⑥⑨
ディープブルーのベロアの生地で包まれた箱の中を開けると、ワインレッドのクッションとネックレスとイヤリングが見えた。
「このアクセサリーを受け取ってくれないかしら?」
「え……?」
「あの子が気に入って、よくつけていたものなの」
銀のチェーンに青い宝石がはめ込まれた上品なネックレスとイヤリングはアンジェリーナの遺品だと聞いて、身が引き締まる思いがした。
悲しそうに笑った夫人の手からアクセサリーを受け取った。
「ありがとうございます。大切にします」
「そう……ありがとう」
どうやら今になって結婚を反対されるのかと思っていたが、勘違いだったようだ。
ディアンヌは二人の敵意のない態度に拍子抜けしてしまう。
緊張で強張っていた体から力を抜いた。
なんだかディアンヌを見つめる視線は優しく思う。
隣にいるリュドヴィックは、まだ警戒しているのか二人を睨みつけている。
前公爵はキョロキョロと辺りを見回して何かを探しているように見えた。
(屋敷の様子を見ているわけじゃない……もしかしてピーターを探しているのかしら?)
ディアンヌはアンジェリーナのアクセサリーを届けに来たということは、もしかしてピーターにも会いにきたのではないかと思った。
リュドヴィックも相変わらず難しい顔をしている。
ディアンヌは疑問に思い、二人に問いかける。
「もしかして、お二方はピーターに会いに来たのでしょうか?」
リュドヴィックは驚いたままディアンヌを見ていた。
前公爵と夫人は気まずいのか顔を伏せてしまう。
「今更、どんな顔であの子に会えばいいのかわからない」
「……わたくしたちが、あの子に顔を合わせる資格がないことはわかっているわ」
ディアンヌは、二人がとても後悔しているのだと思った。
四人の関係はリュドヴィックに聞いただけではあるが、あまりいいものではなかった。
アンジェリーナが家を出て行ってしまったことに対して、二人もよく思っていなかったことも想像できる。
反発もあったはずだ。
だからこそ今まで、アンジェリーナの息子であるピーターと顔を合わせるか迷っていたのだろう。
するとタイミングよく扉をノックする音が聞こえた。
執事がリュドヴィックに耳打ちすると、彼は考え込む素振りを見せる。
そして「自分たちが祖父母だと明かさないこと」を条件にピーターに会うことを許可したようだ。
ディアンヌは何も言うことができずに黙っていた。
それはリュドヴィックと二人の間には、かなり厚い壁があるような気がしていたからだ。
(……リュドヴィック様にも考えがあるのよね)
ピーターはサロンに入ると二人に挨拶をした。
その瞬間、表情が強張り、瞳が潤んだような気がした。
それからアンジェリーナの面影を重ねているのだろうか。
複雑な表情でピーターを見つめている。
ピーターは行儀よく椅子に腰掛けていた。
自由に動いていいと言われたことでディアンヌに駆け寄ると先ほど、講師に褒められたことを興奮気味に話している。
ディアンヌはピーターの話を聞きながら拍手をして、彼の成功を一緒に喜んでいた。
それからエヴァが顔を出すと、次の講師が来たと悟ったのだろう。
ピーターは二人に挨拶をしてから部屋を出て行った。
十分ほどだっただろうか。
夫人はピーターが出て行った扉を見つめながら、ハンカチで目元を押さえている。
前公爵は目を閉じて何かを考えた後に立ち上がり、夫人にも帰ろうと促しているようだ。
少しだけ時間を共にした後に二人は正体を明かすことなく、別邸に帰るそうだ。
リュドヴィックが前公爵と話している間、ディアンヌは夫人と話をしていた。