75 兄妹対決
「な、何を馬鹿なことを……」
一瞬、言葉を詰まらせて呆然としたものの、ウェイルンはすぐにメーヴィスの言葉を笑い飛ばした。
確かに、先程の連撃を捌かれたのには驚いた。だが、8カ月前まで、長年に渡りメーヴィスの鍛錬に付き合ってやっていたのである。ウェイルンは、メーヴィスの実力も素質も完全に把握していた。それは、確かに若い女性としてはなかなかのものではあったが、決して、僅か数カ月で自分を超えられるようなとんでもない才能ではなかった。
いくら手加減をしなかったとは言え、戦場における、命を懸けた全力ではなかった。しかも相手は愛する妹のメーヴィスである。無意識のうちに威力も速さも落としていたに違いない。そして、自分の攻撃をたまたま上手く捌けたメーヴィスが己の力を過信して調子に乗ったか、動揺を誘うためにハッタリをかましている。ウェイルンはそう判断した。
「自分の力を過信するようでは、やはり自由にさせるわけにはいかないな。その程度では、すぐに命を落とすことになる。それを分からせてやろう……」
そう言うと、ウェイルンは再び攻撃に出た。今度は、威力は抑えたものの、その速さは本当に全力、渾身の3連撃であった。
ぎんぎん、ぎぃん!
「な……」
ウェイルンだけでなく、待機場所でふたりの戦いを見ていた伯爵、ユアン、配下の騎士達、そして観衆達、全ての者が目を
完璧な受け。3連撃、総受けである。いや、挑発して誘ったので、「誘い受け」であろうか。
観客席から沸き上がる大歓声。
ウェイルンは精悍で結構男前であったが、なぜか年若い女性や少女達からの黄色い声援は、その大半がメーヴィスに向けてのものであった。
「馬鹿な……」
実際に体験していながら、その事実が信じられないウェイルン。
信じれば、己の常識が、そして自信が砕け散る。
意地でも認めるわけには行かなかった。自分が、妹に追い抜かれたなどということを……。
「今度は、私から参ります」
そう言うと、メーヴィスは剣を左手のみで、逆手に持ち替えた。
「秘技!
地面を剣先で抉り、土の飛沫を相手の顔に向けて飛ばし、怯ませる。そして、その隙を衝いての第2撃。地面が草で覆われていたり、倒木等の障害物がある森や草原では使えない、都市部でのみ使える必殺技、アーバン・スプラッシュ。剣を逆手に持つのは、自然な体勢で地面を剣先で抉るためと、その動作のままで敵に向けて剣を振り抜くためであった。勿論、命名者は少年漫画も読んでいたマイルである。
「くっ!」
僅かに剣先が掠ったものの、さすがに領内一の剣士と言われるだけのことはあり、ウェイルンは土の飛沫と共に放たれた一撃目も、それに続く二撃目もかろうじて回避した。
「そ、そんな小手先の小技に、ひ、引っ掛かるものか!」
しかし、割と危なかったのか、かなり動揺しているようであった。
「勇者様の得意技であったというアーバン・スプラッシュを避けるとは、さすが、上兄様。
しかし、狩り場で、どのような上位の魔物が出て来ようと必ず倒すために編み出されたというこの技は
そう言って、メーヴィスは再び必殺技を放った。
「
「うおぉっ!」
何とか剣で受けたものの、予想していたより遥かに強いその斬撃にたじろぐウェイルン。
貴族の女性であるメーヴィスの剣は、切れはあっても威力は
だが、驚きを顔に出してはならない。それは、相手を更に調子付かせる悪手である。ここは平気な顔で流さねばならない。
「ふふん、この程度か。必殺技とやらも売り切れか?」
そう言ってウェイルンは平静を装うが、必殺技を受けられたメーヴィスもまた平気な顔をしていた。
「上兄様、あまり私を見くびらないで戴きたい。
この私が、この程度の
「な、何?」
「真・神速剣! 1.4倍だあぁ~っ!」
「う、うおぉぉぉぉぉ~っ!」
メーヴィスは、単発の打ち合いではなく、連撃戦、そして乱撃戦へと移っていった。
必殺技は、もう無い。メーヴィスの一夜漬けの必殺技は、あのふたつで売り切れである。
いや、この『真・神速剣』こそが、メーヴィスの真の必殺技と言えるかも知れない。
養成学校の半年間、いや、その後もずっと続けてきたメーヴィスの特訓が、今、役立っていた。
いくらナノマシンにより神経の反応速度の上昇、筋出力の一時的な増強を行ったところで、元々の肉体の能力がそれについて行けなければ、筋断裂や骨折等、肉体が自壊する。しかし、メーヴィスは、努力と鍛錬により、たとえ数分間に過ぎないとは言え、その過酷な動作に耐え得るだけの肉体を我が物としていたのである。
ウェイルンは、メーヴィスのハッタリかも、と思いはしても、いつ、どんな必殺技を出されるかと警戒せねばならず、それが攻撃力を大きく削いでいた。先程のふたつの技は、待ち構えていての万全の体勢で受けてさえ、ぎりぎりであった。もし、大きな技を出そうとしたり、それを防がれた時の隙を狙って第3の必殺技を出されたら。そう考えると、迂闊なことはできなかった。
しかも、メーヴィスの攻撃速度が異常に速い。メーヴィスの連撃を受けるのに精一杯で、ウェイルンは反撃に出られない。ウェイルンもまた、先程の父親と同じく、しだいに焦りが募り始めていた。
兄も魔法は使えない。それに対して、今のメーヴィスは、自分では「肉体を自分の意思で制御している」と思い自覚はしていないものの、身体強化系の魔法が使えている。疲労物質も分解し、持久力も増していた。しかし、やはり男性でありメーヴィスよりずっと長い年月を鍛錬に費やしてきた兄とは、身体の基本性能が違い過ぎた。ウェイルンが徐々に疲労し戦闘力がしだいに低下していくのに対し、メーヴィスの限界は突然訪れる。そのことは、メーヴィスも、ナノマシンから忠告されていたマイルから聞いている。そしてそのタイムリミットは近かった。
そう、メーヴィスもまた、顔には出さないものの、ウェイルン以上に焦っていたのである。
限界が来れば、全てが終わる。そしてそれは、もう間近に迫っていた。
もう、後がない。
そう思ったメーヴィスは、できれば使いたくなかった最後の攻撃を行う決心をした。
ポーリンが考え出し、レーナとマイルもその効果を保証してくれた、上兄様に対する必殺の攻撃。もしこれが通用しなければ、全ては終わる。
己の未来を賭けて、メーヴィスは最後の攻撃を行った。
「上兄様なんか、大嫌いです! もう、二度と私に話しかけないで下さい!」
「え…………」
愕然とし、次いで絶望に包まれたような顔で棒立ちになるウェイルン。
ばしいっ!
動きが止まったウェイルンに、メーヴィスの一撃が決まった。
「「「「え…………」」」」
呆然とする観客達。
「「「「なんじゃそりゃあああああああっっ!」」」」
ゴネた。
伯爵とウェイルン、そしてユアンは盛大にゴネた。
しかし、これだけの人数の証人を前にしては、どうしようもなかった。
貴族が、しかも騎士たる者が平然と約束を反故にする姿を平民に見せるわけには行かなかった。
そして、ギルド王都支部の利益代表であるティリザと、国王の意を汲む近衛のサントスがメーヴィス側に付いたのでは、もう、どうしようもなかった。
力なく項垂れたオースティン家一同は、配下の者達と共にとぼとぼと闘技場から去っていった。
オースティン家一同を見送ったマイルが、ふと横を向くと、ポーリンが暗い顔をして立っていた。
「あれ、ポーリンさん、どうかしたんですか?」
マイルの問いに、ポーリンは悔しそうに叫んだ。
「時間さえあれば、時間さえあれば、この試合にお金を賭けて、大儲けできたのに……。
ああ、昨日に戻れたら! 昨日に戻ることができたら!」
その時、そよ風が吹き、マイルの鼻腔に花の香りを運んできた。
それは、地球にある、ラベンダーの花の香りに似ていた。
マイルは、ぽん、と手を打った。
「ああ、『金をかける少女』!」
先程、見本本(献本とか謹呈本、贈呈本とか言われるもの)が到着しました。
ISBN978-4-8030-0922-4
発行 アース・スター エンターテイメント(アース・スターノベル)
発売 泰文堂
発売予定 5月14日
よろしくお願い致します。(^^ゞ
同梱版や書店特典等については、活動報告にて。(^^)/