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92 出撃!

 ギルドマスターの娘は、調査隊の中に女性の学者がいたため、女性がひとりだけでは心細いだろうと自分から立候補したらしかった。随伴職員が自分の娘だと明かす前、色々と説明を聞いていた時にギルドマスターがそう言っていた。


 そして翌日。

「準備はいい? じゃあ、行くわよ!」

「「「おぉ!」」」

 『赤き誓い』、出撃である。


 あの、ロブレスを捕らえた村まで半日。

 このあたりも、森の中と言えば森の中なのであるが、村人にそう言うと怒られる。

 ここはあくまでも、「森の手前にある村」であるらしい。

 下手に村に立ち寄ると、歓迎されて引き留められそうな予感がしたため、村には寄らずにそのまま進む。水の補給等の必要がないということは、とても便利であった。

 そしてすぐに、村人が言うところの「本当の、森への入り口」を通過したのであった。


 ……そして森の中。

 森にはいった直後は、他の森と変わらない、ごく普通の……、と思っていたら、いきなり牙熊が現れた。RPGで、「はじまりの村」を出た途端、いきなり中ボスに出会ったようなものである。

 しかし、牙熊にとっては残念なことに、村から出て来たのは、ひのきの棒を装備したレベル1のたまねぎ剣士ではなく、凶悪な謎剣を装備した、たまもぎ剣士であった。


 ひぎぃ!


「こんな森の浅いところにあんなのがいるというのは、ちょっと危険よねぇ……」

 牙熊を収納した一行は、森の奥へと進んでいた。

「小動物も、なんか多いみたいだし……。やはり、奥の方から逃げてきてるんでしょうね」

 レーナの言う通り、動物も魔物も多いように思える。

 その中で、村の方へ行かれると危険なものや、ギルドで指定されたものを狩り、収納魔法の振りをしてアイテムボックスへ入れるマイル。

 この程度では気休めに過ぎないが、やらないよりはマシである。それに、依頼内容に含まれているし、間引きは歩合制である上に素材売却は別料金。行方不明の調査隊を探すためには先を急ぐ必要があるので、あまり遅れを出さない程度に狩りながら、先へと進む一行であった。


 森の中は、暗くなるのが早い。森へはいったのが昼頃であったため、初日はそれ程進まないうちに野営することとなった。

 翌日は移動できる明るさになればすぐに出発するため、夕食は簡単に済ませ、さっさと眠ることにした。



「やっぱり、少し様子が違うわよね……」

 レーナが言う通り、森に入って2日目、奥へと進むにつれて、何か様子が違うのが感じられた。

 マイル達はこのあたりの森に入り込むのは初めてなので、「このあたりは、いつもこんなもの」と言われればそれまでであるが、明らかに他の森に比べると様子がおかしかった。

 まず、初日には普通より多く感じられた小動物や小型の魔物の姿があまりない。

 野ネズミ、ホーンラビット等、中型の動物や魔物の餌となる小動物や小型の魔物の数が少なく、そのせいかどうか、中型の動物や魔物の数もまた少なかった。

 しかしその割には、牙熊やオーガ等、やや強めの猛獣や魔物の姿は比較的多かった。

 それらは間引きの対象に含まれていたため、皆で倒してマイルが次々と収納アイテムボックスに入れておいた。

 ……普通は、そんな獲物は持ち運べないため討伐証明部位を切り取るくらいしかできない。他のハンター達に較べ、こういうところで収益率が段違いになるのである。


 どうやら、縄張りという概念があまりない非力な生物が消え、縄張り意識の強い一部のものが残った、というような感じであるらしかった。

 勿論、強い魔物でも、小動物達と同じ理由で、もしくはそれらの餌を追って移動したものも多いであろうが。あの、最初に出会った牙熊のように……。


「弱い動物や魔物が少ない場合、いくつかの理由が考えられるわ。

 その1、自分達の餌が無くなった。その2、自分達を餌にするモノが増えた。その3、餌関連以外の理由で、そこに住みづらくなった。その4、一瞬のうちに大量に死滅した……」

 喋りながらレーナが出したハンドサインに僅かに頭を動かして応え、さり気なく左手でベルトに差し込んだスリングショットを掴み、右手でポケットから小石を摘まみ出すマイル。


 ばしゅっ!


 素早くパッチ部分に小石を挟み撃ち出したマイルであるが、その小石は虚しく空を貫き、木陰に消えていった。

「……ごめんなさい、外しました……」

「いいわよ。どうせまた来るでしょうから」


 そう、少し離れた木の上からマイル達を窺うモノがいたのである。

 人間かどうか判らなかったため、一応手加減して撃ったのであるが、避けられた。

 マイルもスリングショットに慣れてきたし、いつまでもナノマシンに頼っていては良くないと、最近はナノマシンによる弾道補正は使っていないが、それでも先程の狙いはかなり正確であった。

 外したのではなく、避けられた。つまり、こちらを注視していた証拠であった。


「……で、まぁ、1と2はないわね。小動物の餌になりそうな野草や木の実、虫とかは普通の状況だし、中型の動物も魔物もあまり姿が見えないし。

 そして、4、つまり急に大量に死滅するような災害や大きな環境の変化があった様子もない……」

「お、おい、レーナ、さっきのは……」

 メーヴィスの言葉をスルーし、何事もなかったかのように話を続けるレーナ。

「そうなると、自然な要因ではなく、何らかの外的要因が考えられるわね。

 そして、魔物の勢力範囲が急変するとなると、」

「強力な生物の発生、もしくは侵入による生物圏の激変、ですか……」

 レーナがこくりと頷き、メーヴィスとポーリンは驚愕に眼を見開いた。


「ま、マイル、お前、難しそうな言葉を喋っているけど、意味が分かっているのか?」

 メーヴィスの言葉に、こくこくと頷くポーリン。

 ふたりが驚いたのは、そっちの方であった。

「だから、私は母国の学園では首席だったって言ったでしょう!」

「いや、それはマイルが魔法の実技で優等生をみんな潰したから……」

「誰がそんなことを言ったんですかあぁ!」

「レリ……あ、何でもない!」

「レリ…ア、さんですね!」

「あわわわわ……」


「で、話を続けていいかしら?」

 額に井桁マークを浮かべたレーナの不機嫌そうな声に、3人の声がハモった。

「「「はい、どうぞ!」」」


「で、フェンリルか地竜でも出たのかな、と思ったんだけどね。

 それなら、その存在を確認するだけで依頼任務の大半が片付いたんだけど、どうも少し前から様子が、ね……」

 そんな怪物、たとえAランクのハンターであろうと、4人やそこらで倒せるわけがない。

 元々、ギルドも数名のパーティでこのような事態の解決が可能とは思っておらず、だからこその「調査」や「原因究明」という依頼なのである。決して、「解決」の依頼ではない。

 そして解決は、原因が判明した後、それに応じた戦力が組織されて実施される。そのための下調べ、調査依頼なのであった。


「……見張られている、と?」

 さすがポーリン、その手の話となると鼻が利く。

「ええ。それも、木の上から見ているとか、一瞬のうちに逃げるとかで、どうやら人間じゃないみたいな感じなのよねぇ……」


 いつもは真っ先に獲物を見つけるメーヴィスは、こちらから意図的に隠れる相手は見つけるのが苦手なのか、全く気付いていなかったようであり、愕然とした様子であった。

 マイルは、あまりズルをするのは好きではないし、みんながそれに慣れてしまうのが怖かったため、広範囲の探知魔法は使っていなかった。しかし、油断して取り返しのつかない事態に陥るのもまた怖かったため、奇襲を受けないだけの短距離のみ探知魔法を作動させていたのである。それで気付けたのであるが、魔法無しで気付いたレーナは大したものであった。

 そしてレーナのその言葉に、声を揃える3人。

「「「……魔族?」」」

 そう、この森で『人間ではないかも』と言われれば、思い出すのはあの初老の魔術師(勿論、全員、名前などとっくの昔に忘れている)が喋っていた話、『魔族にコレを貰った』というやつであった。


 皆の表情が引き締まった。

 今では、新米ではなく中堅のCランクハンターくらいの力はあると自負している『赤き誓い』の面々であるが、相手が魔族となると心許ない。

 なにしろ、『魔術に秀でた種族』が縮まって『魔族』と呼ばれるようになった種族である。

 しかも、こんなところへやって来る者が、平均以下の実力しかない者であるはずがない。どう客観的に見ても、1対1で勝てる可能性があるのはマイルのみ。それも、『可能性がある』というだけである。

 この4人で相手できるのは、せいぜい魔族2人まで。それも、相手が自分達の想像より弱ければ、という前提条件で、である。昔話に出てくる魔族は、それくらい強かった。

 ……あとは、昔話が大袈裟に盛ってあったことを祈るしかなかった。

 そう、マイルの『日本フカシ話』並みに……。


 そして、無意識のうちに服のポケットをまさぐるメーヴィス。

 そこには、マイルから渡された2本の小さな容器がはいっていた。

 王都を出発する前に、万一の場合に備えて、と渡された、ごく小さな金属製の容器。金属製でこのサイズならば、少々のことでは壊れないであろう。

 だが、これを渡された後に聞いた『日本フカシ話』が「一切れのパン」という話だったのは、どういう意味だったのか。

 少し、ほんの少しだけマイルを睨んでしまったメーヴィスであった。

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