⑤②
そして口端からわざと果汁を垂らして右手につける。
ディアンヌは先ほどのナイフにも真っ赤な果汁を絞ってから、ララに持たせた。
そして右の腹を押さえる。
ディアンヌの口端から垂れる果汁が血のように見えるのだろう。
ピーターは興奮しながらこちらを見ている。
「……ピーター、行って!」
「うん!」
ディアンヌのその言葉でピーターが部屋の外に飛び出していく。
これでピーターを混乱させることもないはずだ。
(あとはうまくリュドヴィック様の元にメモが届きますように……!)
リュドヴィックがいるであろう書斎からこの部屋まで、そこまで遠い距離ではない。
あとはカトリーヌをうまく誘き出せたら……。
ピーターが走ってリュドヴィックの書斎に辿り着くであろう頃を見計らって、ディアンヌは控えめに叫んだ。
「キャアアッ! やめて! ララッ」
ディアンヌはしばらく近くにある荷物を叩いたり、ジャンプしたりして足音を立てていた。
それから棚にぶつかって音を立てて「うっ!」と言う声と共に壁に寄りかかる。
ディアンヌの一人芝居にララは驚きからか目を見開いている。
ガタンという一際大きな音と共に静寂が訪れる。
しかし悲鳴を聞きつけたのか、はたまた物音に反応し近くに待機していたのだろうか。
急いでこちらに向かってくる大きな足音。
ディアンヌはララとしっかりと目を合わせてから頷いた。
そして、バタンと勢いよく扉が開いた。
誰が部屋に入ってきたのか、しっかりと確認してからディアンヌは床に膝を突いて、その場に倒れ込む。
ララの手からナイフが落ちて、カラカラと音を立てる。
ほどなくしてディアンヌを心配する声ではなく、嬉しそうな笑い声が聞こえた。
「ウフフッ……ララ、よくやったわ!」
「……ッ!」
「これで邪魔者を排除できたわ! 最高の気分よっ」
カトリーヌはこちらに歩いてくるとディアンヌの頭を足で踏み潰す。
それは今までの怒りや苛立ちをぶつけているようにも見える。
ディアンヌは頭を踏まれて、割れそうな痛みに耐えつつも、口の中に溜め込んだ真っ赤な果汁を吐き出していく。
ララは果実の酸っぱさにやられているのか、顔をあげてもうまく喋れないらしい。
瞳からはポロポロと涙が溢れていくのが見えた。
それと同時に閉まっている扉の隙間からピーターとリュドヴィックの靴が見える。
(タイミングバッチリね! さすがピーター。リュドヴィック様もメモを見て来てくださったんだわ)
彼はすぐにリュドヴィックを連れてきてくれたようだ。
これで準備が整ったと言えるだろう。
ゴホゴホと咳き込んで果汁を吐き出すディアンヌを見下ろしながら、足蹴りにしているカトリーヌは、ララがディアンヌをナイフで刺したと完全に思い込んでいるようだ。
ディアンヌはカトリーヌの足を掴んでから顔を上げる。
「ど、して……?」
「どうしてですって? 田舎臭い貧乏令嬢のくせに、リュド様と結婚するからこんなことになるのよ!」
「こんな……こと、許され、ない……ゲホッ」
「アハハッ! 馬鹿ねぇ? あんたがいなくなればわたくしがベルトルテ公爵夫人になれるの!」
「……ゴホッ! たすけ……」
「助けなんてこないわ。身の程知らずは死んで当然よ! ララ、お前がディアンヌを殺したのよ? 責任はぜーんぶお前が取りなさいね」
カトリーヌの高笑いが響く。
ララはやっと酸っぱさが抜けたのか、カトリーヌの言葉に反抗するように口を開く。
「そ、そんなこと……っ!」
「どっからどう見たってアンタのせいでしょう? くだらないこと言っているとレアル侯爵領にいるアンタの家族を皆殺しにしてやるわよ?」
「……ひどいっ!」
「没落した間抜けな馬鹿を雇ってやってるだけでも感謝してほしいくらいだわ」