76 これからどうしよう?
マイル達が戻ると、宿の前に人影があった。中年にしては見目の良いおばさんと、12~13歳くらいの少年である。
「ポーリン!」
「おかあさん! アラン!」
ポーリンの母親と弟であった。
商会主の愛人という立場であったため、共犯者ではないかと一応の取り調べを受けていたのである。口裏合わせをされないように、従業員を含む関係者は全員隔離して監視され、順番に取り調べを受けていたため、解放されるまで時間がかかったのであった。
取り調べの一部には、事情を知っているティリザとサントスも立ち会ったため、皆、そう心配していたわけではない。これで、晴れて自由の身。あとは正式に商会の権利を認める手続きが終わるまで、暫定的に商会の運営を行うこととなる。
気丈に振る舞ってはいても、ポーリンはまだ15歳の少女である。いくら15歳からは成人だとは言え、ポーリンにとっては今まであまりにも過酷な日々であった。本来の気弱で優しい心を闇で黒く染め、どろどろしたモノでコーティングしなければ耐えられなかったくらいに……。
それも、もう終わった。
母親にしがみついて泣きじゃくるポーリンを置いてマイル達はそっと宿屋に入っていった。
「さて、どうしようか……」
「どうしようかしらね……」
「どうしましょうか……」
メーヴィス、レーナ、そしてマイルは思案していた。
先程、ようやく落ち着いたポーリンが家族と一緒にやって来て、母親と共に礼を言った後、今夜は家族と一緒に過ごすと言って母親が住む家へと去って行ったのであった。
「この町での用事は終わったし、さっさと王都に戻ろうと思うのだが……」
メーヴィスがそう主張する。
あまりにも目立ってしまったメーヴィスには、この町での滞在はキツ過ぎた。闘技場を後にしてこの宿に戻ってくるまでのほんの僅かな間でさえ、ハンターからの勧誘、少女達のつきまとい等が凄かった。とても町を歩ける状態ではない。また、『イブニングドレス仮面とは何者だ』、『是非、指南役に!』、『いや、うちのパーティに!』などと言って、師匠に紹介するようメーヴィスに迫る者が現れるのも時間の問題であろう。
「そうするしか無さそうよね……」
「ですよね~……」
レーナとマイルも賛同し、翌日の朝イチで宿を発つことにした。
夕食時に、翌日発つことをティリザとサントス、そして宿の者に伝えると、ティリザは「それじゃ、馬車を探しておきますね」と、ありがたいことを言ってくれた。サントスは勿論、明後日出発する護送の馬車に同行するので別行動である。今日着いたばかりの馬車を明日出発させるのは少しばかり酷なので、むこうの予定は変わらない。伯爵達と同行するのは気が進まないので、マイル達にとっても好都合であった。
夕食後、3人は再び今後のことを話し合った。
「ポーリンが抜けるとなると、さすがに3人じゃ辛いわよね。新規メンバーを募集する?」
「それしかないだろうね。幸い、マイルがオールマイティだから、募集の幅は広くできるが……。一応、どの職を募集するべきだろうか?」
メーヴィスが言う通り、募集の幅は広かった。
マイルが後衛で魔術師として、もしくはスリングショット使いとして戦うならば前衛を募集してもいいし、中衛か後衛の弓士、魔術師を募集してマイルは今まで通り前衛の位置についても構わない。治癒・支援魔法はマイルも使えるので、ポーリンと同じタイプの魔術師に絞る必要もない。
マイル。とても便利なワイルドカードであった。
しかし、皆、心配であった。
マイルの便利さ……、いや、才能を知った者が、欲に駆られないか。
駆け出しのはずの3人の能力と自分との差を知り、潰れたり、おかしなことを考えたりしないか。
どんな人間かよく分からない者に、マイルの『魔法上達法』を安易に教えても良いものか。
かと言って、その者だけに教えず仲間外れにするわけにも行かない。
「「「う~ん……」」」
考え込む3人。
そのうち、ふと思いついたことをマイルが口にした。
「あの、同期の人に声を掛けてみる、というのはどうでしょうか?」
「「あ……」」
そう、王都には、マイル達のハンター養成学校での同期生が何人か住んでいた。
同期生は全国から集まっていたため、大半の者は元の町へと戻って行った。家族や大切な人を残して来たのであるから、当たり前である。国の方針としても、別に卒業生を王都で囲い込もうなどとは考えておらず、質の良い若手ハンターは全国に満遍なく配置する、というものであった。
しかし、元々王都にいた者、家族や世話になった者達が地方にいない者は、王都に残っている。
僅か40人で半年間を共にしたので、その人となりはよく分かっている。一緒に組みたくない者は除外して、大丈夫そうな者に声を掛ける、というのは悪くないかも知れなかった。
たまにギルドとかで見掛ける同期生達の何人かは、マイル達のように新人だけでやって行こうとするような無謀なことはせず、先輩達のパーティに入れて貰っていた。そしてその中には「新米を一人前に養成してやっているのだから、丁稚奉公と同じ」と言って分け前の分配率がかなり少ない者もいるらしかった。しかしそれも、そのパーティの先輩達も若い時は同じような待遇だったのであろうから、別に���れが悪いというわけではない。そういう方針のパーティだというだけのことである。しかし、そういうパーティにいる同期生は、『赤き誓い』が声を掛ければ喜んで移籍してくれるかも知れない。引き抜かれるパーティにとっては面白くないかも知れないが、見限られるような待遇にしているのだから仕方ないだろう。
「でも、ポーリンさんみたいに、お金のこととか、商売や取引に詳しい人がいないと、ちょっと心配ですよね。腹黒い商人、って感じの仲間がいれば、騙される心配がなくて安心なんですが……」
「「「あ……」」」
その時、そう言ったマイル本人を含め、全員の頭にある人物の顔が思い浮かんだ。
見た目は可愛いのに、計算高く、結構腹黒いところがある10歳の少女の顔が。
おっぱい担当としても、ポーリンの代わりが務まりそうである。数年後には。
「「「いやいやいやいや、それは無いわ~!」」」
そもそも、その少女には戦闘力がなかったし、もう既に働いていた。家業である宿屋で。
翌朝、マイル達3人は、宿を引き払いティリザと一緒にハンターギルドへと向かった。
ティリザが用意してくれた馬車というのは、乗り合い馬車や借り上げ馬車ではなく、商人の荷馬車であった。……荷物が積まれた。
「乗合馬車は日程が合わなかったし、借り上げ馬車は高くつきますの。幸い、『赤き血がイイ!』が護衛する、と言えば、出発待ちをしていた商人が飛びついて来ましたの」
ある程度纏まった台数で商隊を組み、護衛費用を節約し、かつ安全性を高めようとして出発待ちをしていた商人にとり、すぐ出発できる上に4人分の護衛費用で10人分に相当する戦力が雇えるという機会はとても見逃せるものではなかった。剣士ひとりでCランクハンター数名分の強さなのは自分の目で確認したし、他のメンバーも、あの剣士やその師匠が所属するパーティなのだから只者ではないのは間違いないだろうとの判断であった。……正解である。
それに、もし盗賊の間諜が町に潜入していたとすれば、絶対に襲われない。それは確実であった。
ティリザは、さすがに自分が勝手に受注するのは気が引けたため、昨夜は口約束のみとし、正式な受注は当日にメーヴィスの手で、と思ったため、いったんハンターギルドへと赴くことになったのであった。自分もギルド職員であるので、そのあたりはきちんと筋を通すティリザであった。
そしてハンターギルドで問題なく受注処理を済ませた一行は、そのまま商人が待つ商業ギルドへと足を運んだ。
一同が商業ギルドに到着すると、商業ギルドに併設された馬車の待機場所に3台の荷馬車が駐められていた。その側で、3人の商人が話をしている。どうやら、皆、小規模な商人らしく、それぞれが馬車1台ずつらしい。
「あ、あの人達みたいですね。じゃ、早速顔合わせをしましょうか。ポーリンさんの代わりの募集についての話の続きは、出発してからゆっくりと……」
がしっ!
「え……」
ぎりぎりぎりぎり……
「い、いた、痛いぃぃ!」
本当に痛いわけではないが、幻痛と言うか、精神的なものと言うか、動揺して悲鳴を上げるマイル。
「何が『ポーリンさんの代わりの』ですか、何が!」
慌てて振り返ったマイルの眼に映ったのは、額に井桁マークの青筋を浮かべたポーリンの姿であった。
「どうして私を置いて行くのですか!」
その般若のような顔に怯えて、口をぱくぱくさせるだけで声を出せないマイル。
慌ててメーヴィスが横から助け船を出してくれた。
「い、いや、ポーリンはお母上や弟君と一緒に店を立て直すのでは……」
しかし、ポーリンはそれに対し仏頂面で答えた。
「お店は、お父さんと一緒に店を切り盛りしていたお母さんがいれば大丈夫です。お母さんのためにと我慢して残ってくれていた手代や、辞めていたけど何とか戻って来てくれる人たちもいますし。元商会長の息がかかった悪い連中は一掃できたから、逆にやりやすくなりますしね。
それに、私が店を取り戻したってことになっているから、私がいると色々と困るのですよ。店を取り戻した私が継ぐべきだと言ったり、入り婿を差し向けて、とか余計なことを企む人が早速現れましてね……」
「「「うわぁ……」」」
商人怖い、と蒼くなる3人。
「そういうわけで、私はいない方が良いのですよ。お店は弟が継ぐのに、私がいると弟の立場が弱くなってしまいます。近くにはいないけど、お店や家族に手出しするとどこからともなく現れて悪を殲滅する謎の娘と、その愉快な仲間達。この抑止効果があれば充分です」
「「「……」」」
それが全て本当なのか、ポーリンが少し話を盛っているのかは判らない。しかし。
「じゃ、行きましょうか。我ら『赤き誓い』、まだしばらくは、その道が分かたれることはなし、と」
レーナの言葉に、皆の声が揃う。
「「「おお!」」」
商隊が進み始めてすぐ、まだ町を出ぬうちにオースティン伯爵が息子ふたりと共に息を切らせて駆け付けてきた。
「ま、待て、待ってくれ、メーヴィス!」
また面倒なことになりそうなので、顔を顰める4人。
商人達は、貴族に呼び止められて無視するわけには行かず、馬車を停めてくれた。そして仕方なく、いったん馬車から降りて伯爵の相手をする『赤き誓い』の4人。
「何ですか、父上。もう、話はついているはずですが……」
「あ、いや、それは分かっておる。分かりたくもないし許したくもないが、仕方ない。今更文句は言わん。話は、それとは別のことだ。
頼む、お前のお師匠殿に正式に紹介してくれぬか!」
「「「「……え?」」」」
「お前のお師匠殿は、強い。だが、まともな技術を学んでおらぬのだろう、その身体能力に技術が全く伴っておらん。惜しい、実に惜し過ぎる! そこで、是非当家にお招きして、互いに交流できぬものかと思ってな。
我々が技術をお教えし、逆にお師匠殿からはあの身体能力を得た修行法を御教授戴ければ、と考えたのだ。そうすれば、共に、今の何倍も強くなれる!
それに、お師匠殿は純粋な人間種とのこと。ならばまだお若いのであろう。我が一族の者と契りを結んで戴ければ、我がオースティン家の将来は安泰! お前も、お師匠殿が身内となれば嬉しいだろう。どうだ、良い考えだろう? さ、お師匠殿の連絡先を教えてくれ!」
「頼む、メーヴィス!」
「紹介してくれるだけでいいんだ!」
ウェイルンとユアンも頭を下げた。確かに、『お師匠様』の体型は、オースティン家の男共の好みに合っている。
「「「「え……」」」」
メーヴィス達は驚いた。
いや、伯爵が言っていることは理解できる。それが許容できるかどうかは別として。
伯爵の立場として、その発想はおかしくない。いや、むしろ武闘派として派閥を形成する貴族家としては当然の考えであろう。
メーヴィス達が驚いたのは、別のことに対してであった。
(((マイルが目の前にいるのに、『イブニングドレス仮面』だと判らないのおぉっ!)))
勿論、あの時の仮面には認識阻害魔法などかかってはいなかった。
そしてマイルは考えた。
(こ、これが『世界の意思』? 神様が言っていた、『世界の強制力』とか『予定調和』というものなの!)
勿論、そんなことはなかった。
ただ単に、鈍かった。
それだけのことであった……。
今回で、76話。
前作の75話を超え、話数、文字数ともに新記録となりました。
いよいよ、書籍発売も5日後。
マイペースで、のんびり頑張ります。
引き続き、よろしくお願い致します。(^^ゞ