08 友達 1
「まぁ、ドワーフの女の子が可愛くて良かったよ……」
ようやく自室に戻りベッドに寝転がったアデルは、そう独りごちた。
エルフは、男女共に華奢で身長が高い。
それに対して、ドワーフの女性は人間より身長が低く、やや丸っこい印象があるものの、そう極端に変わるわけではない。男性のように極端にずんぐりがっしりしているわけでもなく、勿論髭が生えていたりもしない。人間ならば、ややコロコロした成人前の小柄な少女、といった感じであろうか…。
そのため、エルフの体格と相殺し合う部分が多く、結果的にはアデルの体格に大きな影響を及ぼす事はなく、少し身長が低め、ということとなったらしい。
ただ、胸に関しては、その短所を増幅し合う結果と……。
いや、まだそう決まったわけではない。
これは単なる想像に過ぎないのだから。
ナノマシンに聞けば、本当の事が……。
「聞けるかあぁぁ~~!!
聞いて、もし本当にそうだったらどうするのよ!
怖いでしょ! 怖すぎるでしょうがあぁ!!」
『お呼びですか?』
「呼んでないぃ!」
思わず叫ぶアデル。
ぜぇぜぇぜぇ……
はっと気が付き、慌てて左右の壁を見るが、幸いどちらもまだ住人は部屋に戻っていないらしく、騒音に対する文句が来る気配はなかった。
翌週、登校したアデルは機嫌が良かった。休日のバイトで銀貨2枚を手に入れた上、売れ残りのパンがたくさん貰え、劣化のないアイテムボックスに保存できたので。
しかし、教室にはいると同時に固まった。
「アデルちゃん、おはよう!」
「休日は何してたの?」
「今日の昼食、一緒に食べようよ!」
男子達の攻撃!
実はアデルは、かなりの優良物件なのであった。
Aクラスにはいれる学力、貴人の女性を護衛する女騎士にもなれそうな運動能力、そして優れた魔法の才能。そしてそれらを隠そうとする奥ゆかしい性格。
更に、平民との触れ込みであるが無試験で入学が決定していたこと、奨学金は貰わず普通に実家がお金を出しているらしき事……。
10歳とは言え、皆、3年後には社会へ出て、更にその2年後には成人となる。頭の良い者が集まったこのクラスで、今から将来のためのコネを、また伴侶候補を探しておこうとする者は決して珍しくはなかった。
「あなた達、また! ほら、アデルちゃんが困っているでしょ!」
前回助けてくれた委員長気質の…、もう、委員長でいいか、その委員長が助け船を出してくれた。
「あ、ありがとう。私、男の子と話したことがあまりなくて……」
委員長にお礼を言って、少しお話ししたアデルは気が付いた。
(こ、これって、友達っぽい! 友達っぽいよ!!)
アデル、前世を含めての、初めての友達であった。
アデルの言葉に、男子達の一部は『あまり強引なのは逆効果か…』と思い少し控えることにしたが、一部の者は逆に『男に免疫がないなら、強引に押せば行ける!』と更に強く出るようになり、アデルにあからさまに避けられるようになるのは後の話である。
最初の週は、座学ばかりである。
さすがに、いきなり武術や魔法の実技を行ったりはしない。
一般教養の他に、武術や魔法の理論面、安全面での授業が続いた。実技は翌週からである。
アデルにとって、座学は簡単であった。さすがに、数百年は進んだ世界の18歳の記憶があって落ちこぼれては立場がない。
思考力や記憶力は海里の時のままであった。海里の意識のままで頭が悪くなるというのはさすがに問題があると神様が思ったのか? それともこの世界、魔法のせいで文明が進んでいないものの、人間の知能はそれなりに高いのかも知れない。
アデルは、魔法理論等で教師が教える内容に間違いがあっても指摘したりせず、平穏に日々を過ごした。
そして迎えた、休養日前日。
「アデルさん、後で少しお話ししたいことがありますの」
ふたりの友人を従えた、男爵家3女のマルセラからの言葉に、アデルは舞い上がった。
お友達! お友達からのお誘いっ!
「は、はい! 場所はどこが…、あ、私の部屋なら広いから、そこでいいですかっ!」
「え? え、ええ、構いませんわ……」
少し戸惑ったように答えるマルセラであった。
男爵家3女のマルセラ、中堅クラスの商会の次女モニカ、奨学金での入学を果たした平民のオリアーナは、傍から見ると、貴族の娘とその取り巻き、というように見えた。
典型的な貴族の高慢なお嬢様タイプであるマルセラ。しかしその実、マルセラは結構面倒見が良く、平民のオリアーナが勝手が分からず色々と困っているところを、入学前からの友人である出入り業者の娘モニカと共に色々と手助けしてやったのである。困っている平民を助けてやるのは貴族の義務である、と言って。
そして今では、大抵3人一緒に行動するようになっていた。
「でも、自分の部屋は広いから、というのはどういうことなのでしょう? 部屋の間取りは全て同じはずですが……」
「さあ? ま、行ってみれば分かるでしょう。
とにかく、あの生意気な娘を懲らしめますわよ!」
「「はい!」」
マルセラは、気に食わなかった。あの、アデルとかいう娘のことが。
自分は見ていなかったが、入学前の実力試験の時に優れた才能を見せたとか……。
それは良い。人間、それぞれ取り柄はあるものだ。
しかし、少し可愛いからといって、男子達にちやほやされていい気になっているのは許せない。
こっちは、卒業後は領地に戻り花嫁修業、その2年後には良くて中年貴族の後妻か貴族との繋がり目当ての金持ちの嫁、悪ければ、どこかの有力貴族の愛人だ。それまでに自力でいい男を捕まえられなければ……。
この学園の女生徒の数割がそんな女の子だというのに、自分でのし上がれる才能を持っていながら男子も独り占めなど、許せるものではない。ひとつ、ガツンと言ってやらねば。
そう思い、いきり立つ貧乏男爵家のマルセラであった。
モニカとオリアーナは、商家の娘と平民ということもあってか、そこまで切羽詰まってはおらず、ただ、世話になっているマルセラに付き合っているだけである。
コンコン
ノックの音に、アデルは慌てて飛んで行き、ドアを開けた。
「よ、ようこそ! どうぞはいって下さい!」
自分の部屋にクラスメイトが訪れるなど、前世でもなかった初めての体験であり、嬉しさと緊張にガチガチのアデル。
ふと気が付くと……。
(あ、しまった! 椅子が無い!)
うっかりしていた。
来客をベッドに座らせるのは悪いし、友人3人をベッドに座らせて自分だけ椅子、というのも、何か自分だけ視点が高くてみんなを見下ろすみたいだし、3対1のような態勢なのは嫌だ。
そう思ったアデルは慌てて言った。
「ご、ごめんなさい、椅子の用意を忘れてました! 下の娯楽室から借りてくるから、少し待ってて下さい!」
そう言って、返事も聞かずに部屋から飛び出したアデル。
「落ち着きのない娘だこと!」
「そうですね…。でも、部屋が広い、という言葉の意味は判りましたね」
マルセラの言葉にそう応えるモニカ。
そう、確かに広かった。
他の者と同じ間取りの部屋であったが、持ち込んだチェストのひとつも無く、持って来た荷物を入れていたトランクケースも無く、置物、装飾品、燭台、ぬいぐるみ、何一つ無い。空き部屋と何ら変わらない部屋であった。
「見事に、何もありませんね……」
驚きの声を漏らすオリアーナ。
平民であるオリアーナの部屋でさえ、荷物を入れてきたキャリーバッグ、街で買った安物の中古のチェスト、そして村のみんなが持たせてくれた色々な小物が置いてある。
マルセラは、がっ、と作り付けのクローゼットの取っ手を掴んだ。
「お嬢様! さすがにそれは!」
慌てて制止するモニカを無視して、クローゼットを開けるマルセラ。
「私服が無い……」
そこにあったのは、学園から支給された制服と運動着のみ。
次に、下の引き出しを開けるマルセラ。
「だ、駄目です! それは駄目ですっ!」
モニカが焦ってマルセラの手を掴もうとしたが、その前に引き出しは引き開けられた。
「無い………」
そして、そこにも何もはいっていなかった。
「ぐっ……」
その時、押し殺したようなうめき声が聞こえ、手を止めて振り返ったマルセラとモニカの目に映ったのは、マルセラにつられてつい机の引き出しを開けてしまったオリアーナが、泣きそうな眼でその中を見ている姿であった。
「何があったの!」
勢い込んで引き出しを覗き込むマルセラと、罪悪感に少し腰が引けながらもそれに続くモニカ。
そして、引き出しの中を見たふたりは。
「「ぐっ……」」
愕然と立ち尽くすマルセラ。目尻に涙を浮かべるモニカ。オリアーナは既に涙が頬を伝っていた。
そこにあったのは、1本の太い骨であった。
お皿に載せられた、肉は欠片も付いていない、ただの1本の骨。
厨房で貰って来たものなのか、何度も囓ったらしき跡のある、1本の骨。
「これが、あの子の、おやつ……?」
マルセラの口から、呆然とした呟きが漏れた。