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「突然、ごめんなさいね。どうしてもあなたとピーターに会いたくて……」
「わたしに、ですか?」
「えぇ、お礼を言いたかったの」
どうやら夫人は講師たちから、ディアンヌやピーターの話を聞いていたそうだ。
「リュドヴィックとピーターのこと、本当にありがとう」
「え……?」
「あの人もわたくしも、あなたが嫁いできてくれてよかったと思っているの」
そう言うと、夫人はディアンヌの手を握る。
夫人の手のひらは微かに震えていた。
「わたくしたちは、あの子に何もしてあげられなかったわ」
「……」
「それどころか……っ、ごめんなさいね」
夫人の目からはポタポタと涙がこぼれ落ちる。
ディアンヌはハンカチを出して、彼女の目元を拭う。
詳細を知らないディアンヌには何も言えないが、後悔がひしひしと伝わってくる。
お礼を言った夫人は「今度、ゆっくりと話しましょう」と声を掛けてくれた。
前公爵と夫人をリュドヴィックと共に見送る。
するとリュドヴィックは右手で額を押さえながら俯いていた。
「私にあの二人にあんなことを言う資格はないんだ」
「……リュドヴィック様」
「これがピーターのためになるのだろうか」
手のひらをグッと握っているリュドヴィックの名前を呼ぶことしかできない。
アンジェリーナのことで、様々な葛藤があるのかもしれない。
ディアンヌはリュドヴィックの冷えた手を握りながら、ゆっくりと頷いた。
ベルトルテ公爵家の事情をすべてはわからないが、少しずつわだかまりが解けて、いい方向に向いていけたらと思った。
ディアンヌは鏡に映るアクセサリーを見て、そのことを思い出していた。
仕上げにローズピンクの口紅を塗ってから髪を整える。
なんと銀色の髪飾りはメリーティー男爵家から届いたものだ。
気持ちのこもったプレゼントと手紙にディアンヌは感動して涙を流したのだった。
準備を終えると、正装したピーターがディアンヌの部屋へと足を踏み入れる。
ディアンヌのいつもとはまったく違う姿に驚いていた様子を見せたピーターはすぐに笑顔でこちらに駆け寄ってきてくれた。
「ディアンヌ、とっても綺麗だよ!」
「ありがとう、ピーター。ピーターはとてもかっこいいわ!」
「えへへ、そうでしょう? 今日はディアンヌとがんばってきたことをみんなに見せるんだ!」
「わたしもピーターとがんばって鍛えた成果を見せるわ!」
先ほどまで緊張していたディアンヌだったが、ピーターと共に頑張ろうと前向きな気持ちになっていた。
ピーターと手を合わせて、ハイタッチして遊んでいた。
二人でがんばろうと気合いを入れ合っていると響く扉をノックする音。
ララがすぐに扉へと向かった。
扉が開くと正装したリュドヴィックが部屋の中へと入ってくる。
銀色の髪はいつもよりキッチリとまとめられており、前髪があがっている為か、端正な顔立ちが全面に露わになっている。
黒のジャケットに銀色の刺繍が施されており、ところどころポイントで青が使われている。
ズボンは白で艶のあるブーツがコツコツと音を立てている。
ディアンヌと目が合った瞬間、リュドヴィックは動きを止めてしまう。
どこかおかしなところがあるのかもしれないと焦っていると、ピーターが前に出てディアンヌを綺麗だと誉めながらリュドヴィックに同意を求めている。
「リュド、ディアンヌは女神様みたいだね!」
「……そうだな」
リュドヴィックは視線を左右に泳がせた後に、ディアンヌの手を取った。
そして跪くと手の甲に口付ける。
顔を上げたリュドヴィックはディアンヌを見つめながら唇を開く。