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88 事情

「3年前のことだ……」

 男は、何やら突然語り始めてしまった。

 最初はきょとんとしていた『赤き誓い』の4人であるが、考えてみれば、向こうから事情を説明してくれるならば大歓迎である。時間はたっぷりとあるので、じっくりと聞かせて貰うことにした。多少時間がかかっても、状況が変わることはない。


「私の最愛のエルシーが、死んでしまったのだ……。

 私は何とかしてエルシーを甦らせようと、エルシーの心が宿る部位をその身体から取り出して冷凍保存した。残念ながら、十数キロしか入らぬ私の収納魔法ではエルシーの身体ごと収納することは出来なかったものでな……」

 どうやらこの男は、マイルが収納魔法で岩トカゲを長期保存することへの言い訳にした、『外部と断熱して、定期的に冷凍魔法をかける』ということを実践したようであった。いくら容量が少ないとは言え、収納を使えるというだけでも一流の魔術師と言える上、その発想に至るということは、かなり優れた才能を有しているらしい。


「あとは、若くて健康な身体を手に入れる必要があったのだが、山奥の住処すみかでは探すにも運ぶにも不便なのでな……」

 いきなり不穏な話になってきた……。

「とりあえず、移動や輸送の手段を確保しようと、ワイバーンを使役することを思いついたのだ」

((((ああ、そこで話が繋がるわけね……))))

 ようやく話が見えてきた4人。


「そこで、苦労してワイバーンの住処を探し、産卵期を待って巣に侵入、既に孵化した卵の殻にはいってフタをして、親が戻ってきた時に殻から出て雛の振りをしたのだ。知能が低いワイバーンは、自分の卵から出てきたものは雛だと思い込む習性があるからな」

((((おいおいおいおいおいおいおいおいおい!!))))

 心の中で突っ込みまくる4人。


「そして、命からがら逃げ出した私の前に、」

「「「「一番面白そうなところを飛ばすなあぁぁ~~!!」」」」

 叫ぶ4人に、男は俯いてポツリと言った。

「……思い出したくないのだ…………」

「「「「な、なるほど……」」」」

 納得した。

「そして、血塗れでうずくまる私を見つけて助けてくれたのが、とある魔族の男でな……」

「ま、魔族?」

 メーヴィスが驚いたような声をあげた。


 魔族は、人間達が住むこのあたりの地域から遠く離れた、この大陸の北端あたりを中心に住んでおり、人間の居住地域との間を走る大きな山脈により隔てられている。別に絶対に越えられないというようなものではないが、馬車が超えるにはかなりの苦労が強いられるため、余程の理由がない限りはそれを越えようとする者はいなかった。


 そして、魔族と人間とは折り合いが悪い。

 別に、魔族と言っても、悪魔を崇拝しているだとか人間を滅ぼそうとしているだとかいうわけではない。ただ単に、種族が少し違う。そして、全般的に人間より魔力が大きい。それだけであった。そもそもの名前の由来からして、「魔力に秀でた種族」が「魔力族」、「魔族」となっただけである。

 人間との差異もそう大きなものではなく、本来であれば、人間、エルフ、ドワーフに加え、4種族で『ヒト族』を形成してもおかしくはなかった。それがなぜ魔族だけ外されたかと言うと。

『嫉妬』。ただそれだけであった。

 人間よりも強い魔力、エルフよりも頑健な身体、ドワーフよりも器用な手先。

 大昔は共に暮らしていたらしいが、いつ頃から別れて住むようになったのかは定かではない。ただ、その時に何かあったのか、今では誰も理由を知らないが、互いの感情は良くなかった。


 また、獣人は魔力が弱いにも拘わらず、なぜかヒト族よりも魔族寄りである。そのためか、獣人もまた、あまりヒト族の街にはやって来ない。全く来ないというわけではないが。

 そしてこれらの事情を、貴族であるメーヴィス、そして貴族かつ読書家であるマイルはある程度知っていたが、平民であるレーナやポーリンはほとんど知らなかった。せいぜい、魔族は強力な魔法を使う悪者、獣人は乱暴で魔族の手先、程度の認識である。

 その魔族がこのあたりに現れたというのだから、メーヴィスが驚くのも無理はない。

 一体何の目的でこんなところに姿を現したのか……。


「で、怪我の手当てをしてくれて、更に水と食料を分けてくれた。

 怪我の理由を聞かれたので答えたら大笑いされて、『よし、何とかしてやろう』と言われ、ひと月後にコレを貰った」

 そう言って、男はロブレスを指差した。

「「「「はぁ?」」」」


 あまりにも意味不明な話であった。

 問い質しても、若干の追加はあるものの男の説明内容は変わらなかった。

 何があったのかは分かった。ただ、魔族の意図が全く分からない。

 だが、それはいったん置いておいて、今はこの男とロブレスのことが先決であった。


「その時は、ロブレスももっと小さかった。しかし、元々頭が良く、ヒトに、というか、その魔族に、であろうな、よく馴れておった。そしてその魔族から譲られたからか、私にも懐いてくれた。

 餌を与え、色々なことを教え、ようやく一人前になって巣立ったわけだ。巣立った、とは言っても、私の住処のすぐ側に巣を作ったのだがな。

 魔族の男はロブレスを乗馬か家畜のように扱っていたが、私にはそんなことは出来ん。なので、ロブレスとは友人。そう思っておるのだ」


「いいお話ですねぇ……、と、誰が思うかあぁっ!

 それで、私の頭をくり抜いて、脳みそを入れ換えるつもりなんですか!」

「……脳みそ? 何の話だ?」

 激昂したマイルの言葉に、きょとんとした顔の男。

「さっき言ったじゃないですか! エルシーさんとやらの心を移し換えるって!」

「ああ、それか。だから、心臓を移植するのだ。脳みそなどという、鼻水を作るだけの機能しかない臓器など何の関係があると言うのだ?」

「……え?」

 左右では、レーナ、メーヴィス、ポーリンの3人も、それが当たり前のことであるかのように頷いている。

「えええええ~っっ!」

 どうやら、エジプト式の考えであるらしい。マイルが今までに読んだ本にはそんなことは書かれていなかったのであるが……。

 だが、考えてみれば、日本語でも『心臓』なのであるから、昔の日本人も、心は心臓にあると考えていたのかも知れない。確かに、けしからぬことを考えた時にドキドキするのは心臓であって、脳ではない。

 どうやら、マイルの脳みそは安泰らしかった。移植された心臓で充分な量の血液が送り込まれれば、の話であるが。


「どうだ、引き受けてはくれぬか? 悪い話ではあるまい?」

「悪いに決まってるでしょうがあぁ! 悪いも悪い、最悪でしょうが! 誰が引き受けるかあぁ!」

 もう、男が何を言っているのか分からない。

 自分も大概だとは思っていたが、この男には遥かに及ばない、と思うマイルであった。

 しかし、男は食い下がった。

「頼む! また、可愛いエルシーと一緒に暮らしたいのだ!

 あの、わんわん、という可愛い声を聞きながら……」

「犬かあぁぁぁっ!!」

 マイルの叫び声が響いた。


「どうして、犬の心を、人間の私に移すのですか! 犬なら、犬の身体に移せばいいでしょうが!」

「え? いや、確かに先程まではそのつもりであったのだが、お前があまりにもエルシーのイメージにピッタリなもので……。

 それに、やはり少女の身体の方が面白いだろう、色々と……」

「面白いとか面白くないとかいう問題じゃないでしょうが!

 それに、犬の心で人間の身体とか、まともに動けるんですか! おトイレなんか、どうするんですか!」

 マイルがそう言うと、男は、じっとマイルを見詰めながら、何やら考えていた。

「想像するなあぁぁぁ~~!!」

 怒鳴り過ぎてぜぇぜぇと息を切らせたマイルは、なんだか、いつものレーナの気持ちがちょっぴり分かったような気がした。

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