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第6話「古代語魔法で王都を脱出する」

 目が覚めたとき、まわりはまだ薄暗かった。


 時計は……ない。寝てるのはわらのベッド。隣には首輪をつけたセシル。よし、異世界だ。


 ……なんだか騒がしいなぁ。


 目が覚めたのはそのせいか……。


 ファンタジー世界の宿って、遮音性はいまいちなんだな。はじめて知った。


 壁は煉瓦(レンガ)だけど、床は木造だし。


「ドアを壊して一斉に踏み込め」「相手はチートスキル持ち」「寝てるから大丈夫だ」「金づる」「ぶん縛って『契約』させれば一生安泰」とか、物騒な声が聞こえるし──って。


「セシル起きろ!」


「……ナギさま? ……はっ」


 がば、っと起きたセシルが僕の前で土下座する。


「すいませんっ! ご主人様と同じベッドで、しかも起こしてもらうなんて!?」


「そういうのはいいから荷物をまとめて。ここを出るぞ!」


「はいっ」


 セシルはすぐに立ち上がる。


 長い耳はだてじゃないらしい。


 ドアの向こうから聞こえる声が、奴隷商人とスキル屋の声だって、セシルも気づいてる。


 荷物は昨日、宿についてすぐに準備しておいた。


 どうせ、今日すぐに王都を出るつもりだったんだ。


「準備できました!」


「よし、じゃあこっちへ」


 とりあえずドアに椅子を立てかけてつっかえ棒の代わりにして、僕とセシルは壁際に寄る。


 窓は──小さなものが天井近くにあるだけ。


 セシルは出られるかもしれないけど、僕は無理だ。


「……ちっ、開かねぇ! 気づかれたぞ手前らっ!」


 がたがた、とドアが揺れた。


「くそ。もしかしてお楽しみの最中ってやつか? ご主人様に女にしてもらってるのかよ、セシル!」


「…………まだですよね? ナギさま」


「『まだ』ってなんだよ!?」


 どうして目をきらきらさせてるの? そんな予定ないよ! たぶんきっと今のとこ!


 思わず突っ込みながら、僕は壁を探る。


 薄い煉瓦(レンガ)の壁。角部屋だから、その向こうは外だ。


 宿に泊まる前に位置は確認してた。確かこっちに街路樹が──


「お邪魔しますよ。お客様」


 ドアが蹴破られた。


 入って来たのは小男の奴隷商人と、眼鏡を掛けたスキル屋。


 それと、棍棒を持った大男たちだった。


「朝からすいません。あなたがお持ちのレアスキルに興味がありまして。できれば他のスキルも買い取らせていただきたいと思ったのですよ。なに、手荒なことはいたしません。ご一緒に商売を始めたいと、できればあなたと『契約(コントラクト)』──って、話聞けよ!」


「こわいから嫌だ」


 よし、逃げよう。


 僕は壁に向かってスキルを発動させる。


「『建築物強打』!」


 どごん


 煉瓦の壁に穴が空いた。


「逃げるよセシル!」「はい、ナギさまっ!」


 僕たちは穴から外へ。


 街路樹の枝を掴んで──ってこわっ。折れそう。いや、折れる? まずいまずいまずい!


「ナギさま、受け止めますからっ!」


 先に降りたセシルが両手を広げてる。


「無理だろそれは!」


 ええいっ。


 僕は枝から手を放した。数メートルの垂直落下。着地──じーん、と足が痺れる。けど。


 耐えた。


 壁に空いた穴から奴隷商人たちがこっちを見てる。


 あいつらなら穴を通れるかもしれない。でも、大男たちは無理だ。


「ふっ。死にたければ追ってこい。貴様等の胴体にも風穴を空けてくれる!」


「かっこいいですナギさま!」


 いや、無理なんだけどね。



『建築物強打LV1』:部屋の壁や内装に強力なダメージを与える。破壊特性『煉瓦』『木の壁』



 てなわけで、対人破壊力はゼロです。


「いくぞセシル!」


 僕はセシルの手を引いて、夜明け前の町を走り始めた。







「くそっ、しつこいっ!」


 こっちには土地勘がない。


 僕は昨日召喚されたばっかりだし、セシルはずっと奴隷屋の中にいた。


 追っ手の奴らはこの町の住人だ。大通りも路地も知り尽くしてる。


 細い道に逃げれば見つからないと思ってたのに、逆に挟み撃ちにされた。


「左から二人、右から二人か」


 まわりは煉瓦作りの住宅地。


 ドアの開いている家がひとつ、ふたつ。


 逃げ込んでも意味がない。追い詰められて終わりだ。


『建築物強打LV1』は、壁を破壊できるけど、人体にはダメージを与えられないんだから……って、あれ?


「セシル、ちょっと来て」


「は、はいっ」


 僕はセシルの手を引いて、手近な建物の中へ逃げ込む。


 そして、


「『高速分析』」


 スキルを発動。


 高速分析は『周囲の状況』を『素早く』『分析する』


 効果範囲は狭くても、すぐそこまで追いかけて来てる奴らくらいはサーチできる。


 煉瓦の壁と重なり合うようにウィンドウが開いた。


『大男その1』と『大男その2』──わかるのはそれだけ。


 さすがに初対面の敵のステータスまでは無理か。


 でも、ウィンドウの動きから、あいつらの位置はわかる。


 あ、来た。壁の向こうにいる。


 タイミングを合わせて──せーのっ。


「『建築物強打』!」


 どがん


 煉瓦の壁に大穴が空いた


 吹き飛んだ煉瓦が、壁の向こうにいた男たちをなぎ倒した。


 反対側から来てた男たちの動きが止まる。


「追うなと警告したはずだが?」


 にやり、って、あっちは不敵な笑いで威嚇しておいて、っと。


「よし、こっちだセシル」


「ナ、ナギさま!?」


 男たちがひるんだ隙に路地から脱出。


 僕たちは大通りに向かって走り出す。


「やっぱりお力を隠してたんですね! 建物ごと男たちをなぎ倒すなんて!」


「僕は倒してない。建物が勝手にやりました」


「……え?」


『建築物強打』は人間には通じない。壁や家具を吹っ飛ばすだけ。


 壁が吹っ飛んだ先に人間がいたとしたら、それはスキルとは関係ない。


「僕は壁を壊しただけ。その向こうに人がいたのは、ただの不幸な事故だよ」


「……わたしの魔法を使いましょうか?」


「やめとく。目立ちたくない」


「もう充分目立ってると思いますナギさま」


 僕たちは大通りに出た。


 人通りはまったくない。


 あいつらが追いかけてくる。ほんっとにしつこい。


 まったく……朝から働かせるんじゃねぇ。


 こっちは低出力で生きるために王様の勧誘を断ったってのに。


「……しょうがない。セシル」


「はい、ナギさま」


「魔法を使ってよし! ただし殺傷能力がなくて詠唱が早くて、一番地味で威力の弱い奴を」


灯り(ライト)の魔法でどうでしょう」


『灯り』か。


 まだまわりは薄暗い。相手の視力を一時的に奪って、その間に隠れるって手か。


 そして夜明けを待つ、と。よし、それでいこう。


「わかった。『灯り』で敵を足止めしてくれ、セシル」


「はいっ!」


 セシルが詠唱をはじめる。


「『この世界の始まりに在りし根源を呼び覚ます。すべての生命を作り出し、すべての生命の導きとなるもの。夜を追い払い、闇を食い尽くし、植物を養い、生きとし生けるものの希望となりし──』」


「……あれ?」


「『其は我であり、我は其である。元来、無である世界を我は何故照らせしか。揺らぐ、揺らぐ、揺らぐ。すべてを育みながら、触れること能わざる波。夜明けを告げ、天を巡りしものより降り注ぐ。天を満たせしあまたの星々より降り注ぐ。たたえよ。すべての生命はたたえよ──』」


「詠唱(なが)っ? いやこれ『灯り』だよね!? 最弱魔法って言ったよね!?」


 ──もしかしてセシル、『古代語詠唱』使ってる?


 嘘だろ。こんなに詠唱が長くなるのか?


 奴隷商人とスキル屋、大男たちが路地から出てきた。


 僕はセシルの手を引きながら走ってる、けど、追いつかれそうだ。


 まずい──いまさら目くらましをしたって──


「『今まさにここに日輪の元素を召喚せり! 灯り(ライト)』!!」


 セシルの詠唱が完了した瞬間、




 王都に太陽が出現した。




「ぎゃああああああああああああああああっ!!」


 絶叫があがった。


 追っ手の男たちが目を押さえて転げ回ってる──と、思う。


 あいつらみんな光に飲み込まれてるから、その外にいる僕にはわからない。


 巨大な光の球体が、王都の大通りとまわりの家を包み込んでる。


 もちろん、ここにあるのは太陽そのものじゃない。


 あるのは太陽っぽい光だけ。そうじゃなかったら町ごと蒸発してる。


 僕とセシルは影響を受けてない。


 光があるのはわかるけど、まぶしくはない。


 魔法の使用者と、その主人は守られてるらしい。


 だけど、なんだこれ。『灯り』だよね? 攻撃魔法じゃないんだよね!?


 目を覚ました人が叫んでる。犬が吠えてる。興奮した馬が縄をふりほどき、通りを走り回ってる。


「……古代語魔法こわっ」


 魔族が滅ぼされた理由がわかった。


 古代語魔法、威力インフレしすぎだろ。


「やりました! 一番弱い魔法で撃退しました!」


「うん……すごいね、セシル」


 頭を撫でると、えへへ、と嬉しそうなセシル。


 ごめん。僕は君をチートキャラに作り替えてしまいました。


「ところで、普通の『灯り(ライト)』の詠唱って?」


「『精霊よ我が前を照らせ。灯り』! です」


 セシルの指先に直径1メートルくらいの、光る球体が生まれた。


「……それでよかったんじゃないかな」


「せっかくナギさまがくれた新しい力ですから、使ってみたかったんです」


 セシルは祈るように手を合わせて、僕を見た。


 なにその迷子の子犬が主人を見つけたような目。


「……いけないこと、しましたか?」


「いけなくはないけど」


「昨日、はじめてナギさまがわたしの中に入ってきてくださった時、すごく満たされた気持ちになったんです……」


 夢見るような口調で、セシルは言った。


「わたしの一番深いところにナギさまが触れてくれて、わたしも知らなかったわたしを目覚めさせてくれました……恥ずかしかったですけど……うれしかったんです。ナギさまと繋がってることが。昨日までのわたしとは違うんだ、なにも知らなかった時にはもう戻れないんだ……って思いました。身体中がじんじんして、ナギさまが動くたびにわたしの中に稲妻が走ったみたいになって……どうにかなっちゃいそうなのに……もっとしてほしいような……そんな気分になって……またナギさまにして欲しいなって……」


「スキル調整の話だよねそうだよね!?」


 往来でなに言ってんですかセシルさん!?


 あっちこっちで窓が開く音がする。


 セシルが生み出したチートな『ライト』が消えていく……まずい。


「逃げよう。セシル!」


「はい。ナギさまと一緒なら、どこまでも」


 僕たちは走り出す。


 みんなチートな『ライト』に気を取られて、僕たちを見た人はいなかったみたいだ。


 そのあと、城門が開くまで、物陰に隠れて。



 僕たちは王都を脱出したのだった。






今回使用したスキル

「古代語詠唱LV1]

呪文を詳しく唱えるスキルで、現在の魔法では省略されている単語や文法をすべて盛り込んでいるため、詠唱がかなり遅くなる。

代わりに威力は数十倍に跳ね上がり、例えば「ライト」の現代の閃光弾が数分炸裂し続けるのと同レベルの光を発する。光球のサイズは直径数十メートル。巻き込まれると目がくらむどころの話じゃない。かなり危険。とても危険。

代償として、魔力の消費がえらいことになる。


「建築物強打LV1」

殴ったり切りつけたりすることで、建築物にダメージを与えることができる。

「木の壁」「煉瓦の壁」なら、破壊して穴を空けることも可能。

対人攻撃力はないが、建築物の破片が相手に激突した場合はその限りではない。

なお、レベルが上がると壊せる材質が増えたりする。


明日(2月28日)は、午前と午後の2回更新になります。

第7話を午前11時、第8話を午後6時に更新します。

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