⑦②
「ピーター、リュドヴィック様……!」
ディアンヌは間に挟まれながら戸惑っていたが、執事がニコニコしながら二人を引き剥がす。
「パーティーに遅れてしまいますよ」
優しい声色で言うとリュドヴィックは咳払いをしてから、ディアンヌをエスコートする。
ピーターもリュドヴィックを真似してか、澄まし顔で歩いていく。
三人で馬車に乗り込んで、パーティー会場へと向かった。
馬車の中では、ピーターがディアンヌにぴったりとくっついている。
そしてリュドヴィックに向けて、先ほどの仕返しとばかりにニヤリと口角を上げているではないか。
そんな姿も大変可愛らしい。
横には天使のようなピーター、前には神々しいほどに美しいリュドヴィックの姿。
ディアンヌは瞬きを繰り返して、幸せな現実を噛み締めていた。
次第に王都へと近づいてくるにつれてたくさんの馬車が並んでいる。
貴族たちが馬車から順に降りていく姿を、ピーターと一緒に興奮気味に見ていた。
しかし、一歩外に出れば『ベルトルテ公爵夫人』として振る舞わなければならない。
ディアンヌは深呼吸を繰り返しながら、緊張をほぐしていた。
馬車が止まり、御者が扉を開く。
リュドヴィックとピーターが先に降りて、ディアンヌをエスコートするように両側から手を伸ばす。
頼もしい二人がいてくれる。それだけで強くなれるような気がした。
ディアンヌは二人の手を握り返して、馬車のステップを降りていく。
小さな手と大きな手、ぬくもりに幸せを感じていた。
二人を交互に見つめつつ、ディアンヌは足を進めていく。
ヒールがある靴はここ三カ月で随分と履き慣れたような気がした。
リュドヴィックが低めで歩きやすいものを用意してくれたので、もう転ぶこともないだろう。
背筋をピンと伸ばして歩き方ひとつとっても、細部まで意識するようになった。
ディアンヌは今まで習ったことすべてを活かせるように気をつけている。
周囲からの視線を感じてはいたものの、ディアンヌは気にすることなく胸を張って堂々と歩いていく。
(たった三カ月しか学んでないけれど、ピーターとリュドヴィック様のために……ベルトルテ公爵のためにできることをしましょう)
貴族たちは予想外だったのだろうか。
色々と言われることは覚悟していたが、視線を感じるだけで悪く言われている様子はない。
今のところ、うまくいっているようだ。
ふと、リュドヴィックと視線が絡む。
にこやかに微笑むリュドヴィックに周囲が騒めいている。
社交界で様々な噂や憶測が飛び交う中、全てを払拭するには十分だっただろう。
こうしてピーターも公に出ることは初めてになる。
彼もディアンヌ同様に、パーティーに出席することが初めてだとは思えないほどに堂々としていた。
リュドヴィックに話しかけてくる貴族たちはディアンヌに試すように色々なことを聞いてくる。
当たり障りない答えを並べながら余裕の表情で躱していくディアンヌを見て、逆に感心しているようにも見える。
夜な夜な、髪色や体型、貴族たちの名前を叩き込んだ甲斐があるというものだ。
それと夫人たちから知識を得ていたディアンヌに死角はない。
こんな時間がパーティーが終わるまで続くのかと思うと、さすがに参ってしまいそうだが、そんな時はリュドヴィックがすぐにフォローを入れてくれる。
(大丈夫……わたしにはリュドヴィック様がいる)
ディアンヌはリュドヴィックを見つめながら感謝を伝えていると、耳元で「安心してくれ」と言われて頼もしく感じていた。
無意識に笑みを浮かべていると、リュドヴィックは「可愛いな」とディアンヌの頬を撫でた。