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メリーティー男爵領に着いたのは日が落ちた頃だった。

なんとか男爵邸にたどり着くことができて、ディアンヌは安心していた。

馬を馬小屋に戻して世話をしていると、物音に気がついたのか、弟のロランが心配そうに顔を出す。



「姉上、おかえりなさい……!」


「ただいま、ロラン。遅くなってごめんなさい。すぐに夕食の支度をするから……」


「そんなのいいよ。どこにいっていたの? いきなり出かけるっていうから心配したんだよ!」


「……ごめんなさい」


「姉上、悲しいの?」


「そんなことないわ。わたしは大丈夫よ」



ディアンヌは両親やロランたちに黙って出かけていた。

これ以上、心配をかけたくない。

ディアンヌが嫁ぐといえば、皆が反対するとわかっていたからだ。

先ほどの出来事を思い出すと胸が痛い。

しかし、ディアンヌはロランを心配させないように笑顔で頷いた。

それから馬の世話を任せて、ロランにバレないようにドレスとハイヒールを大切に運ぶ。

自室のクローゼットの奥に隠してから、夕食の準備に取り掛かる。

屋敷の中ではライ、ルイ、レイの三人が元気に走り回っていた。


そして騒がしい夕食を終えた頃に両親が帰宅する。

二人の顔は暗く、げっそりとしていて顔色が悪い。

嫌な予感がすると思いきや、告げられたのは表情通り悪い知らせだった。



「もうメリーティー男爵家は終わりだ」


「……そんな」


「王家に相談するしかあるまい。これ以上、領民に苦しい思いはさせたくないんだ」


「ディアンヌ、ロラン、不甲斐ない親でごめんなさいね。あなたたちには苦労ばかりかけて……」


「……ロラン、やはり学園は」



二人の顔は暗いままだ。

やはり爵位を返上するしか方法はないのだろう。

男爵領はなくなり、ディアンヌたちは平民になることになる。



「気にしないで、僕は大丈夫だから。どこかに働きに出るよ」


「……ロラン」



ロランが自分の夢を諦めようとする姿を見ていると、ディアンヌは胸が苦しくなる。

ディアンヌはシャーリーからもらったパーティーの招待状をテーブルに置いた。



「ディアンヌ……これは?」


「わたし、パーティーに出て結婚相手を見つけてきます……!」


「なっ、何を言っているんだ!」


「今はこれしか方法がないの。みんなを助けたいの……!」



ディアンヌの言葉を聞いて両親とロランは驚いていた。

つまりディアンヌが嫁ぐことで、援助を受けることができるかもしれないと理解したのだろう。



「あなたがそこまでする必要はないわ……!」


「そうだ、ディアンヌ! まだ社交界デビューもしていないのにっ」



母が立ち上がってそう言った。

ロランも首を横に振り、ディアンヌを止めている。

父の言う通り、社交界に出たことがないディアンヌは知らないことばかりだ。

だが、今はこれしかメリーティー男爵家を救う方法がないと思った。



「わたしにできることはなんだってやりたいの。ライやルイ、レイたちのこともあるし、ロランを学園に通わせてあげたいから」


「だ、だがこんな高級そうなパーティーに参加するならドレスも必要なんだぞ?」


「うちにはそれすら買うお金がないのよ……?」



涙を流す母を抱きしめながらディアンヌは首を横に振る。

母の気持ちが痛いほど伝わってくる。



「大丈夫よ……ドレスや靴は今日、借りてきたの。汚さないように気をつけて、ちゃんと返すつもりだから」


「……ディアンヌ」


「姉上、僕たちのためにそこまで……」


「ごめんなさい、ディアンヌ」



ディアンヌは目に涙を溜めるロランや両親を抱きしめる。

メリーティー男爵家の命運がかかっている。


三日後に王都で開かれるパーティーの招待状を見つめながら、ディアンヌは髪を梳いていた。

癖がある髪は絡んでいる。

そこで相手を見つけられるかはわからないが、ここまできたらやるしかないのだ。


(……がんばらないと!これが最初で最後のチャンスなんだから)


最後ならばできる限りのことをしようと、ディアンヌは自らが少しずつ貯めていたお金をすべて使い王都に向かうことにした。

ここで動かなければ、ディアンヌは一生後悔することになる。

涙ぐむ家族に見送られながら、ディアンヌは出かけたのだった。


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