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「こんな場所があったんですね……」

「本当だな……」

 俺もシアもただただ呆然としていた。

 それほどまでに目の前の光景は圧倒的だった。

 見下ろせば、高台から見ても一望できない程の広さを持つ湖に空の少し欠けた月が静かに浮かんでいる。

 空を見上げれば、湖面に浮かんでいる物と同じ月が、無数の星々と共に輝きを放っている。

 暗くてよく見えないが、湖の周辺には無数の木々が風に揺れて鳴る音も含めて、湖全体が神秘的な雰囲気を放っていた。


「と、とりあえず、湖を回り込んで平地に近い場所を探すか。崖の上は色々と拙い」

「そ、そうですね」

 しばらく湖を眺めつづけていた俺とシアはふと我に返り、西側の崖を通る形で移動を始める。

 モンスターの気配はしないが、崖の上ではモンスターに襲われた時に対応が難しいからだ。


「この辺りにも茨は来ているんですね」

「みたいだな」

 森の中にも有った茨は湖の周囲にも張り巡らされていた。

 木に巻き付いている物は勿論の事、地面から生えている物、崖から飛び出しているものもある。

 そこに規則性のような物は見えないが、生命力の強さについてはよく感じられた。


「しかし、この茨は何なんだろうな?」

「さあ?」

 なお、この茨についてだが、先述の通り触れればそれだけでダメージを受ける。

 そして、無理に通り抜けようと思ってもそう簡単には通り抜けられないし、斧で攻撃をしても切れたりはしない。

 その為、実質的に壁のような機能を有している。

 有しているが……何故こんな物がこの場にあるのかの理由についてはよく分からない。

 これだけ大量に茨が生えているならば、何かしらの生えている理由があってもおかしくはないはずなのだが。


「ん?あれは……」

 そんな事を思いながら歩いていると、やがて俺たちの視界に一つの物が見えてくる。


「これまたすごいな……」

「モノリス……とでも言えばいいんでしょうか?」

「いいんじゃないかな」

 それは湖の水際に立てられた巨大な黒い板(モノリス)

 大量の茨に覆われているため、板の表面の詳細は分からないが、その高さは低く見積もっても10メートルは確実にある。

 正直、ここまで大きいと本当に人が造ったものなのかと思えてしまうが、茨の合間から見える直線を見る限り、人が造ったもので間違いは無さそうである。

 いやまあ、それを言ったら、そもそもこの世界自体が『AIOライト』と言うゲームなので、あの悪魔が作ったものなのだが。

 と言うか、何でこんな場所にこんな物があるんだろうな?色々と謎すぎる。


「しかし、本当にこの茨は何なんだろうな。まるで中のモノリスに触れないようにしているみたい……」

 俺はモノリスに近づくと、モノリスの材質が何なのか、モノリスに何か書かれていないかを確かめるべく、茨に隙間が無いかを探してみる。


「ん?」

「どうしました?」

「いや、ここに腕を入れるぐらいは出来そうな隙間があってな」

「隙間ですか……」

 そうしてしばらく探していると、丁度モノリスの正面に茨が多少薄くなっていて、モノリスに触れそうな穴が有るの見つける。


「ちょっと触ってみていいか?」

「はい、分かりました」

 モノリスに触れれば、少しは分かる事があるかもしれない。

 そう判断した俺は、シアに警戒を促した上で穴に手を突っ込んで、モノリスに触れようとしてみる。


【ゾッタはアルカナボス III女帝 『百華統べる森の女帝』のモノリスに触れた】

「は?」

「へっ?」

 モノリスに指先が触れるか否かという瞬間。

 俺の前にメッセージが現れる。

 アルカナボス?女帝?『百華統べる森の女帝』?何のことだかまるで分からない。


【全プレイヤー中初めて III女帝 のモノリス触れましたので、強制的にイベントを進行します】

「っつ!?シア!」

「はい!『癒しをもたらせ』!『力を和らげよ』!」

 分からないが拙い。

 そう判断した俺は穴から手を抜くとシアの下に駆け寄り、シアが魔法を掛け終ったタイミングで背中合わせになって周囲を警戒し始める。


「ぐっ……」

「転移……ですね」

 周囲の風景がモノリス含めて歪み始める。

 その中でも俺とシアは、今の俺たちに出来る最大限の警戒をしていた。

 アルカナボスと言うのが何であっても、不意討ち一発で終わらない自信はあった。


「っつ!?」

「これ……は……」

 だが、その自信は転移した先……淡い色の花で埋め尽くされた花畑に着いた直後に失われた。


「ははっ……」

 花畑は直径で100メートル以上あるような広大な物であり、花畑の周囲は茨の壁で覆われ、その向こうには光が一切射さないぐらいに深い森が広がっているようだった。

 空には今までの黄色い月ではなく、血のように真っ赤で禍々しい月が浮かんでいた。

 花畑の中心には巨大な花の蕾と、その花を守るように無数の植物がキメラ状に組み合わされた塊が、圧倒的な……ただ視界に収めているだけで精神力を削られるような威圧感を放ちながら存在していた。


『ほう……久しぶりに害虫が紛れ込んだか……』

「マス……ター」

「心配しなくても分かってる……」

 蕾が開き、中から最低限の部位だけ隠した妖艶な女性の腰から上だけが現れる。

 その声はとても蠱惑的でありつつも、それ以上の恐怖を俺とシアの心に刻む物であり、ただ聞いているだけで鳥肌と冷や汗が生じるような物だった。

 ああ間違いない。

 これはもう間違いない。


『ふふふっ、害虫は害虫でも害虫の幼虫だが、それでも手加減する必要はなさそうだの。それが妾の存在意義(レゾンデートル)を満たす一番良い手になりそうじゃ』

 女性の頭の上に敵である事を示す赤いマーカーが現れる。

 その横に示された名前はモノリスに触れた時にも出た『百華を統べる森の女帝』。

 レベルは……レベルは97、そしてHPバーの下にはそれ一本削っても終わりでない事を示すように緑色の珠が12個も並んでいる。

 現状ではどう足掻いても絶対に勝てない。

 そんな分かり易い絶望だった。

 尤も……


『では、まずは小手調べといこうかの』

「「!?」」

「「「ーーーーーーーーーーーーー!!」」」

 絶望の具合で言うならば、『百華統べる森の女帝』が俺たちの周囲に出現させた植物型モンスターの群……百以上の赤マーカーの方が上だったかもしれない。


 アルテマグラスLv.97

 アルテマウッドLv.97

 アルテマブロッサムLv.97

 アルテマナッツLv.97

 アルテマバルブLv.97

 アルテママッシュLv.97


 だってそうだろう。


 アルテマカクタスLv.97

 アルテマケルプLv.97

 アルテマアルラウネLv.97

 アルテマドリアードLv.97

 アルテマシダレLv.97

 アルテマモスLv.97


「どう足掻いても無理ですね。これ」

「どう見てもエンドコンテンツです。本当にありがとう……」

 ほんの僅かにでも実力差が狭まったおかげで、より実力差が実感出来るのだから。


 アルテマパンプキンLv.97


「ヒョロッハー!」

「ございましたああぁぁ!!」

「キャアアアァァァ!?」

 そんなわけで、俺もシアも指一本動かす暇もなく、一撃で葬られたのだった。

デスゲームじゃないからセフセフ

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