52:9-8-D7
「キュウゥゥ……」
俺の斧が身体に食い込むのに合わせるように『柔軟な球根の王』の丸い身体が地面に当たったボールのように潰れていく。
『柔軟な球根の王』のHPバーもそれに合わせてほんの少し……1%ぐらい減少する。
そして俺の斧が振り切られると同時に、上からの圧力が無くなった『柔軟な球根の王』は元の形に戻っていく。
「コーン!」
「跳ねたなら……」
すると普通のボールがそうであるように『柔軟な球根の王』の身体も宙へと跳ね上がる。
それを見て俺は追撃を加えるべく斧を振り上げようと思った。
だがそれよりも速く『柔軟な球根の王』の身体に一つの変化が生じる。
「コオオォォン!?」
「!?」
蔓の先に付いている花の一つがいつの間にか開いていた。
そして花の中心からは黄色い花粉のようなものが周囲に撒き散らされていた。
「ぐっ、これ……は……」
攻撃の為に息を吸い込もうとしていた俺はその花粉を吸ってしまう。
すると途端に体が動かなくなり、瞼が上がらなくなっていく。
「……」
何かしらの拘束系状態異常だという事はステータス表示を見るまでもなく分かった。
問題はその拘束能力の強さと性質。
それによってはこのまま『柔軟な球根の王』に嬲り殺しにされるだけである。
「キュー……」
「……」
強さは言うまでもない。
指一本自分の意思では動かせず、完全な暗闇によって周囲の状況を知る事も出来ず、立っているか横になっているかすらも分からない。
こんな状態になる状態異常は……ああ、やはりそうか。
「コオオォォン!」
「ぐっ……!?」
腹に強い衝撃を受けると同時に俺の
そう、俺が『柔軟な球根の王』に受けた状態異常の正体は
恐らくは物理攻撃を受けるまで防御を含めたあらゆる行動を取れなくなる、大概のゲームにおいて最も凶悪な状態異常の一つだった。
「ダメージは……」
「キュウウゥゥ……」
目覚めた俺は俺の胴体に体当たりした反動でか、遠くに吹っ飛んでいく『柔軟な球根の王』の姿を捉えつつ、自分のHPバーの状態を確かめる。
「は?」
だが減っているHPバーの量は俺の想像よりも遥かに少なかった。
間違いなく90%以上残っている。
いや、下手をすると眠らされる前よりも増えているぐらいだった。
「そういや……そう言う仕様だったか……」
「キュー」
『柔軟な球根の王』がゆっくりとこちらに向かって再接近してくる中、俺は『AIOライト』のとある仕様を思い出していた。
『AIOライト』でのプレイヤーの自然回復速度はステータスの回復力と、プレイヤーの状態による。
では、より早く回復するプレイヤーの状態とは?
基本的には楽な姿勢を取っている事と安心していられる状況だ。
つまりは、非戦闘状態の精神状態で、座っていたり、横になっていたり、眠っていたりすれば、より早く回復できる。
そう、眠っていたりすれば……だ。
「何と言うか、此処まで完璧にメタ張れてると、作為的な物を疑いたくなるな。ただの偶然だとしてもだ」
恐らく、プレイヤーが自分の意思で眠るのと、外部からの干渉によってスリープの状態異常に差はないのだろう。
だから俺のHPは新緑の杖の『ソイル』と『リジェネ』の効果もあって、通常では有り得ない勢いで回復した。
ボスから受けたダメージもあっさり回復できてしまう程の速さで。
「キュー……」
「まあいい、俺に有利な情報なんだしな。これなら蔓の間合いに留まらないように戦うだけだ」
俺は『柔軟な球根の王』に向けてゆっくり接近する。
『柔軟な球根の王』も俺に向けてゆっくりと移動する。
「キュコオオォォォン!」
「おう……」
そして『柔軟な球根の王』が蔓を振るった瞬間、防御姿勢を取りながら俺は『柔軟な球根の王』の懐に向けて飛び込み、先程よりも受けるダメージを抑えつつ接近。
「らああぁぁ!」
「コオオォォン!」
斧を縦に振り、先程よりも量を増したスリープの状態異常をもたらす花粉を浴びつつも『柔軟な球根の王』にダメージを与える。
すると当然俺はスリープの状態異常にかかるが……
「コーン!」
「ぐっ……」
直ぐに『柔軟な球根の王』が俺の胴体に体当たりをしてきて、俺は目覚める。
HPバーが殆ど減っていない状態で。
「いいねぇ、パターン入った」
この時点で俺は『柔軟な球根の王』に他の行動パターンが無い限り、後は俺の気力次第だと思った。
なにせ『柔軟な球根の王』には遠距離攻撃手段はなく、近距離の攻撃手段である体当たりは特性:ソフトで威力が下がっているし、連続で使う事も出来ない。
唯一危険視すべきは中距離の蔓攻撃だが、それも即死する威力ではない。
ならば、後は繰り返しだ。
回復力によってHPを維持して戦う。
それだけでいい。
この時はそう思っていた。
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【AIOライト 9日目 22:32 (2/6・晴れ) 『柔軟な森の洞窟』】
「ぜぇぜぇ……まだ落ちないのか」
「キュウウゥゥン……」
戦闘開始から四時間。
『柔軟な球根の王』の残りHPは10%もないぐらいにまで来ていた。
だが俺のHPも残り50%を切り、回復アイテムであるプレンメディパウダーは尽きていた。
新緑の杖の『ソイル』と『リジェネ』を使うためのMPも油断していると無くなりそうな感じだった。
「すぅ……はぁ……」
「コオォォン……」
はっきり言って俺は追い詰められていた。
そしてこうなってしまったのは、幾つかの想定外が有ったからだ。
「流石はボスと言うべきなのかね……」
一つは『柔軟な球根の王』が想像以上にタフだったこと。
流石はボスと言うべきか、俺の貧相な火力では中々削れなかった。
「キュウウゥゥ……」
もう一つは『柔軟な球根の王』の放つ状態異常に対して俺の身体が耐性を得てしまい、スリープの状態異常による回復を得られなくなってしまった事。
本来ならばプレイヤーに味方する仕様が、今は逆に仇になってしまっていた。
「……。賭けに出るか」
俺は『リジェネ』の効果が切れると同時に新緑の杖を背中に提げ、斧を両手で持つ。
こうすれば、多少は相手に与えるダメージが増すはずである。
「キュウウゥゥ……」
対する『柔軟な球根の王』も、いつの間にか全ての花が咲いた蔓を自らの頭上で勢いよく回している。
「コオオオォォォン!」
「行くぞごらああぁぁ!」
『柔軟な球根の王』の攻撃に合わせて俺は一気に前進する。
そして、残りHPが10%を切るところまで削られるも、その懐に入ることに成功する。
「ふんっ!」
「キュ!?」
懐に入った俺は『柔軟な球根の王』の身体を殴る。
ただし、叩けば弾んで飛んで行ってしまう球体型の本体ではなく、叩いても弾まない上部の蔓をだ。
「ふん!」
「キュコ!?」
続けて斧を振り上げるように叩いて『柔軟な球根の王』を浮かせる。
「ふん!」
「オ……」
振り下ろし、『柔軟な球根の王』地面に叩き付ける。
それに合わせて僅かにだが蔓が動く。
「ふん!」
「ゴ!?」
だから俺は地面で跳ね返り、目の前にまで来た蔓を再び横に殴り、『柔軟な球根の王』の身体全体を縦回転させることによって蔓の動きを止める。
「すぅ……はっ!」
「!?」
そして息切れし、止まりそうになる身体を無理やりに動かして、出せる力の全てで斧を振り抜き……『柔軟な球根の王』のHPを尽きさせた。