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82 ワイバーンとの戦い・・・準備完了!

 火吹きトカゲや、地球の常識では考えられないような跳躍力を持つ森林狼等、一部の魔物は、確かに魔法が使える。しかしマイルは、それらを「異世界の生物だから、そういう能力があるのだろう」と素直に受け取り、特に疑問は抱かなかったのである。

 しかし、確かに、ワイバーンはまだ比較的「飛べそうな体型」であるが、古竜があの体型と小さな翼で飛べるのが不思議ではあったのだ。

 事実は、魔物は人間のような複雑な言語は使えないため、逆に言葉を紡ぐのに気を取られることなく「望む結果を強く想う」という点では人間を凌ぐ部分もあり、存外に強力な魔法を発動する場合もあったのである。

 それに、確かにあの神様(自称)も『生物の思念波に反応して様々な現象を起こします』と言っていた。「人間の」ではなく、「生物の」と。そしてナノマシンも、初めて話した時、『人間を含め、通常の生物は初期レベルが1に設定されており、』と言っていたことを思い出したマイルであった。


 話を戻して、再び村人からワイバーンに関する話を聞く『赤き誓い』の4人。

 そして聞いた話を纏めると、概ね次のようなものであった。


 2カ月半くらい前から、12日に1回の頻度でワイバーンが現れるようになり、毎回牛か馬、あるいは羊を1頭捕らえていくようになった。最初のうちは皆怖がって何もしなかったが、人間に危害を加える様子がないことから少し甘く考えて、数度目に勇気を振り絞って家畜を守ろうとしたところ、怒ったワイバーンに追い回されて危ない目に遭った。しかし、村人達に攻撃の意図はなく、ただ守りに徹するという姿勢であることを理解していたのか、ワイバーンは村人を追い回しはするものの致命的な攻撃をする様子はなく、遊んでいるような節があったらしい。

 そして村人が領都のギルド支部と領主邸に知らせたところ、最初のうちは乗り気ではなかった領主が、ワイバーンが定期的に現れると聞いて態度を変えた。そう、確実に遭遇できるなら、少ない経費で、兵の実戦訓練、良き領主のアピール、そして強き領軍として喧伝できると考えたのである。

 それに、元々、領地の被害を防ぐのは領主の務めである。

 一方ギルドは、緊急事態を除き、自らが依頼を出すことはない。この場合、領主からの依頼がない限り、自分から動くことはないのである。慈善事業ではないのだ、報酬を支払う者がいない依頼を受けるハンターはいないし、ワイバーンを討伐する義務や都合があるのはギルドではなく領主や国である。緊急事態以外では、依頼があってから動く。それがギルドというものであった。

 しかし、領内にいるハンターを全て合わせれば領軍を凌ぐ戦力となるため、万一に備えて、強力な魔物に関する情報は必ずギルドにも知らせるよう定められており、村人はただそれに従ったに過ぎなかった。


 そして領主は、ワイバーンを地面に落とすための魔術師、弓兵、投擲槍兵と、落としてから止めを刺す槍兵、剣士で組んだ18名の討伐隊を出した。

 それは、充分な兵力であった。ワイバーンと戦った経験のあるハンターをアドバイザーとして付けることはしなかったが、ワイバーン1匹に対してその戦力であれば、文句をつける者はいないであろう。


 そして、次のワイバーン襲来の日。

 危険だからと家に籠もるように指示されていた村人達が数時間後に見たものは、ボロボロになった兵士達と、重傷者に必死で治癒魔法をかけている、同じく自身もボロボロとなった魔術師達の姿であった。

 死者3名、重傷者6名、軽傷者5名、行方不明、牛1頭。

 重傷者のうち半数は、兵士としての復帰は難しそうであった。

 想定外の大被害に愕然としていた指揮官であるが、一応はワイバーンを追い払ったのであるから任務は完遂した、と判断し、村人にそう告げて、足取りも重く引き揚げていったらしい。

 村人達は、これでもうワイバーンが来襲することはなくなったと安堵した。それから12日後のその日まで。


 ……そして領兵との戦いから12日後、ワイバーンは再び現れた。

 つまり、ワイバーンは「自分が負けた」などとは露ほども思っていなかったのである。

 自分に挑んできた弱い雑魚を蹴散らし、勝利の栄光と共に獲物を掴んで持ち帰った。その狩り場を避ける理由などありはしなかったのである。

 何の準備もしていなかったため、家畜の中でも価値の高い若い雌牛を連れ去られた村人達は慌てた。再び、急いで領主邸とハンターギルドに通報したが、領主邸の反応は芳しくなく、その後、ポツポツとハンターがやって来るようになった。……領主様が、自分の兵を出すのではなく、ハンターに依頼を出したという話を聞いたのは、そのハンター達からであった。

 村人達にとって、別に、ワイバーンを倒すのが誰であっても構わない。依頼料を領主様が出して下さるならば、それはそれでありがたいことであった。

 ……しかし。

 1組目。2組目。3組目。

 連続して敗退するハンター達。

 他の場所で迎撃したハンターもいるらしく、更に数組のパーティが大きな被害を受けて活動停止や解散に追い込まれたという噂も流れてきた。そしてこの討伐依頼を受けるハンターは近隣にはいなくなり、ここしばらくはハンターの姿を見ることもなくなっていたところに現れたのが、『赤き誓い』の一行であった、というわけである。



「……概ね、予想���ていた通りね。話の流れとしては、別におかしなところはないわね。ただ一点を除いて……」

「ああ、そうだね。みんな、自分の都合優先で、それなりに立ち回っている」

「そうですよね。ただ……、」

「「「「ワイバーンが強過ぎるし、頭が良過ぎる!」」」」

 そう、そこだけが、どうにも異質なのであった。


「王都に回ってきた依頼書に詳細が書いてなかったのは、まぁ、当たり前よね」

 そう、レーナの言う通り、依頼書には余計なことは書かない。特に、依頼主にとって不利になるようなことは。

 嘘は厳禁であるし、重要なことを故意に隠すのも御法度である。その場合、悪質な行為として供託金は没収、以後の依頼においても保証金や手数料の増額等のペナルティが科される。また、それがハンターに危険を及ぼすものであった場合は、更にギルドの手を離れて官吏による刑罰の対象にもなる。いわゆる『未必の故意による殺人未遂』というやつである。

 しかし、今回の場合、『ワイバーン1匹の討伐』という事実、及びその危険性に変わりはない。領軍の兵士が敗れていようが、他のハンターのパーティが失敗していようが、それはただ単に「それらの者が討伐に失敗した」というだけのことであり、別に相手がワイバーンでなかったとか、数が多かったとか、その他の特別な事情があったわけではない。ワイバーンが強かったのかも知れないし、兵士やハンターが弱かったのかも知れない。それは誰にも分からないことなので、そんなことをわざわざ依頼書に書く義務も必要もなかった。それに、それらのことは、自分達で調べれば分かることである。わざわざ依頼書に真偽不明の余計なことを書いて、依頼を受ける者を減らしたり値上げ交渉のネタを提供することはない。

 逆に、ワイバーンの行動が規則的であることを追記しておけば依頼を受ける者が増えそうなものであるが、それを書くと、なぜ規則的なのか、と猜疑心を呼び起こしたり、ならばなぜ領軍の兵士が対応しないのか、という疑問も招き、色々と都合が悪かったのであろう。


「で、どうするか、なんだけど……」

「普通に、正面から戦って倒すしかないですよね」

「ああ、他に、やりようもないしね……」

 レーナ、ポーリン、メーヴィスの言う通り、ワイバーンが多少頭の良い個体であろうと、何か裏があろうと、『赤き誓い』がやることは「ワイバーン討伐」である。別に王宮の密偵だとか、官吏の捜査員というわけではない。特別な権限も無ければ、そういう依頼を受けているわけでもないのだから。

 受けた依頼はただひとつ、「ワイバーンの討伐」、それだけであった。



 その後、村人達から更に情報を収集したが、兵士やハンターがワイバーンと戦う場にのこのことついて行くような危険を冒した者はおらず、また、仲間を失い、あるいは重傷者を抱えた者達から根掘り葉掘り聞き出そうとするような馬鹿もおらず、戦いの詳細は不明であった。領都のギルド支部であれば報告を受けているであろうが、ギルドマスターが特に触れなかったということは、特別なことはなかったということであろう。「ワイバーンが強かった」程度の報告はあったかも知れないが、依頼に失敗して逃げ戻ったパーティの言う「敵が強かった」は、言い訳としか受け取って貰えない。それこそ、ワイバーンが3匹いただとか、口から炎、目から怪光線でも出していたとでもいうなら話は別であるが……。


 一通りの情報収集を終えた『赤き誓い』の4人は、そのまま飲み屋で昼食兼夕食を摂り、宿へと引き揚げた。

 食事の時、比較的少食であるメーヴィスを除いた小柄な3人がもりもり食べるのを見て村人達が驚いていたが、昼食抜きであったし、ハンターは食べられる時に食べておくのが鉄則である。特に、満腹で動きが鈍くなっても心配のない、安全な場所にいる時には。

 ポーリンとメーヴィスは、何も食べていない村人達に見られながら食べるのは少し恥ずかしそうであったが、レーナとマイルは気にした様子もなかった。レーナは、喰うのもハンターとしての仕事のうち、と割り切っていたし、マイルは、お腹が空いていたため、何も考えていなかった。

 どうやら今世でのマイルの身体は、前世に較べて燃費があまり良くないようであった……。

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