⑦④
シャーリーを追いかけてきたジェルマンが、ディアンヌとリュドヴィックに気がついたのか、焦ったように彼女の腕を引いている。
固く手を握りしめたシャーリーは、ジェルマンの腕を振り払いつつ、にこやかに笑みを作る。
「ねぇ、ディアンヌ。あなたに話があるんだけどいいかしら……?」
リュドヴィックはチラリとディアンヌに視線を送る。
彼は首を横に振っていた。
ディアンヌはわずかに頷いた後に前に出る。
「シャーリー様、なんでしょうか?」
「わ、わたくしとディアンヌの仲でしょう? 少しだけでいいから……ね?」
「話ならここで聞きますわ」
「……ッ、そんなこと言わないで、久しぶりに二人で話しましょう。あの時の誤解を解きたいのよ」
「お、おい……! やめろ、シャーリー」
「あなたは黙ってて!」
シャーリーはどうあってもディアンヌと二人きりで話したいようだ。
何を言っても引き下がるつもりのないシャーリー。
これ以上、騒ぎを起こすわけにはいかない。
リュドヴィックとピーターに迷惑をかけられないと思った。
それにこの先も付き纏われてはたまらない。
(やっぱり……作戦通りにするしかないわね)
リュドヴィックがすぐにシャーリーを咎めずに泳がせているのには理由がある。
実はパーティーの時にシャーリーに会ったらどうすればいいのか、相談していた。
もう知識の乏しい貧乏令嬢ではないのだ。
ディアンヌも以前のようにやられっぱなしではない。
ディアンヌはリュドヴィックの耳元であることを伝える。
リュドヴィックもそれについて知っていたのか、すぐに頷いて了承してくれた。
(夫人たちに教えてもらったあの場所でなら大丈夫なはず)
ディアンヌはシャーリーを連れてテラスに向かい、扉を閉める。
ピーターとリュドヴィック、ジェルマンが焦っている姿がガラス越しで見えた。
ディアンヌとシャーリーの間には冷たい風が通り抜ける。
シャーリーはここは閉鎖的な空間だと思っているが、上のガラスが開いていて、中に声が漏れてしまう。
つまりシャーリーとディアンヌの会話は中にいるリュドヴィックに筒抜けだということだ。
大人しく付いてきたということは、彼女はここのことは知らないようだ。
一部の人間しか知らないこの場所ならば、シャーリーの本性が暴けるだろう。
「貧乏令嬢のくせに、随分と調子に乗っているじゃない……!」
「何が言いたいのでしょうか?」
「アンタがベルトルテ公爵夫人なんてありえないわ。多少、見られるようになったとしてもその程度なのよ!」
「…………」
すぐに本性を出してきたシャーリーには笑ってしまう。
ディアンヌはシャーリーの本音を聞いて、ため息を吐き出す。
(やっぱり誤解を解きたいなんて嘘だったのね)
やはりお茶会の誘いも、ディアンヌを失脚させるためのものだったのだろう。
「それを言うためだけに、わざわざここに呼び出したのですか?」
「……」
「もうよろしいでしょうか?」
ディアンヌが平然とそう言うとシャーリーの顔が大きく歪む。
しかしリュドヴィックたちの視線があるからか、掴みかかるようなことはなかった。
(わたしに文句を言うだけだったら、もう聞く価値はないわ。時間がもったいないもの)
やはり彼女とは決別して、もう二度と関わらないようにしようと思っていた。
ディアンヌが立ち去ろうとすると、出口を塞ぐようにシャーリーが前に立つ。
「お茶会も断るなんてどういうつもり!? このわたくしが誘ってあげているのにっ」
「……どういう意味でしょうか? 手紙の返信はしましたわ」
「くっ……元男爵令嬢のくせに公爵夫人ぶりやがって! 調子乗ってんじゃないわよ」
鼻息荒く暴言を吐くシャーリー。
その姿を見て、ディアンヌはため息を吐く。
ディアンヌの冷めた様子にシャーリーの怒りは増していくばかりだ。
シャーリーはただディアンヌが『ベルトルテ公爵夫人』としてここに立っていることが、余程気に入らないのだろう。
(〝ディアンヌ〟が、自分より上にいるのが許せないのね)
だからジェルマンの顔がみるみるうちに青ざめていくことも、リュドヴィックとピーターが怒りに顔を歪めていることも、周囲の貴族たちの軽蔑した眼差しも、彼女には見えていないのだろう。
「わたしとはもう友人ではないと言ったではありませんか」
「……っ!」
「これ以上は関わらないでください」