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変態植物の処遇

「変態植物は?」


 目を覚まして最初にそう口にすると、執事は苦く笑ってから答えた。


「園芸師が拘束したので、無力化して連行しました。庭に転がしています」

「私、お仕事ちゃんとしてないな」

「初仕事にしては上出来です。私はサポート以上のことはしていませんよ」


 睡眠学習した私には分かるけど、あの人数の人間の精神に干渉して本来の人生を失わせるのはアウトだ。

 パートナーに手を出されそうだった、てことでギリギリ、本っ当にギリギリセーフだけど。

 一応、アレを拘束したのは私だから、とりあえず咎めは無いのかな。

 でも、まだカタ付けてないよな。


「上司に報告に行きたい。変態植物のカタを付けるのは私だから」

「分かりました。執務室ヘ行きましょう」


 私が何処か変わったことに気付いていて、執事は何も聞かずに身支度を手伝い、付き添ってくれる。

 執務室で机の向こうに座る上司に対し、私は報告ではなく質問をした。


「アレのパートナーは何処ですか? 上司なら知ってるんでしょう?」


 僅かに目を瞠って、上司はすぐに悟ったのか、嘆息して着席を促した。


「大地霊の記憶も全て受け継いだのだな。だが、アレはパートナーは存在しないと思っていたはずだが」

「はい。本当はアレのパートナーは存在して、上司が知ってると思ったのは、自分は人間だと思って生きていた私の考えです」


 人間は生涯独身を貫くことに絶望まで感じることは稀だ。

 だが、孤独で狂うほどの力と寿命のある存在が、何万年も待っても、どの世界のどの生物にも、パートナーとなるモノが生まれて来ないのはおかしいだろう。

 寿命の短い生物だって、その魂は転生する。

 パートナーの短い生涯の間に探し切れなくても、何万年もあれば何度か転生していて、見つけるチャンスがあったはずだ。

 魔族の常識なら、相性の良いパートナーを見つけられないのは自分の責任だ。

 でも、私は人間として生きていたから、自分の力が及ばないことは、もっと力のある誰かの作為を感じる。

 ぶっちゃけ、責任転嫁と八つ当たりがしたくなる。


「睨まないでくれ。園芸師が敵に回ると執事ももれなく付いていく」

「アレのパートナーは存在するんですね」

「存在する、ではなく。存在した、だな」

「上司が消滅させたんですか?」

「違う。私としては、アレのためにも、お前にはアレを恨み嫌ったままでいて欲しかったのだが」


 それから上司は、古い古い話を始めた。

 まだ、上司が成体になったばかりで、アレは生まれたての頃。

 異世界から『精霊』という力ある存在が手を延ばし、気に入った人間を一人拐かした。

 異世界に拐かすなど許されないし前例も無い。

 魔界、天界、冥界、力を持つ存在が暮らすそれぞれの界の長が同盟を組み、『精霊』に魂だけでも返還するように迫った。

 だが『精霊』は、お気に入りを永遠に自分のモノにするために、その人間の肉体を滅ぼして魂を自分に同化させた。

 そうなれば、もうその魂はこちらの世界のモノではなく、いくら力ある存在が協力しても干渉は出来ない。


 アレがパートナーを求める成体になった時には、もうこの世界は、アレのパートナーは絶対に生まれて来ない世界に変質してしまっていた。

 アレの問題行動を目溢ししていたのは、パートナーを魂まで異世界に奪われ、何も出来なかった悔恨から。

 けれど、私を造ってしまったのは、見過ごすことの出来ない案件だった。


 私は、本来この世界に生み出される予定の無い存在だった。

 アレのパートナーは存在しないし、ザクトヴァルスは人造人間で生殖能力は無い。

 私は、大地霊の力だけ持った、魂の無い人形になるはずだった。

 けれど、アレは自分の能力を歪めてまで、私に偽名や呼称ではなく、本物の『名前』を付けた。

 力ある存在の名付けは、それぞれの界の長にしか使えない能力。

 それを使う代償に、アレはパートナーを魅了するという本来の大地霊の能力を失うことを是とした。


 だが、人形ではなくなった私に、転生した既存の魂は宿らなかった。

 私の存在が異質過ぎて既存の魂は宿ることが出来ず。

 でも、大昔にこの世界から拐かされた魂があったから、世界の魂の数に空席が一つ有り。

 私という、新品の魂が生まれてアンナの体に宿った。


「アレは狂ってしまったが、強大な力を持ち頭のいい男だった。魅了の能力を失っても、まっ更な魂を持つお前に愛されるよう仕向けることは造作も無かったはずだ。だがアレはお前を守りながら嫌われるように育てた」

「アレは、私の幸せのために魔王に存在を消滅されることを願っています」

「お前は、アレを消滅させることに幸せを覚えるか?」


 私は首を横に振る。

 睡眠学習で恨みを持つことは出来なくなり、アレの望むように嫌ってやることも、もう出来ない。


「異世界にパートナーを拐かされて何万年も真実を知らないまま苦しんだんです。多少の無理は聞いてくれますよね?」

「内容によるが、望みを聞こう。我々の不甲斐なさの犠牲になったアレの望みはお前の幸せだ」

「では、何処の世界でも構わないので、アレのパートナーとなり得る存在がいる世界にアレを転生させてください。拐かした上に魂の同化が出来るなら、それくらいネジ込めるでしょう」


 私の物言いに破顔した上司が、大仰な通信装置を取り出した。


「承知した。同盟者達と必ずや成し遂げる」


 変態植物。今度は幸せになるんだぞ。

 どんな狂った変態だって、己の全てを懸けて私の幸せを願ったヤツなら、私だって幸せを願ってやる。

 まぁ、遠くの世界で、だけどな。

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