③①
『ディアンヌ、わからないことがあったらボクに聞いてね』
『ボクがそばにいるから安心してね!』
ディアンヌはピーターの気持ちが嬉しくてたまらなかった。
だからこそ、少しでも力になりたいと思う。
一つだけ心配なのは、ピーターは相変わらず少食だということ。
このままでは体調を崩してしまうのではないか、そう心配していた。
ディアンヌはマリアに髪を整えてもらい、軽装のワンピースに着替える。
怪我が治り、自由に動ける足もある。
そしてメリーティー男爵家から荷物が届いたため、やることは一つである。
「マリアさん、わたしに料理をさせてほしいの」
「料理ですか!? それは、もしかしてディアンヌ様が使うのでしょうか」
「もちろんです!」
マリアは心底驚いた表情をしている。
たしかにメリトルテ公爵家ではありえないことかもしれない。
しかしディアンヌはその理由を説明する。
「ピーターのために、どうしても作りたいものがあるの」
「そのためにメリーティー男爵領から荷物を?」
「えぇ、畑で採れたたくさんの食材やフルーツを送ってもらったのよ!」
ディアンヌの熱意に押されてか、マリアたちも渋々納得してくれたようだ。
料理人たちもピーターのことを気にしてか、マリアの説得もあり、なんとか調理場を貸してもらえることになった。
ディアンヌは目に見えて体の細さが目立つようになってしまったピーターのために、料理を作ろうと思っていた。
料理人たちもピーターがほとんど料理を口にしないことに責任を感じているらしい。
積極的にディアンヌを手伝ってくれている。
実はディアンヌもここ最近、ベルトルテ公爵家の料理が豪華すぎるため、胃もたれしていた。
徐々に食べる量は少なくなっていき、シンプルなパンとスープに手が伸びる。
慣れていれば当たり前なのかもしれないが、素朴な食事を食べて育ったせいか、シンプルな家庭の味が懐かしくてたまらない。
中にはカトリーヌに肩入れしているシェフもいるのか、ディアンヌを見ては気まずそうに視線を逸らしている。
(……この人、カトリーヌに言われて嫌がらせしていたシェフかしら。でも今はピーターのことが優先よね)
ディアンヌはメリーティー男爵家から届いた箱から大量の野菜を切っていく。
前世と今世を含めて毎日、七人分の料理を作っていたため手際がよい。
鍋に水を張ってから火にかけて、次は小麦粉と水と塩を混ぜて発酵させパンを作っていく。
少し固いが、これがスープによく合うのだ。
ぐつぐつと煮たつ鍋に野菜とソーセージを入れる。
チーズを切ってから皿に並べた。
スープに塩を加えて煮立てていく。
あっという間にシンプルな野菜スープの完成である。
パンも焼き上がり、トレイの上に並べていく。
朝食が出来上がったタイミングでピーターがディアンヌを呼ぶ声が聞こえた。
恐らく部屋にいないディアンヌを探しているのだろう。
匂いに釣られたのか、ピーターがキッチンに顔を出す。
キッチンに立っているディアンヌの姿を見て驚いているようだ。
「ピーター、おはよう」
「お母さん……?」
そんな声がポツリと聞こえたような気がした。
ディアンヌがどう言葉を返せばいいかわからずに、その場に佇んでいるとピーターはハッとした後にディアンヌに抱きついた。
そして彼と手を繋いで、いつも食事をしているテーブルへと向かう。
給仕がディアンヌが作った料理が載ったトレイを目の前に置いた。
「これ……ディアンヌが作ったの?」
「そうなの。ピーターの口に合うといいんだけど」
「食べてもいい?」
ディアンヌはピーターの言葉に笑顔で頷いた。
ピーターは小さな手で食器を手に取る。
そしてスープをすくうと口元に運んだ。
ディアンヌもパンを手に取りつつ、ピーターの様子を窺っていた。
すると、ピーターの目からポロリと涙が零れ落ちる。