⑤④
「リュドヴィックさまぁ……わたくしがこの部屋に来た時にはもうこんなことになっていたんです!」
ディアンヌが顔を上げると、リュドヴィックに駆け寄り身を寄せるカトリーヌの姿が見えた。
冷めた表情のリュドヴィックと一瞬だけ目が合う。
ディアンヌは目線でカトリーヌを見て合図をする。
すると、リュドヴィックもそれに応えるように左手に握ったメモを見せる。
(よかった……ちゃんと届いたんだわ!)
ディアンヌがゆっくりと起き上がり、涙ぐむピーターに向けてニヤリと微笑む。
彼を安心させるように親指を立ててグッドサインを送った。
するとピーターは安心したのか涙を拭うと、強気な表情でカトリーヌを睨みつけている。
カトリーヌはリュドヴィックに夢中で、こちらには気づいていないようだ。
「すぐに医師を呼ぼうと思ったんですが、ララに止められたんですぅ」
「……ッ!」
「わたくしも刺されそうになって……リュドヴィック様のおかげで助かりました!」
ララは平然と裏切るカトリーヌを見て、大きく目を見開いている。
「ララがこの事態を引き起こしたこと、わたくしは責任を感じないわけではありませんが……これは彼女が勝手に引き起こしたことですわ」
「…………」
「わたくしにはどうしようもなかったのです……! 申し訳ありませんっ」
カトリーヌは自分に責任がないことを訴えかけている。
リュドヴィックにアピールすることしか考えていないのだろう。
だがディアンヌやピーター、ララはリュドヴィックを見て固まっていた。
こちらから見えるリュドヴィックの表情があまりにも恐ろしかったからだ。
カトリーヌを見る視線には、軽蔑や嫌悪がありありと見てとれる。
(リュドヴィック様……怖すぎるわ)
ピーターもカクカクと震えているが、全身が果汁で汚れているため抱きしめることもできない。
リュドヴィックはカトリーヌを振り払うように腕を引く。
それにはカトリーヌも驚いているようだ。
その後に彼女を無視してディアンヌの元へ向かう。
「ディアンヌ、大丈夫か?」
「はい、大丈夫です」
リュドヴィックはディアンヌに手を伸ばす。
彼の手が汚れてしまうからと首を横に振るが、関係ないとばかりにディアンヌに触れて体を起こす。
今、ディアンヌは髪もボサボサで、口元や全身も真っ赤な果汁に濡れてひどい有様だった。
リュドヴィックはディアンヌの顔にかかった前髪を丁寧に指で払う。
「なっ、なんで……!?」
カトリーヌの声が震えていた。
大きく目を見開きつつも、カトリーヌは呟くように言った。
「ララが刺して死んだはずでしょう? なんでよっ」
カトリーヌはあまりにも驚きすぎて、本音が漏れてしまったようだ。
その言葉にリュドヴィックが反応を返す。
「何故、ディアンヌが死んだと断言できる?」
「そ、それはララがこの女をナイフで刺して殺したからっ! 動かなくなって、それで……!」
「先ほどこの部屋に来たと言いながら、随分と詳しいんだな」
「違っ……!」
「見苦しい言い訳は不要だ。意味がない」
カトリーヌはリュドヴィックの恐ろしい表情にやっと気がついたようだ。
だけどディアンヌが起き上がったことに納得できないらしい。
何度もララとディアンヌを交互に見ている。
その視線は何が起こったのか、わからないと言いたげだ。
部屋に戻ってきたマリアはディアンヌの姿を見て「ヒッ!」と悲鳴を上げる。
ディアンヌがマリアと目を合わせて頷いたことで、なんとなくではあるが状況を把握したのだろう。
ディアンヌはピーターをマリアの元に向かうように促す。