2:0-2
【2021年 7月 1日 00:00(木曜日・晴れ) 日本】
【AIOライト 1日目 00:00(???) ???】
「レデイイイィィィィスエンドジェントルメエエェェン!!」
そこは何処かの歴史あるコンサートホールのような場所だった。
俺は場の雰囲気によく馴染んだ座席に座らせられていて、身体は動かせなかった。
そして照明が当たっている舞台の上には一人の女がマイクを持って立っていた。
「56,372人のユーザーの皆様!『Alchemist Inquiry Only Light』の事前登録、誠にありがとうございます!そしてご愁傷様でした!加えておめでとうございます!」
距離はあったが、それでもその女の特徴的な姿と普通の存在でない事はよく分かった。
なにせ女は染めた様子のない橙色の長い髪に、赤い右目と青い左目を持ち、側頭部からは後から付けた感じのしない山羊のような角を生やしていたのだから。
間違いなく普通の人間ではない。
「本ゲーム『AIOライト』はスマートフォン用アプリゲームではなくVRゲーム、それもVRMMORPGなのです!」
俺は女から目を離して、周囲へと視線を向ける。
すると俺と同じように座席に座らされている人影が幾つもあった。
もしかしなくても俺と同じようにこの異常事態に巻き込まれた人間だろう。
ただ、誰も彼もが全身が黒く染められた丸坊主の人型で、誰が誰なのか見極められないようになっていた。
「静粛に、どうぞ静粛に、落ち着いてください。平静を保ってください。重要なのはここからですよ。プレイヤーの皆様。絶対に伝えておかなければならない事が四つほど御座います」
俺は周囲に向けていた視線を舞台上の女に戻す。
今俺が妙に落ち着いてしまっているのは……きっと身体が一切動かず、周囲の人間が動揺している様子も見えないからだろう。
ならば、そうやって落ち着いたまま、あの女の話を聞こう。
何か嫌な予感がする。
「まず一つ目、本ゲームのログインログアウト関係の権限は現在全て、この私、
ログアウトの権限を握られている!?
それはつまり自発的なログアウトが不可能と言う事だろうか!?
そんな事……出来るのか?出来てもおかしくないのか、今こうして俺の意識をこの場に繋ぎ止めているのだから。
「二つ目、本ゲームはデスゲームではありません。死んでも幾らかのデスペナが付くだけで、現実の肉体が死ぬようなことはありません。安心してバンバン死んでください」
デスゲームではない……か。
それはまあ、幸いな話だ。
新作ゲームの事前登録に滑り込んだらデスゲームだったなんて、それだけで憂鬱で死にたい気分になれる話だから、それが無かったのは幸いだ。
代わりに死んでも解放される事はないという別の地獄が存在しているが。
「三つ目、本ゲームのクリア条件はゲーム概要通り……つまりは『賢者の石』を造り出す事です。全プレイヤーの内誰か一人でも『賢者の石』を造り出す事が出来れば、本ゲームはクリア。ログインログアウト権限は全プレイヤーに返還されます」
クリア条件は『賢者の石』を造り出す事ね。
『賢者の石』と言うと……アレか、リアルの錬金術における究極の目標の一つで、不老不死の力を得られるとか、卑金属を金に変えられるとか、そう言う凄い力を持った石だ。
で、大抵のゲームでレアアイテムとして扱われている物だ。
曖昧な知識だから間違っているかもしれないけど。
「四つ目、本ゲーム内の時間と現実の時間は同期しています。つまり、ゲーム内での一秒は現実での一秒であるし、現実での一月はゲーム内での一月です。プレイヤーの皆様の現実の肉体はこちらの方で保護させてもらっていますが……攻略が長引けばお察しの通りです」
……。
予想はしていた……予想はしていたが……恐ろしい話だ。
休みなく攻略し続けたって、MMORPGの攻略が一週間や二週間程度で終わるはずがない。
そうして時間が経って行けば……現実の肉体が何時までも保護されているとは限らない恐怖もあるし、本来の生活が失われていく事になる。
それは、誰にとっても本当に恐ろしい事である。
「はいはい、落ち着いてください。どうか落ち着いてください。現実との乖離が嫌ならば、少しでも早くクリアすればいいのです。混乱しているだけでは何も変わりません。平静を保つのです。平静でなければ見える物も見えなくなってしまいますよ」
誰のせいで混乱していると思っているんだ!
という声がコンサートホールのあちこちから聞こえてくる気がした。
口も含めて体が一切動かないので、間違いなく幻聴なのだが。
「さて、説明はこれで終わり。この後は一時間ほどの時間を使って、各自初期設定を行っていただき、その後、朝の六時から早く設定を終えた方から順にゲームのスタートとなります。また、登録時の規約通り、複垢サブ垢でも事前登録を行った方々については事前登録特典は与えられませんのでご了承くださいませ」
鬼……いや、見た目的に悪魔か。
とにかく悪魔が居るな。
勝手にこれほどまでに理不尽な状況に叩き込んだ癖にプレイヤー間の差をつけるとか本当の……いや、もしかしたら本物の悪魔なのかもしれないな。
こんな超常の現象を起こせるのだから。
「ではでは、頑張るのニャー」
そんな俺の考えを悟ったように女……イヴ・リブラは笑みを浮かべる。
そして、イヴ・リブラの妙に明るい声と共に、俺は再び明かりのない暗闇に向けて落ちて行った。
06/19誤字訂正
08/26誤字訂正