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86 ワイバーンとの戦い・・・激闘

 その超音波ぽい攻撃はブレスの一種なのであろうか。

 ワイバーンがブレスを放つことは滅多にないが、皆無というわけではない。

 亜竜とはいえ竜種の端くれであるし、飛行補助の魔法も使いこなすのであるから、頭の良い個体が他の竜種がブレスを使うのを見て真似をしているうちに使えるようになる場合があり、過去に幾度かは目撃例もある。しかし、皆はここでその稀少例に当たるとは思ってもいなかった。

 だが、異常に頭の良い個体であることは想像がついていたのであるから、予想して然るべきであった、と言う者もいるかも知れない。しかし、他のハンターからそのような報告はなかったのである。もしあれば、ギルドマスターが伝えないはずがない。なので、ワイバーンに「最強の技は最後まで隠しておく」という発想に至る程の知恵があるとは考えなかった『赤き誓い』を責めるのは酷であろう。そこまで推察するハンターなど、多分ほとんどいないであろうから……。


「な、何よ、その『なんとかの術』っていうのは……」

「胃の笛の術、です。まぁ、ブレスの一種だと考えて下さい」

 レーナにそう答えながら、マイルは考え込んでいた。

(困った……。まさかワイバーンが遠隔攻撃魔法を使ってくるとは……。しかも、レーナさんやポーリンさんの魔法よりも射程が長い……)


 マイルは、あまり皆が自分の魔法に依存しないようにと気を配っていた。何でも自分に頼るようになると、皆が成長できなくなるし、そもそもそれではパーティとして機能しなくなる。また、そんな人間関係は嫌であった。なので今回は、自分はあくまでも脇役に徹し、レーナ、メーヴィス、ポーリンの3人が攻撃の中心となってワイバーンを倒させようと考えていたのである。

 しかし、この状況ではそれが難しくなってきた。

 敵の攻撃は届き、こちらは自分以外の者の攻撃は届かない。ワイバーンはこちらの攻撃圏内にはいるつもりは無さそうである。また、せっかく知恵を絞った『雷の鳥作戦』は不発に終わり、レーナもメーヴィスも、もう一度飛ぶ気は全く無さそうである。

 このままでは、敵の攻撃は届くがこちらの攻撃は届かないという距離から一方的に攻撃され続ける。かと言って、自分が倒してしまっては『赤き誓い』にとって良くない前例がまたひとつ積み重ねられてしまう。

 どうしたものか……。


「……わ、私が行きます!」

「え……」

 思案するマイルにそう言ったポーリンは、少し顔色が悪かった。

「……いいのですか?」

「だって、他に方法がないのでしょう? それに、私だって『赤き誓い』の一員です!」

 ポーリンのその言葉に、マイルは大きく頷いた。

「……お願いします。飛んで、ポーリン!」


 マイルは、ポーリンに注意事項を伝えた。

「奴のあごを狙って、真っ直ぐ飛ばします。すぐに離れてしまうから、持続性の魔法はダメです。氷柱を顎にぶち当てて、うまくすれば脳震盪を起こさせて墜落、最低でも喉か口蓋部に損傷を与えて、あの特殊なブレスを吐けないようにして下さい!」

「わ、分かりました……」

 今回は、接近中に遠隔攻撃を受ける可能性がある。それに、メーヴィスと違って、ポーリンには尾や脚爪、鋭い歯等による直接攻撃を咄嗟に捌く能力はない。そのため、マイルは保険として脳内でそっと呟いた。

(格子力バリアー!)

 そしてマイルはポーリンの両腋の下に手を差し入れ、あの謎の呪文を詠唱した。

「雷の鳥3号、発進用意!」


 ぶん!

 ぶんぶんぶん!


「スイングバイ!」

 どしゅん!

 今までの2回よりもかなり速い速度での射出であった。


「雷の鳥、あご狙い(アー ゴー)!」



(また来たアァァ~~!!)

 再度攻撃すべく進入コースにはいりかけていたワイバーンは、みたび迫って来た『飛行人間』に一瞬動転しかけたが、すぐに落ち着きを取り戻した。三度目ともなれば、さすがに少しは慣れる。怖いのは怖いが……。

 そして、今度の相手が魔法攻撃を行う者だと見切り、口を開け、息を吸い込んで先制攻撃を行った。


 きいぃぃぃぃぃん……

 ぱぁん!


 確かに命中したはずなのに、何の変化もなく急速に接近する敵に、ワイバーンは慌てた。

 絶対の自信を持つ必殺技を、何の動作もなく破られた。しかも、前の2体と違って、今回の人間は雄叫びを上げず、黙って飛んでくる。

 ……真に強き者は、無駄吠えをしない。そんな言葉が脳裏をよぎる。

 最早、2発目を撃つ時間はない。あとは、この尻尾と爪で……。

 そう思って敵を睨み付けていたワイバーンは、気が付いた。

 飛来する人間が眼を瞑り、そしてぐったりと弛緩していることに。

 ……そう、気を失っていたのであった。


 どがん!


 強固な格子力バリアーに包まれたポーリンは、ワイバーンの尾の一撃をものともせず、そのままの運動エネルギーを保持したままワイバーンに激突した。

 そして地面に向けて落下する、ワイバーンとポーリン。

「うわああぁ! 上昇気流! エアー・クッション! 重力軽減グラビティ・コントロール!!」

 ワイバーンと一塊ひとかたまりになって落ちてくるため、ポーリンだけを軟着陸させるのは難しい。それに、ワイバーンがその上にのしかかればポーリンが潰れる。そのため、両方をそっと降ろす必要があった。マイルは焦って魔法を連発した。

 その甲斐あって、ワイバーンとポーリンの落下速度は急速に落ち、なんとか軟着陸に成功しそうであった。

「親方! 空からワイバーンが!」

「見れば分かるわよ! それと、誰が親方かッッ!」

 どうやら、マイルは余裕を取り戻したようであった。

 しかし、さすがに、落ちてくるワイバーンを両手で受け止めようとはしなかった。



 ポーリンは、体重の軽さと、メーヴィスがお姫様だっこで受け止めてくれたこともあり、気を失ってはいるもののノーダメージに見えた。しかしワイバーンにぶつかった衝撃の影響があるかも知れず、マイルは無詠唱で治癒魔法をかけておいた。

 ワイバーンの方は、いくらマイルの魔法があったとはいえそこそこの重量があり、そして軽量化が図られた空を飛ぶための身体故の脆さもあり、墜落によって少しダメージを受けた様子であった。マイルは、ワイバーンが動けずにぴくぴくしている間にアイテムボックスから何やら糸巻きのようなものを取り出して、口、両脚、翼、尻尾等をぐるぐる巻きにした。

 その後すぐに意識を取り戻したワイバーンが縛めを引き千切ろうとしたが、ごく細い紐に見えたその紐は千切れることなくワイバーンを縛っていた。

 カーボンナノチューブ。そう、それは、マイルが持つスリングショットに使われている、あの頑丈な素材であった。そのカーボンナノチューブ製の紐でぐるぐる巻きにされては、生半可な力ではどうにもならない。

 しばらくするとポーリンが意識を取り戻し、みんなに自分がワイバーンを倒したと言われても状況がよく分からず、目を白黒させていた。


「じゃあ、こいつを領主様に引き渡しましょうか。ワイバーンを生きたまま捕らえられるなんて滅多にないことだし、こいつは頭が良いから、調教するなり飛べなくして見世物にするなり、使い道はあるでしょう。ま、領民へのアピールのために公開討伐されるかも知れないけど、私達は依頼達成のサインとお金さえ貰えれば、誰が止めを刺そうが関係ないからね。ちゃんと生け捕りの追加料金さえ貰えれば、後のことはどうでもいいわよね」

 紐を引き千切るのを諦めたのか、すぐに危害を加えられることは無さそうだと思い安心したのか、大人しくなっていたワイバーンであるが、レーナが言っていることが分かったわけでもあるまいに、不安そうな様子でレーナを見詰めていた。

 そしてレーナの言葉に頷き、ワイバーンを運ぶために村人達を呼んできて貰おうと、マイルが木陰で戦いを見ていた若者に声を掛けようとした時、その男が現れた。

 白髪に、白い髭。ローブを纏いワンドを持った、典型的な魔術師の恰好をした初老の男性が、木陰から姿を現すなり、4人に対してこう言った。

「可哀想なワイバーンを大勢で苛めるというのは感心せぬな。

 どうだ、金貨1枚で、私にそのワイバーンを譲っては貰えぬか」

 4人は、その言葉を聞くと、全く同じことを考えた。

((((う、胡散臭えぇぇ~!))))

 そして、マイルは更に、こう思った。

(浦島太郎かッッ!!)


「馬鹿じゃないの? こいつを連れて行けば、依頼達成の報酬の金貨30枚と生け捕りの追加報酬が貰えるのに、どうして金貨1枚で譲らなきゃならないのよ。あんたが、自分が捕らえたと言って報奨金を貰うつもりなんじゃないの?

 それに、依頼失敗の扱いにでもなれば、違約金を取られた上、パーティの評価が下がるのよ。譲るわけないじゃない!」

 レーナの言葉に顔を顰めた男に、マイルが助け船を出してやった。

「あ、でも、討伐証明部位を切り取ってもいいなら、金貨10枚くらいで譲ってあげてもいいんじゃないですか? ねぇ、レーナさん」

「え? ええ、まぁ、それなら生け捕りの追加分くらいにはなるし、依頼完了になるから、まぁ構わないけど……」

 10倍の出費になるが、それくらいであれば問題はない。男は安心したような顔をして尋ねた。

「おお、それは良かった! で、その、必要な証明部位というのは、どの部分なのだ?」

 4人は、声を揃えて答えた。

「「「「首!」」」」

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