の延長。つまり属性に合った現象の無い所では使えないんですね。じゃあオレの使ってる魔法って第何の魔法なんですか?」
「えっ? そうねぇ、ライトちゃんの魔法はまず第一の魔法ではないわ。火が無い所で火の魔法を出してたもの。黒陽さんの魔法も同じね。さっきみたいに平然と使ってたのが末恐ろしいというのが私の感想よ」
うーむ、オレの魔法が第一の魔法でなくもっと違う魔力食いの魔法であるとして、それに近いものをダークSUNは使えてたというのは確かに末恐ろしいな。
ダークSUNって人間? いやそもそも種族は聞いてなかったから人間か何かも分かんなかったな。
「今のところ未知数というか情報が足りなくてどんな体系か分からないわ。独学なら少し客観的に感じるのは難しいわね…ライトちゃんは自分の魔法がどういう風に出ているか分かる?」
「……うーん、いまいち分からないので一回出してみます」
魔法を出してる時どんな感じなのかなんて気にしてなかったからなぁ。いい機会かも。
オレは両手にライトニングテンペストを込めて構えた。
凄まじい雷光がオレを青白く照らし、なんか触れたらヤバそうなバチチチチチ! って感じの音が辺りに響いた。
「ラ、ライトちゃん? なにこれ……!?(こんな攻撃魔法見たことないわ。決して見掛け倒しなんかじゃない。あの両手には極めて密度の高い攻撃魔法が込められているわ……)」
「(これは初めて見るな。まだこんなものを隠し持っていた……いや、手の内が多すぎて見せていなかっただけだな。多芸な奴だ)」
オレは達人魔法特有の意味深な動きをして手首を合わせ、ライトニングテンペストを空へ向けて放射した。
「きゃあっ!?」
「…………っ!」
……あれ? ジェシネスさんの悲鳴が聞こえたような。それにしてもこれまた凄い雷光と雷鳴。耳栓さえあれば夜のお供って感じ! ちょっと眩しすぎるけど。
……っとと、ちゃんと魔力の流れ的なのを感じ取らないと。
「……こ、こんな……ホントに人の成せる技なのかしら?」
「……奴は正しく人に近い人のような存在だ。この俺でさえ自信をもって奴を人とは断言できない」
「感じるわ。大量の魔力が常にライトちゃんの両手へ送られて自然に干渉するのではなく自然そのものを起こしてる。自然そのものを起こす事自体なら私にも一応できるけど……」
「生み出している自然の量がとてつもないな」
「……その通り。鍛錬を重ねたエルフだってあんな魔法を使ったら十秒と保たずに力尽きてしまうわ……。私なんてほんの少ししか保たないほどよ」
頑張って感じ取ろうとしたけどよくは分からなかった。出しっぱにすればわかりやすいと思ってこの魔法にしたんだけどなぁ。
いや、諦めずもう少しよく考えよう。
成人なら誰もが持つ最低魔力量を100とする。
ライトニングテンペストの毎秒魔力消費量は数値化するとだいたい80。これだけ言えば誰でも一応撃てる計算になるが、ゲームと違って凄まじく強力な魔法になった反動かは分からないけど詠唱開始の時点で魔力消費が始まるから相当の魔力保持者じゃないとまず撃てない。
……ん? なんか話がずれまくってるぞ?
あーもうダメだ! オレに細かい考え事は無理だよ!
女の子になっても脳まで女の子らしく賢くはならないなんて酷くない? 寧ろ更に考えるのが下手になった気がする。
「……すみません、ダメでした」
せっかく見てもらっていたけど、これ以上はみんな揃って無駄な時間を過ごしそうだったのでオレはここらで測定を諦め、とりあえず謝った。
「……いや、十分だ」
「え?」
てっきりダークSUNからは何の反応も返ってこないと思っていたオレはちょっとびっくりした。
「黒陽さんはもちろんだけど私も魔法には心得があるからねぇ。あれだけ凄いと感じ取れたの」
……な、なるほど。本人じゃさっぱりだったのに……凄いな。
「原理的には第三の魔法に近いと見て取れたわ」
「第三の魔法……?」
第一から第三まであって、若い順ほどポピュラーな魔法とか言ってたっけ。つまりオレの持つ魔法はマイナーながらも使われてはいる部類かもしれないということか。
「第三の魔法はとても便利だけど使用者を選ぶとても難しいランクの魔法よ。第一の魔法が自然現象を利用するのと違って第三の魔法は自らの魔力を自然現象などに変えるとんでもない魔法なの」
「えっと……つまりオレの使う魔法は大体第三の魔法に近くて、さっきお兄ちゃんと手合わせした時にお兄ちゃんが使った魔法も第三の魔法ということですね?」
「さすがライトちゃん♪ 賢いのね♪」
「あぅぅ……」
バッとジェシネスさんがオレに寄ってきて頭を撫でてきた。ちょっと嬉し恥ずかしって感じ……。
「あっ、でも黒陽さんの場合は最初の一発以外は第一の魔法だったわね」
「……当たり前だ。あの量の火の玉になると流石に全て第三の魔法にするのは燃費が悪い。あくまで手合わせなのだから力は下がるが第一の魔法で固めても問題は無かった」
「えっ? じゃ、じゃああの火の玉パラダイスが全部第三の魔法だったら……!?」
「……いくらお前でも灰すら残らず蒸発していただろうな」
「な、な……!?」
オレは実力であれを切り抜けたが、もし手合わせではなく実戦でダークSUNと対峙していたら間違いなく死んでいたということか……。
「やっぱりお兄ちゃんを敵には回せないなぁ……」
「……経験を重ねればお前は間違いなく化ける。技を編み出すのも良いが実戦を怠らないことだな」
「第一の魔法と言えど十分殺傷能力はある筈なのに……直撃して生きてるってだけでライトちゃんは十二分に強いと思うんだけど……」
「いえ、オレはもっと強くなります。なりたいんです」
勝てない相手がいる以上、オレは安心しちゃいけない。遠いけどダークSUNという目標があるからにはオレはもっと強くならなきゃいけない。
本を集める以外に欲しかった目標をとりあえず立ててみたけど、我ながらなかなか良いんじゃないかな。
「なんだかライトちゃんなら世界制服とかできちゃいそうね。なんか魔王っぽいオーラとかちょっと出てそうだもの。髪も綺麗な白だしぃ」
ま、まぁ確かにこの白髪はその昔アルスフィガーデンを恐怖のどん底に陥れたかもしれないルゥちゃんの白髪だもんね……。
オレが魔王になったらルゥちゃんはどう思うのかな……。いや、ならないけど。
「あっ、魔王と言えば、ジェシネスさんは魔王ルゥ・エスリのことはどう思ってますか?」
オレがそう言うとジェシネスさんは考えるように腕を組んだ。
「そうねぇ……ここだけの話だけど、魔王はそんなに悪い存在には思えないの」
「……ふむ」
珍しくダークSUNが小さく頷いてジェシネスさんの意見に肯定した。
オレとしてもルゥちゃんが悪い子には思えないというか思いたくないというか……何かズレてたり壊れてる感はあったしちょっとイタズラ好きな印象は受けたけど……なんというかとにかく悪い子には……って感じだった。。
「いや、魔王は人間以外の種族を見逃す事がよくあったとかそんな噂を聞いてたから私のエゴかもしれないけど……」
「とても貴重な意見ありがとうございます」
ルゥちゃんを完全には悪者扱いにしない人もいる。空気を読んで悪者扱いにせざるを得ない中、偏見を持たず考える人もいる。これは貴重な発見だ。
みんながみんなジェシネスさんみたいに考えれる人だったらいいんだけど、ジェシネスさんはエルフという人間以外の種族だから人間以外の考え方をできると取ると、大半の人間はそうもいかないと考えられる。
下手に人前で……特に宗教に熱い国では話題に出すこと事態危険な香りがする。
「ふふ、あなた達兄妹って不思議ね」
オレが無い頭ながらに考察に浸ってると、ジェシネスさんが嬉しそうにそう言った。
「不思議?」
「ええ、だってこんな話は何処へ行っても御法度だもの。下手をすれば魔王崇拝者だとか何だとか言われて独房行きもありえない事じゃないわ。よく話せるなぁって思ったの」
「……ライトは冒険者だが非常に世間知らずだ。これまでも非常識な事を多くしでかしてきた」
「えっ嘘? もしかしてオレ、結構ヤバめな事してきちゃってた?」
「……だいぶな」
「あら、黒陽さんって見ておきながら指摘しないなんて結構ライトちゃんに甘いのね♪」
「…………」
ダークSUNが黙った!
ちょっとオレが子供扱いされまくってるのがいただけないが、それを引いてもこれは面白い。
しかし非常識な事って何だろう?
この世界的に非常識な事だからオレが気づかなかった説が濃厚だが……。
まぁその辺はおいおいダークSUNに聞こう。
「ジェシネスさん、そろそろオレの見せたかった技を披露しますね」
「うふふ、いよいよね。店が滅茶苦茶になる程の技……既に見たような気がするけどまだ出てなかったのねぇ」
ま、まぁ残像自体はさっき見せちゃったけど……。今回オレが見せたかったのはオリエンタルというか、エンターテイメントというか、いわゆる『魅せ』の残像なんだよね。
「それじゃ……いきます! 『残像』……!!」
シュゥゥゥゥン
オレの速度は普通の人の100倍の速度になり、世界は非常に緩やかに……むしろ止まったかのようになった。
「……さて」
100倍の域なんてそうそう使わないが今回は魅せ残像。お題は疑似テレポートだ。オレの感じる世界の速度は0に近ければ近い程良い。
とりあえずオレはジェシネスさんの背後に回って残像を解いた。
「わっ、凄い風! あ、あれ? ライトちゃん……?」
「後ろですよ♪」
ヤバい、にやけが声に漏れてるかも。
「わわっ! いつの間に!?」
「えへへー♪」
すぐさま残像を使い、ダークSUNの後ろに立ち残像を解除する。
「いだっ」
突然腕をがっちり掴まれた。
「……お前か。すまん、つい癖でな。あまりにも素早く回られたものだから殺気を感じ取る前に手が動いてしまった」
あ、あんたはゴルゴか何かですか?
……痛みがなかなか取れない。
「や、やりおるなお兄ちゃんめ」
一応魅せなのでオレはクルンと回りながら残像を使い、再びジェシネスさんの元へ行って、回りながら徐々に残像を解いていった。
「こ、これまた凄い風……っ!」
ダークSUNの攻撃を振り払う時にも使ったこの竜巻を起こす残像の解除の仕方を今回も使った。
風の魔法で竜巻を起こせるとか聞いた事があったけど、オレには必要ないかもね。
「……えへへ、どうですか? テレポートとは違うけど、オレにもこんな事が出来るんですよ」
「…………魔法……なのかしら?」
「……いや、見た限りでは魔法では無かった。だがライトが人の目では捉えられない世界に行けるのは確かだ」
「私、今日で色々耐性が付いたかもしれないわ……」
「……同感だな」
ふふーん、能力事態はハトルのおっちゃんのお陰だけど、使い方を編み出したのはオレだからね。幾分かは得意になれますぞ!
「それじゃあ、次は私の番ね。ライトちゃんは世に知られてる魔法は覚えてないみたいだから今後の研究の足しにはなるハズよ」
そう言いながらジェシネスさんは右腕を前に出した。
「ふぅ、第三の魔法……リークファイアっ……第二の魔法……フレイムボウっ」
左手から小さな火が出たかと思うと、右手からはメラメラと熱そうな弓が出てきた。
そして弓の形の炎は赤くスッキリとした炎の意匠の弓へと姿を変えた。
「いきなりだけど私のとっておき。エルフの保持魔力にものを言わせて第三の火系魔法を展開して即座に属性武器生成魔法を使用して武器を出したの」
「……?」
ちょっと専門的でオレが理解するには少々時間が要るみたい。
「……主流の魔法は自然の力を媒体にすると聞いただろう。火の無いここで火を起こし、それを使って魔法を展開した。それだけのことだ」
「え、えーっと……第一の魔法だけじゃなく第二の魔法もそんな感じなの?」
そもそも第二の魔法自体知らないや。
「大体その通りよ。第二の魔法は第一の魔法より発展的なものをよく指すの。基本的に自然の力を媒体にするから第一の魔法と同じ条件で展開できるの」
「……補足するならば、第二の魔法は自然の力を使わないものも存在する。これはおいおい知ればいい」
「あっ……ごめんなさいね。ライトちゃんがあまりに魔法が凄かったから魔法使いの調子で小難しく話しちゃった」
「いえ、大丈夫です。把握しました」
偽りは無い。原理は分かったけどやり方はサッパリだ。持ってる魔法で武器召還みたいなのがあるから似たような事は出来るんだけど……。
「ふふふ、ライトちゃんって普通の子と比べて理解が早いから助かるわ」
……ん、ん?
なんか子供と比べてません?
おかしい、おかしいぞこれは。
「さぁて、時間もいい感じねぇ。街に戻ってお昼にしません? 私が奢っちゃうから」
「あっ、ちょうどお腹空いてたんです。賛成です!」
別に今は節約するまでもなくお金は持ってるのに凄く嬉しくなるのは心に染みた過去が原因なのは考えるまでもない。
ケチンボマンにとって奢りという言葉は非常にコロッと効いちゃう魔法の言葉なのよね。
「……俺は遠慮しておく」
つれない男だなぁ。ダークSUNらしいけど。
……いや、よく考えれば女性2人男1人でお食事はキツいな。
「残念ねぇ、今度の闘技大会の意気込みとか色々聞きたかったのにぃ」
「……深く考える事はない。優れた者が勝利する、それだけのことだ」
こういう台詞がスッと出る人間にオレもなりたい。
こっちの世界だと圧倒的格好良さが滲み出てますよね! 生前の世界じゃ圧倒的痛さがまき散らされてるけど。
「ちょっと2人の戦い見てたら今回の闘技大会の結果も……って思っちゃうなぁ。まぁそれはそうと街に戻りましょうか」
「はーい」
「……先に失礼する」
「きゃっ」
「わっ」
言うが早いかダークSUNは凄い速度でどこかへ行ってしまった。
「すごい、もう見えないや……」
幼女の駆け足に匹敵すると言えばショボく感じるが、前文に『残像を使った』と入れると恐ろしい速度なのがよく分かる。
馬とかそんな次元じゃない。アレはハイウェイでフルスロットルな世界と言ってもいいくらいだった。
「2人で追いかけっこしたら……いや想像は出来ないけど、あれじゃいくらライトちゃんが逃げてもお兄さんにすぐ追いつかれちゃうわね……」
「ふふーん、どうでしょう? 3龍身オレが差を付けて勝つかもしれませんよ?」
「トカゲさん3匹分の差も開ければ十分凄いわよ」
実際ダークSUNの本気って見たこと無いからマジ走りしたらどうなるのかは分からない。
でも残像という能力の下では音速を超えるなんて容易いオレが足の速さで負ける可能性は低いだろう。
「……あ、そういえばジェシネスさんって攻撃魔法専門ではないみたいな事を言ってたじゃないですか」
「ええまぁ……。ああ、あの弓のことね?」
「はい」
攻撃魔法専門じゃないのに、高度な攻撃魔法を使えるって事なのだから、そりゃまぁ気になるよね。
「エレメントウェポン……利用した自然の力をそのまま武器にする珍しい種類の魔法シリーズよ。不屈の勇者と呼ばれた伝説の人がその昔に私の故郷のエルフ達に伝えたものだって聞いたわ」
不屈の勇者の伝説か。
随分昔に大活躍したって話をよく聞くが……。あぁ! お陰で平和なもんでオレの活躍の場が無くなっちゃったじゃないか!
……なーんて、知らない人の為に頑張る程オレは人間が出来てない。勇者なんて馬鹿なお人好しのすることだ。
決してなれないから妬んでるわけではない。当然の流れのようにハーレム王になりたかったわけでもない。
全てはたった1人へ愛を注ぐ。そのためだけに生きたい。色んな子にかまけてる暇は無いんだ!
そんな贅沢な悩み……あぁ羨ま……しくないもんねっ!
まぁつまりその……オレも歴史的にチヤホヤされたい。
「魔法の武器ってなんだかカッコいいですよね」
「そうなの? 言われてみれば……そうかも」
魔法の武器といえば、実はオレも出せる。ジェシネスさんが出したような実体感のあるものではなくて少し透けてる青白いヤツだけど。
「……あっ、そう言えば闘技大会なるものにオレも出場しようと思ってるんですけど」
「……今日ここに来なかったら全力で止めていたけど……なんだかライトちゃんならダール王子にも勝てそうね」
「お兄ちゃんより強くなければなんとかなるかも……です。っとと、それでですね。闘技大会の日は仕事が出来ないんですよ……」
「構わないわよぉ。私も見に行くし」
ええっ? 稼ぎ時なのに店閉めるの?
……なんて野暮な事は聞かない。好きなものならそれくらい普通なのよ。
「下手に手は抜けませんね」
「魅せる戦いを覚えると良いかも。闘技大会って言っちゃえば殺し合いじゃなくてお遊戯なんだから。決勝以外はみんな余興だと考えるといいわ」
「良いこと聞きました。参考にします」
「ふふっ、じゃあご飯食べにいきましょうか?」
「うんっ! ……あ」
ポロッと漏れた素の返答。
気付いた時にはもう遅い。オレの全身は茹だったように熱くなった。
フォローでもなんでもなく、ジェシネスさんはオレの頭を撫でてきた。
「んもぅ、やっと心を開いてくれたぁ」
「んぶっ」
次には抱きしめられ、オレはジェシネスさんの胸より少し下に埋もれた。
……あと少し背が高ければ。
「もう気を遣わなくていいの。私の事はお姉ちゃんって呼んでいいんだからね?」
心が揺らぐのが分かる。
丁寧語で固めた壁を、今すぐにでも取り払いたい。思いっきり甘えたい。……楽になりたい。
まだ怖いけど、この人になら油断しちゃっても……そんな風に考えてしまう。
「……恥ずかしいです。情け、ないです」
まだ、壁は崩せない。ここまで親しい人が暖かくしてくれてもオレはまだ委ねる事を躊躇ってしまった。
それが悲しくて、情けなかった。
「私は……いつでも待ってるわ」
その一言で、壁に少しヒビが入った気がした。
ちょっとだけ、ちょっとだけ……今日この瞬間だけ、門を開いてもいいよね?
「……お姉ちゃん」
「なぁに?」
「お姉ちゃんっ」
オレはジェシネスさん……ジェシネスお姉ちゃんの腰に手を回して抱きしめ返した。
オレが求めたのはジェシネスさんではない。そう、母的な……姉的な愛を求めていた。ずっと欲しかったものだった。
「今だけ……お姉ちゃんでいて……」
「うん、私はお姉ちゃんよ」
おなかが空いているのも忘れる程の心地よい気分を、オレはこうしてしばらく味わっていた。