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87 怪しい男

「な……」

 4人の言葉に絶句する男。

 勿論、マイルは最初からワイバーンをこんな胡散臭い男に渡すつもりなど全くなかった。少し掻き回して、男がうっかり情報を漏らすのを期待しただけである。

「それでは死んでしまうではないか!」

「当たり前でしょう? 討伐したことの証明なんだから……」

 男の怒り声に、レーナから至極尤もな答えが返された。

「しかし、私はロブ…ワイバーンを生きたまま引き取りたいのだ!」

「だから、討伐報酬と生け捕りのボーナス、依頼が失敗扱いになることのマイナス分、全部合わせると金貨100枚やそこらじゃ折り合わない、って言ってるのよ」

 そう言ってはいるが、いくらお金を積まれようが、レーナもワイバーンを引き渡す気は全くない。男がたとえかなりの金額を出すと言っても、依頼失敗の汚名と信用の失墜はそんな金額では許容できない、と言って蹴るつもりであった。なにせ、再びワイバーンが村を襲い、死人でも出たら寝覚めが悪い。

「ぐぬぬぬぬ……」

 さすがに金貨100枚以上、日本円にして1000万円相当以上は痛いようである。男は必死で考え込む。

 その時、ポーリンが何気ない感じで、ごく自然に聞いた。

「ところで、ワイバーンが掴んでいた牛のようなもの、あれは何なんですか?」

「ああ、あれは私が乗る竜駕籠だ。人に見られても捕らえた牛に見える…よう……に……」

 自慢そうに喋りかけた言葉が、途中で急に小さくなり、途切れた。

 ……馬鹿がいた。

「マイル、こちらの方、お父様?」

「どういう意味ですかあああぁぁっ!」

 レーナのあまりな言葉に、思わず声を張り上げるマイルであった。


「このワイバーン、ロブ、何という名前なのかな?」

「ロブレス、だ」

 メーヴィスの意地悪な質問に、開き直った男が答えた。

「古竜のブレスとは比較にならんが、一応はブレスを吐くのでな。ワイバーンとしては珍しいから、それを名前にしてやったのだ。低位の(ロー)ブレス、呼びやすいように短くして『ロブレス』だ」

「怪鳥ロブレス……」

 昨今の、子供にキラキラネームを付ける親に較べると、ずっとまともな命名理由であった。相手に対する愛情が感じられる。マイルは素直に感心した。

「言っておくが、ワイバーンは鳥ではないぞ!」

「あ、ハイ……」

 怒られた。


「いや、そうじゃなくて! ワイバーンを使って人々を襲わせるとは、何たる悪党! 目的は何ですか!」

「特にないが……」

「「「「え?」」」」

「いや、特に何もない、と言っておるのだが?」

「「「「えええええ?」」」」

 マイルの糾弾に対するその答えは、『赤き誓い』の四人にとって、あまりにも予想外であった。


「で、でも、村を襲わせて……」

「ワイバーンは、元々縄張り内の村を襲うものだろう?」

「う……」

 男の言葉に反論出来ず、マイルは言葉に詰まった。

「で、でも、ワイバーン……」

「ロブレスだ」

 男がメーヴィスの言葉に口を挟んだ。どうやら、自分が付けた名を結構気に入っているようである。

「……その、ロブレスは、あなたが飼っているのでしょう! ならば、村を襲っているのは、あなたの指示としか……」

「飼ってはおらんぞ」

「「「「え?」」」」

「だから、別にロブレスは私が飼っているというわけではない、と言っておる」

「じ、じゃあ、ロブレスとあなたは、一体どういう関係なんですか!」

 珍しく大声をあげたポーリンに、男は平然と答えた。

「友人だ」

「「「「へ?」」」」

「彼とは、友人同士だ。たまに私が竜駕籠で運んで貰ったり、怪我をした彼を治癒してやったりしている。その友人が、自分の縄張りで食事をするのに、私に何か関係があるのかね?」

「「「「………………」」」」

 四人とも、口を開けたまま呆然としており、次の言葉が出て来なかった。

「しかも私は、彼に、自分に危害を加えない者は襲わず、特に女性にはなるべく危害を加えないように頼んだ。

 人を襲う森林狼に、自分を襲う者以外には危害を加えるな、特に女性には、多少攻撃されてもなるべく殺したり大怪我をさせたりしないで欲しい、と頼んだ者がいたとしたら、それは犯罪行為か? 逆に、それは悪事どころか、功労に当たるのではないのか?」

「「「「う……」」」」

 怪しい。

 あからさまに怪しいし、言っていることは詭弁に過ぎない。

 そうは思っても、男が言っていることを論破しないと犯罪者として捕らえることができない。

 証拠もないのに捕らえては、逆に自分達が犯罪者になってしまう。

 どうすれば……。

 レーナ、メーヴィス、マイルの3人が悩んでいると、ポーリンが軽い調子で発言した。

「じゃあ、とりあえずこのワイバーンをギルド経由で引き渡しましょうか」

「な! だからロブレスは私の友人だと……」

「それが何か?」

 敢えて『ロブレス』という名前ではなく『ワイバーン』と呼び、自分達にとってはただの魔物の一匹に過ぎないということを強調するポーリン。

「私達は、『人間の知り合いを持っているという、村を襲い多くのハンターや兵士を殺傷した野生のワイバーンを依頼により捕らえ、引き渡す』というだけですよ? それが、あなたに何か関係が? 殺人犯を逮捕しようとする警吏に、『そいつは私の友人だから捕らえたり処罰したりするな』とか言って、通るとでも? それに、別にあなたのものでもないのでしょう?」

「ぐっ……」

 さすが、ポーリンである。ワイバーンに関して自分に責任はない、と言うならば、そのように扱ってやれば良いだけであった。わざわざ姿を現したくらいであるから、恐らくそれは困るのであろう。

 そして、ポーリンが追い打ちをかける。

「生かしたまま運ぶのは大変そうですよね。途中で暴れられて怪我でもしたら大変ですし……。

 どうです、生け捕りの追加分は諦めて、殺しちゃいませんか? どうせ追加分と言っても金貨十枚貰えれば良い方なんですから、輸送の途中で逃げられたりして依頼失敗になる危険を冒すより、堅実に金貨三十枚と依頼成功の昇級加算ポイントを取りませんか?」

 この男は、初老であるこの歳まで魔術師として生きてきたのであるから、それなりの知識や能力を備えていると思われる。しかし、先程からの言動から考えて、対人スキルが低い。それはもう、圧倒的に低い。レーナが言った『マイルの父親か』という言葉は、あまりにも的確な台詞であった。恐らく、研究一筋で人間との交流が殆どない、という生活でも続けているのであろう。

 そう考えたポーリンが男を煽る作戦に出たことに気付き、メーヴィスとレーナが調子を合わせた。

「それもそうだな。少しの追加報酬に拘って全てを失うのも愚策かも知れないね」

「そうよね。そうしましょうか!」

「なっ!」

「え、別にそこまでしなくても……」

 やはり、マイルとこの男は同類であった。


「ふむ……。どうやらお前は、他の3人とは違い優しい心を持っておるようだな……。

 それに、その銀色の髪、可愛いのにどこか抜けたような残念な容貌、控え目で奥ゆかしい胸……」

「う、うるさいわ!」

 何か、突然様子が変わって語り始めた男と、一見褒めているようでありながらかなり失礼なその物言いに憤慨するマイル。

「うむ、どことなくエルシーの面影を感じさせる。ロブレスを捕らえたパーティの一員であるということは、健康で丈夫なのであろうしな……」

 マイルは、他のことはともかく、その点にだけは自信がある。

「よし、お前にしよう。

 喜べ、お前のその身体、私の可愛いエルシーの心を入れる器として使ってやろう!」

「何ですか、それはぁっ! そして、そんなの喜べるわけがないでしょうがあぁ~~ッッ!!」

 叫ぶマイル。

 話の急展開に、ぽかんと立ち尽くすレーナ、メーヴィス、ポーリンの3人。

 そして、何となく話題が自分のことから離れたらしいと察して、ほっとした様子のロブレスであった。

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