42:8-2
「僕の名はシュヴァリエ!この閉ざされた世界で剣の道を究めんとする騎士だ!」
「……」
「亀ヘルメット君。君の戦いは見させてもらった。斧と杖の二刀流、僕は見た事が無いものだったが、実に素晴らしいものだったよ!」
シュヴァリエと名乗った少年は、劇とかでよく騎士が名乗りを上げるシーンでやるように細剣の刃を自分の顔の前に持ってくると、何処か芝居がかった口調で話し始める。
そこに俺の感情を気にする気配はない。
後、亀ヘルメットと言うのは俺の事なのだろう。
少し離れた場所には他のプレイヤーもいるが、シュヴァリエの近くには俺しか居ないのだし。
「だから僕は剣の腕を磨くためにも君に決闘を申し込む!」
【シュヴァリエさんから決闘が申し込まれました。 YES/NO】
「……」
シュヴァリエが俺に向けて細剣の刃先を向ける。
それと同時に、俺の目の前に決闘を受けるかどうかを告げる画面が表示される。
決闘なんて機能があったのかと一瞬思うが……うんまあ、こんな物の選択肢は決まっているな。
「誰が受けるか」
「なっ!?」
俺がNOを選択すると、シュヴァリエが信じられないものを見るような目を俺へと向けてくる。
俺としてはシュヴァリエのそんな反応にこそ信じられないものを見る目を向けたいのだが……たぶん、向けた所で無駄だろう。
なにせこういうタイプは決まって……
「どうして受けないんだ!別に決闘の一つや二つぐらい受けたっていいじゃないか!」
【シュヴァリエさんから決闘が申し込まれました。 YES/NO】
人の話と言うのを碌に聞かないからだ。
「だから受けないっての」
「なななっ!?」
俺はNOを選択しつつ、シュヴァリエの装備と姿を確認する。
武器は恐らく俺と同じでプレンスチール系統、防具もまあ、だいたい同じくらいか、軽さを優先しているのか金属パーツは殆ど見られないが。
となればレベルについてはだいたい俺と同じくらいと見ていいだろう。
体格については俺より頭一つ分程度は小さく、容姿は金髪碧眼のポニーテールで、黙っていれば美少年……いや、服装次第では美少女でも行けるだろうか。
性格は……まあ、今までの言動からだいたい察せられるな。
「べ、別にいいじゃないか!決闘と言ったって、HP全損じゃなくて半減で決着がつくモードだし、戦闘レベルの経験値だってちゃんと入るんだよ!」
【シュヴァリエさんから決闘が申し込まれました。 YES/NO】
「……」
うーん、しつこい。
二度も断れば普通は諦めると思うんだがな……。
かと言ってこの手の輩を無視して放置したりすると、それはそれで面倒事を招くんだよなぁ……場合によってはPKを仕掛けてくる可能性だってある。
こうなったらやり過ぎでのアイテムロストの危険性はあるが、仕方がないか。
「分かった。決闘を受けてやる」
「本当かい!ヤッター!今日は誰も乗ってくれなくて悲しかったんだ!!」
俺はシュヴァリエからの決闘の申請に対してYESのボタンを押す。
すると画面が消え、代わりに決闘開始までのタイマーが表示される。
そしてそれに合わせるように、俺とシュヴァリエの周囲を一周する形で地面に青い線が引かれる。
どうやら、決闘のフィールドの範囲は限られているらしい。
「ふっふっふ、さてそれじゃあ、この僕、シュヴァリエの華麗なる剣技を見せてあげるよ」
シュヴァリエがフェンシングのようなポーズで細剣を構える。
その姿は中々様になっており、慣れをうかがわせる物だった。
ただ、そう言う構えを取るという事は……まあ、そうなのだろう。
「はいはいっと」
対する俺は右手にプレンスチールタバルジンを、左手に新緑の杖を持ち、左手を前に出しつつ腰を多少低くする。
それにしても今更な話だが、何故鉄製なのにスチール……鋼なんだろうな?
いやまあ、鉄と鋼の差は含んでいる炭素の量の差らしいけどさ。
「……」
「……」
と、そんなどうでもいいことを俺が考えている間に、周囲のプレイヤーたちも俺たちの存在に気づき始めたのか、少し騒ぎ始めており、中にはこちらに向かって来ている者も居る。
ま、見物客ぐらいは別に居てもいいだろう。
「3……2……1……」
カウントがゼロに近づいていく。
「スタート!」
「!?」
そしてカウントがゼロになった瞬間。
俺の予想通りにシュヴァリエは俺に向かって突進を仕掛け、鋭い突きを俺の胸に向けて放ってくる。
なるほど、名乗りと名前は伊達ではないらしい。
だがしかしだ。
「ふんっ!」
「うぐっ!?」
「「「!?」」」
俺とシュヴァリエのHPバーが俺の方が若干多い形で削れる。
だがその代わりにシュヴァリエの身体は綺麗にくの字に曲がっており、シュヴァリエの細剣は俺の左腕をかすめる程度に留まっていた。
俺が何をしたのか?
そんなの決まってる。
真っ直ぐに突進してくるシュヴァリエの腹に向けて反射的に蹴りを入れただけだ。
勿論、痛みについては『AIOライト』の中だから痛みは無く、多少の不快感を感じるだけだろう。
だがそれでも俺の足と言う物理的な障害があるために、シュヴァリエの身体は曲がり、その頭は丁度いい位置に来ていた。
「ふんっ!」
「あだっ!?」
なのでまずは一撃、足をひっこめると同時にシュヴァリエの後頭部に斧を叩き込んで、地面に這いつくばせる。
「『リジェネ』」
「このっ……いぎっ!?」
そして新緑の杖の魔法を一つ発動させつつ、起き上がろうとしたシュヴァリエの右腕を蹴り飛ばして、攻撃を阻止しつつ仰向けにさせる。
「さて……」
「うぐっ!?ちょっ、まっ……ヒッ!?」
「ふんっ!」
で、右腕を左足で、胸の辺りを右膝で上から抑え込みつつ、俺はシュヴァリエの眼前で斧を持った右腕を大きく掲げ……振り下ろす。
「おね……」
「ふんっ!」
当然、シュヴァリエは空いている左手でもがき、俺にもダメージを与えてくるが、俺の回復力の前では微細なダメージは無いも同然である。
と言うわけで構わず続けて振り下ろす。
「ぼ……」
「ふんっ!!」
で、折角なので最後の一撃は新緑の杖を添えて振り下ろす。
勿論、シュバリエの言葉は聞かない。
挑んできたのはそちらだしな。
「きゃいん!?」
すると丁度いいところに俺の斧が入ったのだろう。
妙に可愛い声の悲鳴と共に残り五割ほどあったシュヴァリエのHPバーは底を尽き、白い光に包まれてシュヴァリエは消えてしまった。
どうやら死に戻りさせてしまったらしい。
「勝ったか」
何にせよ俺の勝ちには変わりない。
俺は決闘に勝利した表示が出たのを確認すると、他のプレイヤーたちが何処か怯えた様子になっているのを感じつつ、再び街に向けて歩きはじめた。
「と、そう言えば……」
そうしてしばらく歩いたところで気づく。
シュヴァリエの胸のあたりを押さえていた右膝に妙に柔らかい感触が残っている事に。
「アイツ、女だったんだな」
それはつまり、あの見た目でシュヴァリエは女だったという事である。
「ま、いいか。別に」
まあ、決闘の最中の事。
気にする必要など全くないのだが。
ヒロインではなくアホの子ですよ
07/19誤字訂正