83 ワイバーンとの戦い・・・好敵手
そして翌朝。
村から少し離れた小高い丘に1頭の牛が連れて行かれ、木立に繋がれた。
勿論、『赤き誓い』も同行している。
家畜を全て隠して丘の上に『赤き誓い』が立っていれば、それだけでもワイバーンを誘き寄せることはできたかも知れないが、万一それでワイバーンが人間の肉の味を覚えでもしたら大変なので、村人達が牛の提供を主張して譲らなかったのである。
もしかすると、マイル達4人の身を案じてくれていたのかも知れない。人間よりも食べ出がある牛がいれば、少女達を適当にあしらって、牛を掴んでさっさと引き上げる可能性が無くもない。討伐に成功してくれるに越したことはないが、まだうら若い少女達が無残な姿となり、そのうちの1~2名がワイバーンに掴まれて飛び去っていく姿を見るくらいならば、牛を1頭失った方がまだマシである。そう考えるくらいには善良な村人達であった。
牛を木立に繋ぎ終えた村人達が帰り、静かにワイバーンを待ち受ける4人。
遠方から空を飛んでやって来るのであるから、多少の声を出しても問題無さそうではあるが、何となく「獲物を待ち伏せしている時に話をする」ということが躊躇われるのは、ハンターとしての習性のようなものであろうか……。
実はこの時、もし少女達が大怪我をした場合、ワイバーンが飛び去ると同時にすぐに村に知らせることができるようにと、ひとりの勇気ある「可愛い女の子が大好きである」若者が、密かに現場に留まって木陰から様子を窺っていた。
それは、がさつで逞しい村の娘達では今ひとつ満足できず、純真で可愛い少女のためならば危険も厭わぬという勇敢な若者であった。見目はそう悪くはないし子供達の面倒もよく見てくれるが、なぜか村の娘達の受けは良くない。それはもしかすると、面倒を見るのが幼い女の子限定だからであろうか……。
しかしそれでも、全く子供達の面倒を見ない者に較べればずっとマシだと思えるのであるが、何がいけないのか、若者にはよく分からなかった。
マイルは探索魔法で周囲を確認しており、若者の存在には勿論気付いていた。
しかし、村人代表としての見届け人であろうと思っていたし、自分達を素早く救助するための連絡要員である可能性が高いと考えた事から、スルーしていた。
それに、多少問題がある場面を見られたとしても、生まれて初めて見たワイバーン討伐戦に興奮して、話を盛りまくりで大げさに言っているだけだと思われて、誰にも信じて貰えないであろう。
村人が目撃したという荒唐無稽な話など、よほど信用のある人物か、多数の者が同じ証言をしない限り、そうそう信じて貰えるものではない。それが人命に拘わることであれば、嘘かも知れないということは承知で一応の確認調査はされるであろうが、「凄い戦いを見た」という程度であれば、苦笑してスルーされるだけである。
つまり、無害。無問題。そういうことであった。
「……来た!」
やはり一番先にワイバーンを発見するメーヴィス。
これはもう、身長が高いから視点や視界が、という問題ではなく、天性の能力なのであろう。
3人がメーヴィスの指し示す方角を見ると、確かに黒い点が見え、しだいに大きくなってくる。
「……あれ?」
「どうかしたの?」
本来ならば一番最初にワイバーンを発見してもおかしくないはずの、視力ではメーヴィスを上回るマイルが出した不思議そうな声に、レーナが怪訝そうに尋ねた。
「いえ、あのワイバーン、既に獲物を掴んでいるような……」
そう言われてよく見てみると、確かに両足で何か牛のようなものを掴んでいるように見える。
「変ねぇ……。今日はもうよそで獲物を狩ったから、この村は次回回しかしら……」
レーナがそう呟いたが、それにしてはワイバーンは真っ直ぐにこちらに向かって来る。
そして丘にかなり近付いた時、ワイバーンは高度を落として木立の向こうに姿を消した。
「「「「え……」」」」
マイル達はワイバーンの予想外の行動に驚いたが、すぐに気を引き締めて身構えた。
再び木立の上へと舞い上がったワイバーンの両脚には、先程掴んでいた牛のようなものではなく、直径30センチくらいの丸太が掴まれていたからである。
「……来るわよ!」
「「「おぅ!」」」
レーナの声に応える3人。少し女の子らしくない掛け声であるが、これがハンター流である。
ワイバーンは、最初から『赤き誓い』を敵と判定したらしかった。恐らく、服装や装備から、村人ではなくこれまで何度か自分に対して攻撃してきた連中の同類とみなされたのであろう。最初から攻撃モードである。
両脚で掴んだ、倒木であろう丸太。それを効果的に使うためにワイバーンが選んだ戦法は、緩降下爆撃であった。
水平爆撃に較べて命中精度が高いその戦法は、身体にかかる負担が大きいが、それに耐えられるならば効果は高い。急降下爆撃と呼ばれる30度以上の角度での降下爆撃は、さすがに空力ブレーキを持たない生身の身体にはキツすぎるようであり、30度に満たない緩い角度で突っ込んでくるその巨体は、それでも重力によって加速され風圧でビリビリと震えていた。別に分厚い装甲板を貫く必要があるわけではないので、そう速度を上げる必要はない。逆に、ゆっくり飛んだ方が、逃げ惑う相手に対して最後まで正確に狙いを追従させられる���、それだけ相手を恐怖に陥れられる時間が長引いて楽しかった。
木立の間に逃げ込む時間はなかった。
そしてマイルは、ワイバーンの手慣れた様子から、これはあのワイバーンが得意とする「いつもの戦い方」であると判断し、皆に対処法を叫んだ。
それを聞いた3人は、半信半疑ながらもマイルの指示に従うことにした。普段は色々とアレなマイルであるが、魔法の能力と様々な知識には皆が一目置いていたし、いつもはその抜けたところをからかう3人ではあったが、別にマイルが馬鹿だと思っているわけではない。ただ、世間知らずで空気が読めず、常識がなく、抜けていて、あり得ないような失敗をして、お人好しが過ぎるだけである。……世間では普通、そういう人物を『馬鹿』と呼ぶのであるが。
ワイバーンが迫るが、4人は突っ立ったまま動こうとはしなかった。そしてワイバーンが投擲の最終段階にはいったと思われた時、マイルが叫んだ。
「逃げて!」
先程の指示通り、ワイバーンの反対方向へと全力で駆け出す『赤き誓い』の4人。
それを見たワイバーンが、嗤ったかのように嘴を動かした。
そう、獲物はいつもそう逃げる。そして、投擲した丸太は跳ねて転がり、逃げる獲物を後ろから押し潰す。敵の現在位置のやや先を狙って投げれば、命中するか、少し後方に落ちたあとに前へと転がる。そう主人に教えられたし、既に何度も実践して効果は確認済みであった。
真っ直ぐに逃げる獲物の後ろから、……今!
「反転!」
その瞬間、余裕綽々で後方を確認しながら逃げていたマイルが、その優れた動体視力でワイバーンの脚爪の動きを見切って叫んだ。
次の瞬間、足を踏ん張って急停止、反対側、つまりワイバーンに向かって全力で駆けだした4人。
既に脚から離れた丸太は、マイル達の頭上を越えて後方へと飛んでいった。
「攻撃!」
そして、マイルの次の号令で、逃げながらも詠唱していた攻撃魔法を放つ、レーナとポーリン。
「……炎爆!」
「……水爆!」
ぎゅうん!!
ワイバーンは驚愕に包まれながらも必死で身体を捻り、飛び来る魔法攻撃を躱した。一発目、二発目……。
「……やるわね」
必死で魔法を躱し、高度を取るべく急上昇するワイバーンを眺めながら、マイルは腕を組んでドヤ顔をしていた。
「やるわね、じゃないでしょうが! どうするのよ、逃げられちゃったじゃない! ……まぁ、さっきは助かったけどさ……」
「大丈夫ですよ。まだダメージを受けたわけじゃないんです、あいつはこれくらいで逃げるような奴じゃありませんよ」
レーナに答えたその言葉を聞いていたかのように、ワイバーンは充分な高度を取った後、飛び去ることなく上空で旋回を始めた。
そしていつものように、レーナの叫び声が響く。
「どうしてあんたは、人間の考えは読めないくせに、魔物の考えは読めるのよおぉっ!」