99 激闘! 暁の戦い 1
日出前の、まだ
マイル達は既に全員が起き、堅パンと干し肉、固形スープをお湯に溶いたものという、時間のない朝の定番メニューで朝食を済ませ、出発準備をしていた。
「……来ました。12人、後方から。まだこちらを発見していないようです」
「どうして分かるんだよ?」
「……ハンターが、他の者の特技を詮索するのはルール違反なのでは?」
「う……、す、すまん」
護衛のリーダーが、マイルに
以前合同で依頼を受けた『ドラゴンブレス』と違い、そのあたりはきちんとしているようである。
まぁ、調査隊の護衛などという、お堅くて報酬の少ない仕事を受けるようなクソ真面目なパーティなのだから、そんなものであろう……。
「防衛戦を行うわよ。あなたに、調査隊と他のパーティの指揮を任せるわ。
ひとりも死なせず、敵に攫われないように守って頂戴。多少の怪我は許容範囲よ」
「お、おいコラ、ちょっと待て! いったいどういうつもりだ! そもそも、全体の指揮は俺が……」
「まともな武器も持っていない者が、どうするっていうのよ。
それに、私達は『調査隊の捜索、救出』という依頼を受けたのよ。だから、救出のために敵を倒すの。あなた達が受けた依頼は、『護衛』でしょ。なら、後ろで護衛していなさいよ」
「なっ……」
レーナに食って掛かったリーダーは、彼の眼には子供に見えるレーナに軽くあしらわれて、言葉に詰まった。
だが、確かに、金属製の武器を持った敵を相手にするには、木剣や木槍では心許なかった。
魔物相手ならばともかく、対人戦では敵の攻撃を捌くのが精一杯であり、まともに打ち合えば、数合で折れるか切断されるであろう。
「な、なら、前衛のふたりの剣を貸して貰えれば……」
「敵との戦いを前にして、愛剣を他人に貸す剣士がいるものか!」
「だよなぁ……」
メーヴィスに怒鳴られて、がっくりと肩を落としたリーダー。
自分でも、無茶を言ったという自覚はあったらしい。
「そう心配されなくても大丈夫ですよ。昨日も、八人の獣人を簡単に撃退したんですから……」
「な、何?」
フォローしたポーリンの言葉に、信じられない、という表情で眼を剥くリーダー。
恐らく、彼女達が小屋まで到達できたのは獣人の監視網をうまく
「さ、時間がありません。向こうは、こちらを発見すれば、恐らく包囲しようとするでしょう。多分、ひとりも逃さず捕らえて情報が漏れるのを防ごうとするはずですから……。
今更逃げても無駄ですから、このままここで迎え撃ちましょう」
「……分かった」
もう、あれこれ言っている時間はない。リーダーは、やむなくマイルの言葉に頷いた。
「……いました! 既に全員起きて活動しているようです」
「そうか……」
思ったより相手の移動速度が速かったらしく、なかなか追いつけずに焦っていたが、なんとか森を出られる前に追いつけた。
少し前から、至近距離になったらしい兆候はあった。うまくすれば相手が寝ている間に襲撃できるかも、と思っていたが、相手は明るくなり始める前に起きて準備していたらしく、それは叶わなかった。しかし、それでも何の問題もない。相手は、非戦闘員を含む、丸腰の18人。数人の救出員がいたとしても、普通の人間では我々獣人には敵うまい。
そう考えた指揮官は、追いつけたことに安堵し、捕獲については全く心配していなかった。
「よし、包囲しろ。包囲が完了したら、範囲を狭めて、発見された時点で全員姿を現わして降伏を勧告する」
相手に戦う気はあるまい、発見・包囲された時点で諦めて降伏するだろう、との推測であった。
捕らえられても、危害は加えられず、あそこでの用が済めば解放される、ということは分かっているはずである。何度もそう説明したし、今までの待遇からも、それは信じてくれているであろう。なので、武器も無いのに、死ぬ危険を冒してまで抵抗するとは思えなかった。
確かに、その通りであっただろう。
もしそこに、『赤き誓い』がいなければ……。
「視認した!」
メーヴィスの叫びに、皆が緊張して、それぞれの得物を持つ手に力が入った。
しかし、追っ手が12人というのは、『赤き誓い』にとっては少々予想外であった。もう少し多いかと思っていたのである。
しかし、昨日の8人が、自分達の面子を保つためにマイル達の強さを省略して報告したことは予想していなかったし、マイル以外は例の「罠」のことを知らなかったので、それも仕方ないことであった。それに、それは別に困ることでもなかった。
逃げ出した者達に発見されたことに気付き、獣人達は姿を現した。全周を包囲した形で、しだいにその間隔を詰めつつある獣人達。
大木を背中で囲むようにした脱走者達の前には、見覚えのない4人の少女達が、彼らを守るような形で展開していた。
(彼女達が��救出に来た者達か? 少女で4人……。昨日の見張りチームの報告にあった、追い返したという女性パーティか! あの馬鹿共、つけられたな!)
リーダーは、脱走が起きた理由を理解した。だが、今はそんな事を考えている時ではない。
「見ての通り、お前達は包囲されている。無駄な抵抗はやめて、降伏しろ。
まともな武器を持っているのが小娘ふたりだけではどうにもなるまい。我々が危害を加えないことは、分かっているのだろう?」
逃げ出した者達が、木製ながらも一応は『武器』と呼べるものを手にしているのに驚いたが、獣人達のリーダーはそれを顔には出さなかった。駆け引きにおいては、初歩の初歩、である。
しかし、『赤き誓い』は強気であった。
「どうして盗賊を信用して身を委ねなきゃなんないのよ。馬鹿じゃないの?」
「なっ! 我々は盗賊などではない!」
獣人達のリーダーは激昂して叫ぶが、レーナは相手にしない。
「森で突然襲い掛かってきて、武器や荷物を奪って監禁。これが盗賊でなきゃ、一体何だというのよ? それとも、あんた達獣人の間じゃ、そういう盗賊行為を行うのが普通で、それは犯罪でも何でもないのかしら?
それじゃあ、今度、王都でそう説明して広めておいてあげるわ。獣人達の風習を正しく伝えて、互いに誤解のないようにするべきだからね、将来のために……。
で、そう教えてくれた獣人代表のあんたの名前、教えて貰えるかしら? ちゃんと証言者の名前も伝えなきゃならないわよね、勿論!」
「な、な、ななな……」
レーナのあまりの言葉に、言葉が出ないリーダー。
そのようなデマを広められては、獣人の名誉が地に落ちる。しかも、それに自分の名を付けて広められたりした日には、自分や家族どころか、親族全て、村で暮らせなくなる。
しかし、確かに相手の言い分に間違いはない。このままでは、自分達のせいで獣人全体が汚名を
こうなっては、どうしてもここにいる全員を捕らえて連れ帰り、あそこを撤収する時に武器や荷物を全て返却し、本当の理由は隠してうわべだけの事情を話して解放し、誤解を解くしかない。
「……仕方ない。手荒なことはしたくなかったが、そちらがそういう態度ならばやむを得ん、実力行使をさせて貰うぞ!」
「へぇ、実力行使、ねぇ……」
にやりと嗤うレーナ。
それを見て、リーダーが鋭い声で命じた。
「やれっ!」
獣人達は、こちらに対して殺意も無いし、最初に調査隊やハンター達を捕らえた時にも怪我人を出さないように配慮していたらしい。
自分達を殺したり大怪我をさせたりするつもりがないと分かっている相手に対しては、とんでもなく優位で戦える。以前、みんなで話した時に、そういう話題が出た事があった。なので、『赤き誓い』も手加減して戦うことにしていた。ポーリン以外は。
レーナの長広舌の間に呪文を唱え終えていたポーリンは、自分に向かってくる獣人達に即座に魔法を放った。
「……ウルトラホット・シャワー!」
しゃわわわわ~
ポーリンに向かってきた3人の獣人に降り注ぐ、どぎつい赤色をした水のシャワー。
「「「ぎゃああああぁ!」」」
臭覚等が敏感である獣人に、それは、とてもとてもとてもとてもキツかった……。
地面を転げ回るふたり。
……あとのひとり?
ぴくりともせず倒れている。
12÷4=3
ポーリンの担当分は、これで終わりである。
しかし念のため、次の魔法を詠唱して保留するポーリンであった……。