09 友達 2
アデルが娯楽室の簡易椅子を2脚持って部屋へ戻った時には、既に開けられた引き出しは元に戻されており、顔の涙の跡も拭われていた。
「すみません、お待たせしちゃって……」
「か、構いませんことよ、それくらい……。
それより、お聞きしたい事がありますの」
借りてきた2脚と元々あった1脚を加え、ややカーブを描くように椅子を並べたアデル。自分はベッドに腰掛けた。いくら何も無い部屋とは言え、さすがに椅子4脚を並べられるだけのスペースは無かった。
「はい、何でしょうか?」
「あなた、無試験で入学なさったみたいだけど、貴族の出なのかしら?」
あぁ~、やっぱり分かるよねぇ、と思いながらも、せっかく部屋に来てくれたお友達に嘘は吐きたくなかったアデルは、正直に答えた。
「はい、まぁ……。でも、家名を名乗ると、多分殺されちゃいますので。父と、連れ子付きで再婚した義母に……」
ぐふ、とおかしな声を出すモニカ。
「…そ、そう。そ、それで、貴方、武術や魔法が得意とか?」
貴族にはよくあることだ、と、必死で自制して平然を装うマルセラ。
オリアーナは、声も出せず蒼白になったまま。
「え? いえ、私、普通ですよ? 実力試験も、私の前に並んでいた人とほとんど同じ程度でしたし……」
この子、天然か!
他の者が噂していた内容が、ようやく理解できたマルセラ。
恐らく、自分の前にいた者が、新入生としてはそれぞれの分野でトップクラスであったことに微塵も気付いていないのだろう。故意に実力を抑えて、それに合わせた演技がバレバレだった事も……。
実力を隠しているのは、優れた能力を持つとバレたら、連れ子の邪魔になるからと親に排除されるから?
「そ、そう。普通、普通ね……」
「はい! いいですよね、普通って!」
「「「………」」」
ここでようやくマルセラは思い出した。
当初の目的を果たさねば、と。
「アデルさん、あなた、男子と仲がよろしいようですけど……」
マルセラの振りに、アデルは食い付いた。
「そう、それなんですよ! 何とかならないですかねぇ……。
私、男の方は苦手なんですよ、父以外の男性とはほとんど話したことがなくて……。彼氏なんか作る余裕ないですしね、今は。そんなの、成人して独り立ちできてからで充分なのに……。
なんとか、放っておいて貰える方法ないですかねぇ……」
「「「え……」」」
アデルの、心底困っている、という訴えに唖然とする3人。
最早、当初話す予定だった事などふっ飛んでしまった。
何とか自然に話題を繋げようとマルセラが考えた話題は……。
「で、あ、貴方、明日はどこかへお出かけされるのかしら?」
「あ、はい、休日は一日中お仕事に行ってるんです。無一文で、仕送りも何もないもので……。明日のお給金で、何とか替えの下着が1枚買えそうなんですよ!」
嬉しそうにそう言うアデルに、3人は最早限界であった。
蒼い顔でぷるぷると震えるオリアーナ。
逆に、顔を赤くして、唇の端を噛んで涙を堪えるモニカ。
そして、必死で平静を装うマルセラ。
「で、では、あまり長居をしても御迷惑でしょうから、そ、そろそろお暇しますわ……」
「え、もっとゆっくりしていって戴いても……」
引き止めるアデルに、立ち上がりながらマルセラは答えた。
「時間なら、まだ充分にあるでしょう。あと3年間もあるのですから」
「………、はいっ!」
嬉しそうなアデルに見送られて、3人の少女は自分達の寮へと戻って行った。
「やった! お友達の訪問イベントを体験した! お友達が3人も増えたよ!」
アデルは大喜びであった。
帰り道の3人が、ただ無言であった事など知る由もなく。
にゃあ
「お、来た来た……」
開けっ放しになっていた窓から、一匹の黒猫がするりとアデルの部屋へはいってきた。
アデルが引き出しからお皿を出して机の上へ置いてやると、黒猫はすぐに皿の上の太い骨に囓りついた。
「しかしお前、その骨、好きだねぇ…。今度、新しいの貰って来てあげるよ」
週明けの二日後、Aクラスの教室にて。
「アデルさん、ちょっと良いかしら」
「あ、マルセラさん!」
呼ばれて嬉しそうに近寄ったアデルに、マルセラは紙袋を押し付けた。
「サイズを間違えて買ってしまいましたの。貴方なら着られるかと思いまして」
「えっ、貰えるの?」
渡された紙袋は、割と大きかった。
「ありがとう! 開けていい?」
「だっ、駄目ですわ! お部屋に戻ってから開けて下さいませ!」
少し顔を赤らめたマルセラの様子に、何となく中身の予想がついた。
それは、普通、女の子がサイズを間違えるようなものではなかった。
「マルセラさん……」
じんわり来てしまったアデルは、マルセラにぎゅっと抱きついてしまった。
「やっ、やめなさい! アデルさん、離して下さいませ!!」
真っ赤になってもがくマルセラであったが、無意識に力がはいっているアデルの抱擁から抜け出すことは不可能だった。
そしてそれを羨ましそうに見詰めるクラスメイト達。
翌日から、なぜかクラスメイト達が男女を問わずアデルにお菓子だとか干し肉だとかをくれるようになった。
アデルは不思議に思いながらもそれらをありがたく受け取ったが、感極まって相手に抱きつくようなことはなかった。
翌日、初の武術実習の日。
「よぉし、お前達! これから武術の訓練を始める!」
担任のバージェスは、武術の訓練教官でもあったらしい。
生徒達は皆、運動着の上に革の防具を着けている。これは、個人支給ではなく、武術の授業の時に貸し出される共用品である。上級のアードレイ学園ならば武器・防具等も個人支給されるのであろうが……。
革と他人の汗の臭いが少しキツいが、贅沢は言っていられない。
「本当は、基礎体力の錬成や基本の素振りとかから始めるんだが、どうせお前達はそんな地味な訓練は嫌がるだろう。だから、最初に一度模擬戦をやって、基礎の重要さを思い知らせてやる。
まず、見本を見せるか……。経験者、前へ出ろ!」
バージェスの指示に、数名の男子が前へ出た。
「誰か、手本を見せてやれ!」
そう言われても、誰も積極的に立候補しようとはしない。
仕方なく、バージェスが誰かを指名しようとした時。
「私が!」
あの男爵家5男、ケルビンが一歩前へ出た。
「おお、ケルビンか! よし、やれ! 対戦相手はお前が指名していいぞ」
学園では、身分による上下をつけないため、教師も生徒をファーストネームで呼ぶ。
ケルビンがじろりと経験者達を見回すと、彼らは一斉に目を逸らせた。
武術の経験者の大半は貴族の子弟であり、ケルビンの才能は、実力試験の時に見て知っている。
ケルビンはゆっくりと見回した後、指を差して指名した。
「お前だ! お前とやる!」
「え? どうして私?」
いきなり指差されてそう宣言され、ぽかんとするアデル。
「あの、私、経験者ではないのですが……」
そう言って、助けを求めるような眼でバージェスを見るアデル。
しかし……。
「お、アデルか! よし、面白そうだから、それで行こう!」
アデルのことは教師の間でも噂になっており、その実力を試してみたいと思っていたバージェスは、予想外に早く訪れた機会ににやりと嗤った。
「ええ~……」