75:15-1
【AIOライト 15日目 09:12 (4/6・晴れ) 西の草原】
翌日。
何事もなく一夜を過ごした俺たちは、再びハナサキへと向かい始めた。
「確か予定では、今日の日暮れ頃にハナサキに着く。でしたっけ」
「いや、私の予想ではもう少し早く着くと思っている」
「ん?もう少し早く何すか?」
「ほうほう?」
「どういう事ですか?」
で、ハナサキに向かう道中だが、モンスターなど殆ど居らず、変化らしい変化も見えない道であるため、やはりと言うべきか、歩きながらするのは雑談に近い話ばかりになってしまう。
「あの探索班は道中の目標になりそうな物や危険な物が無いかを探しながら、先の見えない旅をし続けていたはずだからね。その探索スピードは目標の位置も道中の危険も把握している私たちよりも遥かに遅かったはずだ」
「ああなるほど」
「言われてみれば納得ですね」
「シアちゃんに激しく同意」
「先が見えないってのは怖いもんなぁ」
と言うわけで、今はこれから向かうハナサキを発見した探索班についての話である。
「しかし、改めて考えてみると、探索班の人たちっての凄い胆力だよな」
「確かに。何があるのかも分からない所に突っ込んでいくんだもんな。下手すりゃあ新しい特性付きの自動生成ダンジョンに突っ込むよりもすげえかも」
「と言うか実際凄いだろ。少なくとも俺には真似できねえよ」
「だよなー」
マンダリンとクリームブランも言っているが、とりあえず探索班の人たちに対しては、ただただ只管に感謝の気持ちでいっぱいである。
なにせ情報を基に後からこうして追い掛けて行くだけの俺たちよりも遥かにゲームクリアに貢献しているのだから。
本当にただただ感謝である。
「ゾッタ君も同じ意見かな?」
「ですね」
「ボソッ……(なお、そのゾッタ自身が下手な先駆者よりも更に先を行っている模様)」
「ボソッ……(激しく同意。まあ、自分はフォロワーだと思っているようだけどな)」
「ん?」
「「なんでもない、気にするな」」
なお、こういう時には大抵、何時かは誰かがやっていた事だとか言い出す部外者が居るものだが、そんな事を言う人間には絶対にこういう事は為せないと言い切ってしまっても良い。
その一歩を踏み出せる事がどれほど偉大で、素晴らしい事で、尊敬に値する事であるかを理解できていないからだ。
「と、私の話の根拠が見えてきたな」
「話の根拠?ああ、何か見えてきた」
「えーと、樹……みたいですね」
「ああ、本当だ。でっかい樹が見えてきてら」
「へー、あれが……」
と、そうして歩いていると、やがて遠くの方にここ西の草原では異様と言ってもいいぐらいに背の高い樹が見えてくる。
そして、ジャックさんの説明によれば、あの樹の横を通り抜ければ、ハナサキへの道のりの五分の三から四程度が終わったことになるとの事だった。
それならば……うん、確かに探索班が進むのよりも早く進んでいると言えるな。
「ん?」
「どうした?ゾッタ」
「いや、なんか妙なのが見えた気が……」
俺たちは樹に向かって歩いていく。
と、そうやって近づいていく中で、俺は樹の上の方に、幹に埋め込まれるような形で何かが見えたような気がした。
そう、それはまるで黒い石のような……。
「……」
いや、間違いなくアレだった。
つい先日興味本位で触れて、酷い目にあったアレだった。
「マスター?」
「どうしたゾッタ君?」
「いえ、ヤバいものがあるのに気づいただけです」
「ヤバい物?」
「手で触れようとしなければ大丈夫なはずなんで、歩きながら説明します」
俺はジャックさんたちに、三日前に出会ったアルカナボス『百華統べる森の女帝』と言う存在について画像込みで説明する。
「レベル97とか今の時点じゃ完璧に無理ゲーだな」
「しかも取り巻き付きとか、レベルマックスにフルアライアンスでもきついんじゃないか?」
俺の話を聞いたマンダリンとクリームブランの二人は、当たり前だが頬を引き攣らせ、苦笑気味にそう言っていた。
だが実際にアレを目にした者としては、クリームブランのレベルマックスにフルアライアンスでも厳しいという意見は決して笑い飛ばせるものではない。
と言うか、たぶん、それぐらいの戦力が必要なように作られている。
「三日前……ああ、ハナサキの話と被ってしまったせいで、埋もれてしまったのか。流石に今は挑めないからマーキングだけしておくとして……」
なお、ジャックさんは勝てないと分かった上で挑むつもりであるらしい。
何と言うか、昨日の件でも分かっていた事だが、一件常識人に見えて、この人も中々にずれた人と言うか、変わった人である。
「それにしても恐ろしい話ですね。マスター」
「だな、樹の幹に埋め込まれているとか、興味本位で樹を登ってみようとしたプレイヤーをひっかける気しか感じられない」
「それもですけど、あの強さがです。どうしてあんなモンスターに通じるモノリスが、こんな普通の場所に用意されているのでしょうか?」
「んー……そっちについては今は情報が少なすぎるから何とも。何か理由はあるのかもしれないけどな」
なお、この場にあんなモンスターが居る理由は当然ながら不明である。
うん、きっとそれが分かるのはアレと戦える最低限の強さを得てからの話なのだろう。
「てか、何でアルカナなんだろうな?」
「アルカナって言うとタロットカードだよな。22枚だっけか?」
「大アルカナについてはそうだな。ゾッタ君のあった女帝も大アルカナに含まれている」
「てことは、南の森林と目の前のを含めて、他に20体もあんなのが居るんですか……」
「うわぁ……全部倒せるのは何時の話なんでしょうね……」
余談……かは不明だが、ジャックさんによるとアルカナボスとタロットカードの大アルカナは対応している可能性が高く、また錬金術との関わりもそれなりにあるそうなので、この『AIOライト』と言うゲームの中にアルカナに関わりのあるボスが出現することはそれほど奇異な事ではないらしい。
とは言え22体もあんなレベルのボスが居るというのは……ぞっとする話ではあった。
あのレベルのが最低でも22体いるのです。
08/11誤字訂正