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29:4-2

本日は二話更新となります。

こちらは一話目です。

「さてと……だ。何時までも感動はしていられないな」

 薄塩味のカロリーバーを三本ほど平らげたところで、俺は改めて錬金鍋の前に立つ。

 昨日考えていた枠の外に出る為の一手と言うのは既に考えてある。

 考えてはいるが……さて、何から作ったものか。


「とりあえず、倉庫ボックスの中身を色々と見てみるか」

 俺は倉庫ボックスの中身を見る。

 普通の素材、モンスターの素材、昨日命がけで入手した特性リジェネ付きの素材、それにただのゴミ同士の掛け合わせで入手した素材も……まあ、一応あった。

 順当に考えれば普通の素材の中から適当に選んで試すべきだろう。

 なにせこれからする事は十中八九失敗すると分かっている事なのだから。

 貴重な素材を使用するべきではない。


「……」

 使用するべきではないが……俺の目は二つ……いや、三つのアイテムからどうしても離れなかった。


 一つは昨日南の森林で回収した普通の薬草。

 一つは俺が今も装備しているプレンウッドリング。

 一つは……昨日『回復力溢れる森の船』で回収した回復力溢れる新芽。


 何と言えばいいのだろうか……俺の目にはこの三つのアイテムが繋がっているように見えるのだ。

 勿論見えるだけで現実に繋がっているわけではない。

 けれどこの三つは一つにするべきであるように感じるのだ。


「干渉……されているんだろうな」

 普通に考えて俺の今の思考は異常である。

 では何故そんな異常な思考が出て来るのか。

 恐らくはGM(ゲームマスター)が何かしらの干渉を俺に行っているのだ。

 それが俺の行為を成功させるためのものなのか、それとも失敗させるためのものなのかまでは分からないが、GMが干渉している事だけは間違いない。

 あの悪魔ならそれぐらいは出来るはずである。


「ああうん、というか間違いなくされているな。でなければこんな事が分かっているわけがない」

 と、此処で俺は気づく。

 いつの間にか俺はどうやればシステムを利用せずに錬金術を行う事が出来るのか、その基本的な手順について知っているという事実に。

 流石に詳しい事までは分かっていないが、それでも最低限必須な作業については把握させられていた。

 ここまで見事な手際でやられてしまうと、自分の頭の中を弄られているという恐怖よりも先に感心してしまうくらいである。

 あるいはこの感心すらもGMの干渉の結果なのかもしれないが。


「……。そうだな、そうするか」

 俺は錬金鍋の裏から櫂を取りだすと、右手でそれを持ち、肩に担ぐ。


「GM、お前の思惑に乗ってやるよ。一部だけな」

 俺は他人には見せられない、牙を見せるような笑みを浮かべる。

 そして正面の錬金鍋を静かに見据える。

 そうだとも、この場の事を知り得るのは俺を除けば、何処かから覗いているGMだけ。

 そして俺にとってGMは味方ではなく、敵と判断するべき相手である。

 そんな相手に表情を取り繕う必要も、感情を抑える必要もない。

 思う存分に、心の命じるままにやるべきだ。


「さて、始めるか」

 俺はインベントリから三つのアイテム……プレンウッドリング、普通の薬草、回復力溢れる新芽を取りだすと、その三つを錬金術の素材として錬金鍋の中に放り込む。

 これでもう後戻りは出来ない。

 成功すれば未知の何かが出来上がり、失敗すればただのゴミの出来上がりである。


「すぅ……はっ!」

 錬金鍋の中に左腕を叩き込む。

 そして普段の錬金術の時のように魔力を与える。

 ただし、錬金鍋の機能に従って吸われるのを待つのではなく、その時の感覚を基に俺自身の意思でもって魔力を注ぎ込む。


「ぬぐっ……ひくか……よ……」

 魔力を注ぎ込むのに合わせて鍋の中の液体が沸騰した湯のように熱くなっていき、突き刺すような痛みを伴ってくる。

 だが退いてはいけない。

 ここで退いてしまっては、俺の資質ではそこには至れない。

 何が立ち塞がろうと退かず、止まらず、歩み続けるのが俺なのだから、この程度の自己意思でどうとでもなる事柄で退いてなどいられない。


「よしっ!」

 そうして十分に魔力を注ぎ込んだところで俺は左腕を鍋から抜くと、代わりに右手に持った櫂を錬金鍋の中に突っ込む。

 これで後は俺の頭の中でざわついているそれの声の言葉を復唱しつつ錬金鍋を掻き混ぜれば、錬金術は成功する。


「だがそれは断る!テメエに与えられる黄金に何ぞ興味はねえんだよ!!」

 だからこそ俺はそれを拒絶する言葉を叫んだ。

 それの声に従って作ったのでは、出来上がるのは俺の作品ではない。

 それで出来上がるのは声の主の作品である。

 俺にそんな下らない物を創る気はない。


「錬金術師ゾッタの名において告げる!」

 俺は叫びながら両手で櫂を握り、言葉に合わせて櫂に魔力を注ぎ込み、注ぎ込まれた魔力に合わせるように櫂を動かす。

 すると櫂の動きに合わせるように、錬金鍋の中で小さな雷が走る。


「木の指輪よ!汝は器だ!力収め、我と共に寄り添い続ける器だ!」

 そうして自らの意思のままに櫂を動かし始めた所で俺は察する。

 これは戦いだと。

 今の己を保つことを望む物たちと、彼らに変革を強要する俺との戦いであると。


「癒しの草よ!汝は繋げるものだ!力と力を繋ぎ、紡ぎ、皆々支える物だ!」

 当然だ、錬金術とは既存の物体の要素を術者の都合で好き勝手に組み替える物だ。

 組み替えられる物にとってこれほど迷惑な事はない。

 だから強要する、調伏する、支配する。

 彼らに命じ、言葉なき反論を切り捨て、新たな枠組みの中での働きを求める。


「力満ちた新芽よ!汝は指輪の核である!形失えども汝の心は残り続け、器の中にて我と共に在り続ける!」

 しかしだからこそ耳を傾けなければならない。

 彼らの何なら出来るのかという言葉に、彼らの何は出来ないという言葉を。

 そして見極めなければならない。

 踏み込んではいけない領域を、彼らとの契約の妥協点を。


「指輪よ!力を収めよ!草よ!力を囲えよ!芽よ!座に座りたまえ!我が魔を贄として汝らが新たな住処を造り上げよ!」

 気が付けば錬金鍋の中身は激しく荒れ狂い、周囲には虹色の雷が乱れ伸び、新緑の色をした無数の泡が弾け咲いていた。

 俺の魔力だけでは飽き足らず、生命力も吸われ始めていた。

 だがそれでも俺は櫂を動かし続ける。

 自分自身の回復力を信じ、物を言わせて、ひたすらに櫂を動かし続ける。


「認めよ!改めよ!従えよ!静まれ!鎮まれ!調べ調和させ形を成せ!春の息吹により生じるものの指輪と化せ!それこそが汝の新たなる姿にして在るべき姿である!!」

 そうしてどれほどの時間櫂を動かしていただろうか、やがて錬金鍋の中身は落ち着いて行き、水量も減っていく。

 気が付けばMPバーは底を尽き、HPバーも危険域に達していた。

 だがまだ終わっていない。

 最後の一手が残っている。


「さあ、我が前に汝が姿を晒せ!」

 俺は錬金鍋の中に火傷したままの左腕を突っ込み、鍋の中心に出来上がっていたそれを掴みとり、掲げる。

 そして言い放つ。


「新芽の指輪よ!」

 俺が俺の意思と力で生み出した新緑色の指輪の名前を。

……。荒行かな?


あ、良い子は真似しないように。

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