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90 依頼完了!

 伝令役の村人が出発したのがまだ昼前であったため、翌日の夕方には、領主の依頼によりギルド支部が編成した輸送隊が村に到着した。領都への出発は、次の日の早朝である。

 輸送隊のメンバーは全員がハンターであり、指揮はギルドの上級職員が執っていた。元Bランクハンターらしく、その指揮に逆らうハンターはいないようであった。

 そういうわけで、「我々の手柄を横取りしおって!」等というテンプレの領主軍指揮官等は登場せず、『赤き誓い』の皆はひと安心であった。

 それどころか、何人かの仲間のハンターを殺され、しかし自分だけならばともかく、仲間、そしてその家族達までもを不幸のどん底に突き落とすような無謀な依頼を受けられるはずもなく、悔しい思いをしていたハンター達に感謝された。


「……馬鹿だが活きのいい奴らのパーティが、いくつかこいつのせいで潰された。捕らえてくれたこと、感謝する」

 指揮官であるギルド職員がそう言って頭を下げ、依頼完了証明書にサインしてくれた。

 いつでも殺せる状態でギルドに引き渡したわけであるから、依頼はこれで完了である。

 本当ならば殺すところを、わざわざ生け捕りにして「生かしたまま欲しいならこのまま引き渡すけど、どう?」という提示をした『赤き誓い』に対して、「喜んで!」と答えて引き取りに来たわけであるから、現地で引き渡し、以後の責任はギルド側が負うこととなる。逃げられたり、暴れられて死傷者が出る危険性よりも、他のメリットを優先したわけであるから、当然のことである。

 かくして、輸送の面倒を背負うことなく「生け捕りでワイバーン納入」という、A評価による依頼達成を終えた『赤き誓い』であるが……。

「で、この人は?」

 ワイバーンの隣にいる縛られた男を見て、当然の質問をする輸送隊の指揮官。

 そう、怪しい男のことを説明しなければならなかった。


「私は、ブーンクリフトである。以前、宮廷魔術師として王宮で勤務していたこともある」

「え? あ、あの、ブーンクリフト宮廷魔術師長様ですか?」

 輸送隊指揮官のギルド員が、驚いたような声で尋ねた。

「如何にも。まだ私の名を覚えている者がおったか……」

 謙遜しているような言葉ではあるが、表情がそれを完全に裏切っていた。いわゆる、『ドヤ顔』というやつである。

「実は、山奥で、ワイバーンが人を襲わず、人間の言うことを聞くように調教する方法を研究しておったのだ。

 その成果で、このワイバーンの縄張り内の村人達は誰も襲われずに済んでおる。残念ながら、ワイバーンを殺そうとして襲い掛かってきた者には最小限の反撃をしたようであるがな……。

 その研究成果を、この領や王国のために役立てたいと思っておるのだが……」


 実は、その男、ブーンクリフトはマイル達に頼んでいたのである。

 輸送隊の者達には本当のことを喋るから、口を挟まないで欲しい、と。

 嘘は吐かない。自分が話をした後で、嘘の部分があれば指摘してくれても構わない。そしてその後、自分達の憶測ではなく、実際に見聞きした客観的事実のみを証言して欲しい、と。

 確かに、自分達が得た情報の大半は、男が一方的に喋ったことである。実際に自分達が見聞きした事実のみを喋るということは、公平であり、納得できることであった。

 そして今のところ、明らかに嘘であると指摘できる部分はない。


「……そして、ある程度の成果があがっておるところで、そこの娘達にワイバーンが捕らえられ、殺されそうになったもので、お金で譲って貰おうとしたのだが、受けた依頼を優先しなければならない、と言われて交渉が成立しなくてな……。

 そこで、つい力尽くで助けようとしてしまったのだ。いや、反省しておる! なので、このワイバーンと一緒に出向いて、こいつの命乞いをしようと思っておる次第なのだ。何なら、私がこいつを引き取って、領主のために使役しても良いと考えておるのだが……」

 ……確かに、嘘はない。今のところ……。


「以上だ」

「「「「……え?」」」」

 あまりにも簡単な説明に驚く『赤き誓い』の4人。

 たしかに、その通りである。

 嘘はない。

 だが、……何か、釈然としないものを感じる4人であった。


「「「…………」」」

 ギルドの職員やハンター達も、複雑そうな表情であった。

 何しろ、死んだり大怪我をしてハンター引退に追い込まれた者達が、まるで罪のないワイバーンを殺そうとして返り討ちに遭っただけの悪人のような言い様なのであるから、それも無理はない。

「……事実ですか?」

 そう確認するギルド職員に、『赤き誓い』の4人が答えられることは……。

「え、ええ、一応、言っていることに嘘はないわね……。何か、釈然としないんだけど……」

 不本意そうにそう答えるレーナ。

 マイルに対する身体うんぬんは、あくまでもブーンクリフトが喋っただけの話であるし、一応は「お願い」の体を成していた。それに、ロブレスを助けるための時間稼ぎであり本気ではなかった、とでも言われればお終いである。襲ったこと自体は認めて、謝罪しているのであるから……。

 勿論、ハンターの依頼遂行の妨害をするのは違法行為であるが、その程度のことであれば、通常は当事者同士か、ハンターギルドが介入して賠償なり懲罰なりの話をつける。しかし今回は加害者側がハンターではないためギルドの権限は及ばず、官憲の手に委ねるしかないのであるが、被害ゼロとあっては大した処罰にはなりそうになかった。

 あくまでもその件はブーンクリフトを拘束するための理由であり、あとはワイバーンとの関係を追及して罪に問うしかなかった。


 その後、しばらく遣り取りが続いたが、結局、その男、宮廷魔術師長とやらのブーンクリフトは、捕らえられた犯罪者としてではなく、善意の第三者として輸送隊に同行することとなった。

 マイル達を襲ったのは、ロブレスを助けるためであり、脅しはしたが殺したり怪我をさせたりする気はなかった、と主張され、事実、ロブレスは明らかに手加減していたし、ブーンクリフトが放った魔法も、液体状態のままの水で吹き飛ばすという、あまり怪我をさせずに制圧するための魔法であった。

 ……もしかすると、本当に、そう悪い人物ではないのかも知れなかった。いささか常識がないだけで。そして、レーナ、メーヴィス、そしてポーリンの3人は、そういう人物には馴染みがあった。そのため、3人にはあまり強くそれを否定することができなかったのである。

 マイルだけは、それ、私の身体を傷付けたくなかっただけなのでは、と思ったが、それを口に出すことはなかった。

 そもそも、彼らは単なる輸送隊であり、大きな権限を持っているわけではない。

 彼らにいくら詳細を説明しても、大した意味はない。そのまま上へ伝えられるかどうかも怪しいものであった。

 なので、せいぜい護送中の待遇が変わるくらいの意味しかない、輸送隊に詳細を説明するということはやめておいたのである。元々、情報の大半はブーンクリフトから聞いた話なので、彼が否定すればそれまでであるし、ワイバーンを力尽くで助けようとした件は正直に話している。これ以上、『ブーンクリフトから聞いた話以外の、直接見聞きした客観的事実』としてどうしても輸送隊の者に話しておかねばならないことはない。

 それに、詳細情報は、『赤き誓い』からの報告がギルドを通して依頼主に伝えられる。それに、ブーンクリフトが喋ったことを含め、全てを記せば良いのである。そうすれば、その情報は確実に、依頼主でありこの領地における司法権者である領主に届く。


 『赤き誓い』の4人は、これ以上ブーンクリフトに関わりたくなかったし、下手に同行していて何かあった場合に責任の一端を被せられても堪らないため、さっさと離れて別行動をとることにした。輸送要員とは言え指揮官以外は全員が現役ハンターであり、その指揮官さえも元ハンターなので、『赤き誓い』が護衛をする必要は全くない。

 そして、空荷の往路は結構速かったものの、ワイバーンを載せた復路の大型荷馬車の速度は遅い。とてもボランティアで付き合ってやる気にはなれなかった。


 翌朝、『赤き誓い』は輸送隊より少し早く村を離れ、領都を目指した。

 一緒に出ると、輸送隊を残して先に進むのも何だか気が引けるし、後から出発して追い越すのもいい気はしない。なので、先に出るしかなかったのである。

 そして領都への道すがら、4人は、ようやく思い出した例の件の気になったことを話していた。

「魔族……。どういうつもりだったのかな。いや、それ以前に、そんなところで何をしていたのか……」

「そうね……。何か企んでいたのかしら……」

「何か、気になりますね……」

 魔族についてある程度の知識があるメーヴィスだけでなく、レーナやポーリンも、何か不審なものを感じていた。

「まぁ、あの男が本当のことを喋ったのかどうかも分かりませんし、依頼とは全く関係ないですしねぇ。確認のしようもないし、考えても仕方ありませんよ」

 3人は、マイルの暢気な言葉に呆れたが、考えてみればその通りであった。

「それもそうね。依頼は完遂してA評価、追加報酬あり。大成功に終わったんだから、楽しく行きましょうか!」

 レーナも、マイルの言葉に賛同した。

 あの男、ブーンクリフトのことも、何かモヤモヤするけれど、仕方ない。

 結局、何がどうあれ、『赤き誓い』には何の決定権もないのである。ギルドには魔族の件も含め全てを報告し、あとは領主次第である。確かに、考えても仕方ない。

 あの男は、この領の法によって裁かれる。それだけのことである。

 権力者の都合により柔軟に運用され過ぎるきらいのある法であるが、それは仕方のないことである。


 その日の昼前、領都に着いた『赤き誓い』は、領都のギルド支部で依頼完了手続きを行い、ギルドマスターに詳細を報告した。そしてギルドマスター直々に領主に掛け合い獲得してくれていた追加報酬と合わせて、報酬を受け取った。いつもは金払いに渋い領主も、今回は上機嫌で太っ腹なところを見せたらしい。

 ギルド職員や居合わせたハンター達に祝福されながらギルドを辞した一行は、宿でお腹いっぱい昼食を食べたあと、疲れていたのか、そのまま寝てしまった。

 そして翌日、王都へ向けて帰還の途についたのであった。




「じゃ、久し振りに、『日本フカシ話』といきますか!」

 みんなの気分転換のためにそう言ったものの、いいネタが浮かばないマイル。

(う~ん、う~ん……。何かいい連想は……。

 ロブレス、浦島太郎、裏、縞だろう? いやいや……。

 ロブレス、浦島太郎、浦見魔太郎……、いやいやいやいや! ロブレスからは離れよう!

 売り子姫……、コミケットか!

 買わず女房……、ハンクラ嫁かっ!

 固めの老人……、「柔らかめの老人」とかもいるのか? トロトロの老人とかも……)


「まだ?」

「早く始めて下さいよ!」

 催促が始まり、ますます焦るマイル。

 ……スランプであった。哀れ、マイル。

(Dr.スランプ、哀れちゃん? いやいやいやいやいやいやいやいやいや!!)


 王都まで、あと5日。

 レニーちゃんは、無事、お風呂を運用できているのだろうか。

 孤児達を扱き使う、ブラック企業と化してはいないだろうか。

 王都で待っている、しばしの平安のひとときを目指して、4人は進む。

 その背後に広がる広大な山地を後にして……。


「「「……まだ?」」」

「も、もう少し待って下さいぃ!」

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