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土曜日なので二話更新です。

こちらは一話目です。

「……。始めるか」

 俺は回復力溢れる樹の枝、地力満ちた樹の枝、壊れた装備品(杖)を取りだすと、入手した順番にそれらのアイテムを錬金鍋の中に放り込んでいく。

 すると前回(新芽の指輪)と異なり、今回はこの時点で明確な変化が錬金鍋の中で生じる。


「茨ねぇ……」

 それは黒土の色をした茨。

 鍋の中を埋め尽くすほどの大量の茨が何処からともなく生じ、あらゆるものを拒むように鍋の中でのたくっていた。

 これでは手を入れて魔力を注ぎ込む事が出来ない。

 痛みを嫌がるのであれば……だが。


「ハハッ!舐めるなよ枝風情が!」

 俺は笑顔を浮かべると、勢いよく錬金鍋の中に左腕を突っ込む。

 すると普段の戦闘のような違和感、不快感ではなく、明確な痛みを伴って俺の腕に茨が突き刺さり、茨が動く事によって傷口が抉られ、俺の腕から大量の赤い燐光が生じる。


「さあ、たっぷり吸いやがれ!」

 だが俺に退く気はなかった。

 代わりに普段の錬金術の時と同じように魔力を注ぎ込む。

 魔力を注ぐのに合わせて茨が成長し、腕に絡み、俺の身体を鍋の中に引きずり込もうとするのに対して両脚で踏ん張り、鍋の縁で堪えて見せる。


「さあ……十分に吸ったな。なら今度はこっちの番だ」

 やがて俺を引き摺りこむのを諦めたのだろう。

 肘まで来ていた茨が枯れ落ち、鍋の中に還っていく。

 俺も十分に魔力を注ぎ込めていたので、腕を退き、代わりに両腕で櫂を持ち、茨だけの鍋の中を睨み付ける。


「……」

 前回と違って頭の中でざわつく声のようなものはない。

 これから言うべき事は分かっている。

 つまり躊躇う必要も迷う必要もない。


「錬金術師ゾッタの名において告げる」

 俺は櫂に魔力を注ぎ込みつつ、櫂を茨の中に突き入れる。

 そして何本もの茨を断ち切りながら、鍋の奥底に沈んでいるそれらの近くにまで櫂の先端を近づける。


「異なる生まれ、異なる道、異なる力を秘めし三つの枝よ!一つになるべき物たちよ!」

 それらに櫂の先端が触れ、櫂が動くと同時にそれの一つが鍋の表面近くにまで上がってくる。

 さあ、ここからだ。

 此処からが戦いだ。


「我が意のままに一つになるならばそれで良し、拒むならば……全力で抗うがいい!」

 それが鍋の表面にまで上がってきた瞬間、黒い茨が俺の顔面の真ん中に向けて伸びてくる。

 避けなければ、確実にHPが全て消し飛ぶ速さと鋭さだった。


「回復力溢れる樹の枝、如何なる困難にもくじけず向かい続ける枝よ!枝だけになれども足掻き、生を掴まんとするその意思は称賛に値する!称賛に値するが故に……」

 なので俺は首を少しだけ捻って茨を回避すると、叫びながら櫂を突き入れ……


「撃ち砕く!」

 回復力溢れる樹の枝の自己意思の中心点を撃ち砕き、破壊し、その意思を一時的にだが霧散させる。


「地力満ちた樹の枝、大地の恩恵を一身に受け止め育った枝よ!大地と離れてなお強き繋がりを持ち続け、大地と共にあらんとするその思いは褒め称えるべき物だろう!であるが故に……」

 続けて土煙のようなものと茨の棘が鍋から湧き上がり、俺の身体を突き刺そうとしてくる。

 避ける事は当然できない。

 だが俺は全身を刺す痛みを無視して言葉を紡ぎ続け、櫂の先をそちらに向けて動かし始める。


「切り潰す!」

 そして地力満ちた樹の枝の自己意思の中心点を切り裂き、潰し、回復力溢れる樹の枝と同じようにその意思を霧散させ、攻撃を止めさせる。


「壊れた杖……否、森の民の剣にして槍であった古木の枝よ!特別な力が無くとも我に抗い、知恵のみを以って主の仇を討たんとするその心意気には賛同しよう!だが仇が我である!我であるが故に……」

 二本の枝の意思が霧散したのに合わせるように、鍋の中で魔力が高まり、高まった魔力を消費する形で何処か人の……いや、俺が葬ったプレンエルフの姿にも見えるような形となった黒い茨が俺に向かって襲い掛かってくる。

 対する俺は櫂を鍋から引き抜きつつ回転をし、黒い茨の中心に感じるそれに狙いをつける。


「叩き殺す……!」

 バットのように振られた俺の櫂が黒い茨の中にある壊れた杖の自己意思の中心点を正確に叩き、黒い茨の身体ごと鍋の中に叩き返す。

 そして素早く鍋の中に込められるだけの魔力を込めた櫂を叩きつけることによって、壊れた杖の自己意思の中心点を霧散させる。


「さあ、三つの枝よ!一つと成れ!肉支える骨が如く!杖の身と言う名の肉を得て、己たちを骨とせよ!汝らの新しき姿!新しき力!新たなる生はそこに在る!」

 俺は魔力を込めた櫂を動かす。

 動かして、霧散した三つの自己意思を一つに束ねていく。

 勿論抵抗が無いわけではない。

 鍋からは土煙が上がり、茨は何本も飛んでくる。

 だが俺はその全てを無視して櫂を動かし続ける。

 土煙で塞がれた肉の目に頼らず、枝の意思たちの気配だけを頼りに櫂を動かし続け、束ねていく。


「認めよ!改めよ!従えよ!静まれ!鎮まれ!調べ調和させ形を成せ!大地の力束ね表す杖と化せ!それこそが汝らの正しき姿である!」

 土煙が薄まってくると同時に黒い茨の量も減り始める。

 HPバーとMPバーもいつの間にか危険域ではある。

 だから俺は最後の一手に取りかかる。


「さあ、我が前に汝が姿を晒せ!」

 黒い茨の中に俺は再び左腕を突き入れる。

 そして、茨が取り込まれていく先にあるそれを掴みとり、見た目よりも明らかに重いそれを力の限りをもって掴み上げ、掲げ、名付ける。


「新緑の杖よ!」

 黒い茨と青々とした葉を先端から何本も生やした反骨の杖に、新緑の杖、と言う名前を。

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