⑥⓪
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ディアンヌはリュドヴィックに講師を手配してもらうように頼み込んだ。
ディアンヌも学園である程度のマナーなどは学んだ。
しかし社交界に出たこともないディアンヌでは『公爵夫人』としては不十分だろう。
それに『貧乏令嬢』と、言われ続けるのはもうたくさんだ。
その日の晩、ディアンヌはリュドヴィックにピーターと同じように自分にも講師を頼む。
リュドヴィックは学園に通っていたこともあり必要ないのではと言っていたが、ディアンヌは「是非お願いします」と詰め寄った。
「しかし……」
「お願いします!」
「…………」
「リュドヴィック様、お願いしますっ!」
珍しくリュドヴィックは歯切れの悪い返事をしている。
理由を聞いてみるとディアンヌの予想もしなかった返事が返ってくる。
「……講師たちはとても厳しいんだ」
「え……?」
「ディアンヌには、辛い思いをさせてしまうかもしれない」
どうやらベルトルテ公爵家の懇意にしている講師たちは、とにかく厳しいようだ。
リュドヴィックの話を聞きながら、ディアンヌはゴクリと唾を飲み込んだ。
しかしいくら厳しくても辛くても、ここを乗り越えなければならないとわかっていた。
「三カ月後に大切なパーティーがあると聞きました。わたしもリュドヴィック様に相応しくなりたいのです」
「……ディアンヌ。君がそこまでする必要はない」
リュドヴィックはディアンヌを気遣ってくれているのだろうか。
カトリーヌの件から、ディアンヌはリュドヴィックに対する気持ちが少しずつ変化していた。
そう思っていたディアンヌだったが、彼から発せられたのは予想外の言葉だった。
「私たちは契約結婚なのだから、君がそこまでする必要はないのではないか?」
「……っ!」
リュドヴィックの言葉にディアンヌの心がズキリと痛む。
最近は彼との距離が縮まったように思えていた。
けれど今はなんだか突き放されたようで寂しい気持ちになる。
リュドヴィックにとっては契約上の関係なのだろう。
だが、ディアンヌは彼のために役に立ちたいと思っている。
(契約結婚だとしても、わたしがそうしたいと思うもの……!)
ディアンヌはその気持ちを伝えるために口を開いた。
「そんなことありません。わたしはリュドヴィック様やピーター、屋敷の皆のためにもがんばりたいんです!」
「……ディアンヌ」
リュドヴィックにそう言われたとしても、ディアンヌは今回は譲れなかった。
カトリーヌの件では、たまたまうまくいったがまた誰かを守れないのは嫌だと思った。
(何よりわたしのせいでリュドヴィック様やピーターが悪く言われるのは嫌だもの!)
ディアンヌはリュドヴィックに訴えかけるように言った。
「契約結婚ではありますが〝ベルトルテ公爵夫人〟として最低限のことはやるべきだと思うのです」
「……!」
「マリアからもこれから社交シーズンだと聞きました。それにこんなによくしていただいているのに、わたしだけリュドヴィック様に何も返せないのは嫌ですから!」
「……ディアンヌは十分にやってくれている」
「何も十分ではありません!」
掴みかかるような勢いに、リュドヴィックもスッと視線を逸らす。
そして咳払いをしつつ、あることを口にする。
「……ディアンヌ、契約結婚のことなんだが」
「はい」
「これからは契約ではなく……」
リュドヴィックが何かを言いかけて口を開いた時だった。
複数の足音とピーターの叫び声が遠くから聞こえたような気がして、ディアンヌは振り向いた。
ピーターが泣きそうになりながら、ディアンヌに突撃してくる。