46:9-2-D1
「さて、行くか」
何時までも周囲の観察をしていても仕方がない。
俺はそう考えると目の前の根に向けて一歩目を踏み出す。
「ん?」
するとそこで俺は妙な感覚を覚える。
「ん?ん?」
疑問に感じた俺は二歩目を踏み出そうとせず、足の裏の感覚を落ち着いて確かめる。
俺が一歩目を踏み出した場所……よく見れば周囲の根に比べて若干色合いが明るいそこは、周囲の根に比べて明らかに柔らかく、程よい弾力も持っていた。
そしてよく見れば、壁にも同じような場所が幾つもあった。
「……」
俺はこの不思議な感触について、何か当てはまる物がないかと頭の中で考える。
で、プリン、ムース、ババロア、マシュマロと、感触が近い物は色々と思い浮かんだ。
思い浮かんだが……一番感触が近いと感じたのは、昨日、膝で踏みつけたシュヴァリエの胸にあるそれだった。
「煩悩ぇ……」
一番近いと感じた感触がそれと言うのは正直どうかと思うのだが、実際に近いのだから仕方がない。
それに、感触が近くとも、実際には木の根や幹だ。
床や地面からそれだけが出ている光景なんてものを実際に想像したら……うん、全然羨ましくない。
これなら惑わされる事は無さそうだ。
「ただ、普通に気をつけるべきではあるな」
尤も、煩悩関係なしにこの柔らかさは気をつけるべきではあるだろう。
戦闘中にうっかりこの場所を踏みつけたりすればどうなるのか、その想像は容易い。
あると思った足場がないというのは、案外厄介な物なのだ。
「じゃ、改めて出発しますかね」
このダンジョンで注意するべき事は分かった。
そう判断した俺は蔓と葉っぱで出来た扉を開け、自動生成ダンジョン『柔軟な森の洞窟』の攻略を始めた。
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「と、敵か。あれはダンゴムシ……じゃないな」
『柔軟な森の洞窟』の探索を始めた俺が最初に出会ったのは、見るからに硬そうな甲殻を持った巨大な虫。
一瞬ダンゴムシとも思ったが、ダンゴ虫にしては平たいし、足が七対もある時点で昆虫ではない。
口の牙は案外鋭く、木の根の表面に付いている何かを食べているような状態だった。
うーん、何に近いと言われれば……化石でよく見る三葉虫が俺の知識の中では一番近いと思う。
尤も、体長が1メートルを超え、体高もそれなりにある虫と言う時点で、人によっては卒倒ものなのだろうが。
「リ?」
「気付いたか」
と、巨大な虫……ソフトリギアLv.5が俺に気づいたのだろう。
触覚と目で俺の事を捉えつつ、木の根に対して何かしているのを止めて、こちらを向く。
マーカーはアクティブ、何時襲い掛かって来てもおかしくない状態である。
なので俺は右手に斧を、左手に新緑の杖を握り、身構えた。
「リイイィィ!」
「っつ!?」
次の瞬間。
見た目からはとても想像できない速さで突進してきたソフトリギアの頭部が当たっていた。
「こ……」
ソフトリギアの牙によって噛み付かれるのを恐れた俺は慌てて斧を振り下ろそうとする。
「の?」
「リイイィィ……」
だが、そんな俺の行動よりも早く、素早く投げられた柔らかいボールが壁にあたって跳ね返っていくように、ソフトリギアの身体は宙に舞っていた。
「……」
俺は自分のHPバーを見てみるが、HPバーは10%も減っていなかった。
腹に残っている感触も、ドッジボールで少しいい球を受けたぐらいである。
これならば、自然治癒に任せても十分なくらいである。
「とりあえず殴るか。よっと!」
「リギュ!?」
地面に落ちたソフトリギアはその場に留まれず、ゴムボールのように弾み、宙に浮いていた。
そこに俺の斧が横振りで当たる。
「リギュウウゥゥ!」
ソフトリギアの身体から紅い燐光が生じると同時にHPバーが10%程削れる。
そしてHPが削れたソフトリギアの身体は近くの壁に当たり……
「あ、やっぱりそうなるのか」
「リイィィ!?」
反動でHPが削れつつ返ってくる。
どうやらこちらの攻撃によって壁に当たった場合、激突によるダメージを与える事が出来るらしい。
そして思う。
本来のリギアと言うモンスターは硬い甲殻に素早い動き、そして鋭い牙を合わせ持つ強力なモンスターだったのだろう。
だが、ソフトと言う特性によって与えられた柔らかさによって甲殻がゴムボールのようになってしまった。
特性とモンスター、お互いの長所が見事に潰されてしまった、正に悪い組み合わせの見本である。
「ま、手加減する必要はないな。キモイし」
「リギイイィィ!!」
尤も、倒す側としては別に気にする事ではないので、ソフトリギアの壁打ちを始めるだけだったのだが。
「うし、撃破完了」
で、数分後。
無事にソフトリギアを撃破した俺は剥ぎ取りを行っていた。
△△△△△
ソフトリギアの甲殻
レア度:1
種別:素材
耐久度:100/100
特性:ソフト(柔らかくしなやかである)
ソフトリギアの身体を守る甲殻。
その甲殻は金属のように硬いが、金属よりも遥かに軽く、優れた防具になる。
なお、リギアとはフナムシの事である。
▽▽▽▽▽
「ああうん、確かに防具としては使えそうだな」
ただし、防具は防具でも剣や槍と言った刃物を防ぐための防具ではなく、鈍器の類を防ぐための防具としてだが。
まあ、いずれにしても確保しておく価値のある素材である。
そう判断した俺はインベントリにソフトリギアの甲殻を収める。
【ゾッタの戦闘レベルが4に上昇した。戦闘ステータスの中から上げたい項目を一つ選んでください】
「ん?レベルもか」
続けてレベルも上がる。
昨日までの稼ぎもあるのだろうが、一応格上だったので実入りが良いらしい。
「とりあえず……回復力を上げるか」
俺は画面を操作して回復力を上げる。
実数値20は既に達成しているが、この状況だ。
何かしらのステータスに特化しておいた方が勝率が上がりそうな気がする。
△△△△△
ゾッタ レベル4/5
戦闘ステータス
肉体-生命力13・攻撃力10・防御力10・持久力9・瞬発力10・体幹力10
精神-魔法力10・撃魔力10・抗魔力7・回復力16+2+3・感知力10・精神力11+1
錬金ステータス
属性-火属性10・水属性10・風属性10・地属性10+1・光属性7・闇属性10
分類-武器類11・防具類10・装飾品13・助道具13・撃道具10・素材類13
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「よし、行くか」
そうして無事に戦闘後の処理も終えた俺は、『柔軟な森の洞窟』の奥に向かって探索を再開した。
特性は相性次第で良くも悪くもなります。
07/22誤字訂正