74 覚醒
ウェイルンがいきなり踏み込んだ。
ぎいぃん!
「え……」
「どうかなさいましたか、上兄様?」
手加減無しの自分の斬撃を、メーヴィスが受けられるはずがなかった。
少なくとも、8カ月前のメーヴィスには、今の斬撃の7~8割の速さですら防げるかどうか、といったところであった。それが、なぜ簡単に受けられるのか。
ぎんぎんぎぃん!
「ば、馬鹿な……」
部下の騎士達ですら防ぎきることができる者は少ない、本気も本気、必殺の3連撃。
それが、簡単に弾かれ、捌かれた。
「あり得ん……」
呆然と呟くウェイルンに、メーヴィスが不思議そうに尋ねた。
「上兄様、もしかして、御自分以外の者も日々鍛錬をして強くなっている、ということをお忘れでしたか? そして、御自分よりも多くの鍛錬を積み、より速く、強くなっていく者が存在するのだということを……」
「な……」
そしてメーヴィスは最後の『決め』へと進んでいく。
「上兄様。父上がお歳のため体力の頂点を過ぎられた今、領内では上兄様が一番強いのでは、と言われておりましたが、実は上兄様は、父上を除いても、領内での実力は二番目なのです」
「なに? では、一番は誰だと言うのだ?」
そしてメーヴィスは、剣から離した左手の親指を立てて自分の顔を指差した。
「え……」
それを見たウェイルンは、言葉を詰まらせて、再び呆然とした。
いくら特訓をしても、僅か一晩でそんなに強くなれるはずがない。
まともな手段ではメーヴィスが兄に勝つことは難しいと考えたマイルは、昨日、禁断の秘術を使ったのであった。
どうしてもやむを得ない場合を除き、自分から積極的に利用することは自粛すると決めていた、アレ。そう、ナノマシンである。
マイルは、やむなくナノマシンを呼んで質問をした。どうしてメーヴィスは魔法を使えないのか、と。
久し振りに頼られて嬉しかったのか、ナノマシンは嬉々として教えてくれた。
『え? 使えますよ?』
(な、何だってぇ~!)
『魔法が使えない者には、様々な理由があります。メーヴィス様は、その内の、「思念波の体外放射能力不全」に該当します。つまり、思念波を体外に放射する機能に問題がある、ということです。どうやら、一族の方の多くが同じ状態のようですので、遺伝的なものかと……』
(それじゃ、魔法を使えないじゃない!)
『いえ、「思念波の体外放射の機能に問題がある」ということですから、』
(……体内には放射できる、ってこと?)
『その通りです。どうして、その聡明さがいつもは発揮されないのでしょうか?』
(う、うるさいわ!)
そしてナノマシンから色々と聞いた結果、次のようなことが判明したのであった。
メーヴィスは、思念波の出力が弱い上、それを放射する部分、電波で言うところのアンテナに相当するものが機能していない。そのため体外に思念波を放出することができず、必然的に魔法が使えない。
しかし、アンテナがなくとも、回路内には信号が流れている。つまり、体内には、弱いながらも思念波が行き渡っているのである。
ということは、「体内にナノマシンがあれば、反応する」ということである。
『普通、生物の体内には我々ナノマシンが常駐することはあまりありません。……不快ですので』
そう言ったナノマシンの気持ちは、なんとなく理解できた。それに、創造主が決めた「一定濃度を保て」という指示は、生物の体内は適用外らしい。
『しかし、ナノマシンが生物の体内に存在する場合がいくつかあります。その内のひとつが魔法行使によるものです』
そう、治癒魔法等の、生物の体内における魔法効果の発現のためには、ナノマシンが体内に侵入する必要があった。しかしこれは、役目を終えれば体外へ出るし、メーヴィスにはそもそも体内に入るように魔法を行使することができないため、関係ない。
ちなみに、治癒ではなく肉体の破壊目的での肉体侵入はナノマシンの反応効率が悪く、また、侵入に少し時間がかかるため治癒魔法と同様に効果が出るまでにワンテンポの遅れが出る。更に、発動がゆっくりであるため、その肉体の主が異状を感じてその症状を嫌がった場合、その思念が優先されて発動がキャンセルされる。超至近距離で、直結状態で思念を流されるのであるから、そちらが優先されるのは当たり前である。これを、人間は「魔法抵抗力」と認識している。
但し、ポーリンがBランクハンターに対して行ったように、多少の時間がかかっても構わず、かつ、本人が異状に気付かなかった場合には、その手の攻撃も可能である。また、魔力が抵抗力など問題外の馬鹿威力であった場合等も、他者の体内への干渉が可能である。
『そしてもうひとつが、「自然侵入」、つまり、呼吸や飲食、その他による、自然な形でのナノマシンの体内侵入です。この場合、吸い込まれたナノマシンはすぐに体外へ脱出します���、なにせ充分な密度で空気中に存在しますので、常時一定数のナノマシンが口腔から肺にかけて存在しているということになります。このナノマシンが、直結状態で思念波を流されますと、数が少ないため効果は限られますものの……』
(反応する、というわけね……)
そして、マイルは考えた。体外のナノマシンを利用できず、僅かに存在する体内のナノマシンならば何とか利用できるメーヴィス、そして騎士に憧れるメーヴィスの、簡単な強化法を。
……そう、アレしかなかった。
肉体強化魔法である。
ポーリンに『明日の模擬試合をイベント化して、商業ギルド経由で出店の収益の分け前を貰う』という案を伝えたところ、ポーリンはハンターギルドと商業ギルドの各支部に話をつけるべく飛び出した。心配だからと、レーナにもついて行かせた。そして闘技場に残った、マイルとメーヴィス。
考えてみれば、レーナとポーリンのパワーレベリングに較べ、メーヴィスはあまりマイルによる恩恵を受けていなかった。確かに、『神速剣』がある。しかしあれは、メーヴィスがただひたすらにマイル相手に鍛錬を続けた賜物であり、パワーレベリングなどと言ってはメーヴィスに失礼である。それは、半年以上に渡る、魔術師組に置いて行かれないようにとのメーヴィスの必死の努力に対する当然の成果であったのだから。
そしてそれでも、『マイルにコツを教えて貰った』というだけで急速に能力を向上させたレーナとポーリン程にはCランクハンターとしての実力が上がったわけではない。レーナの火魔法、ポーリンの治癒魔法は、それ単体でならばBランク、もしかするとAランクに近いかも知れないだけの威力がある。知識や経験、応用力、そして速度や体術その他を考慮すると、ハンターとしての総合力はCランクの上位辺りにしかならないが。
それに対して、メーヴィスの剣技はCの上位かBの下位程度であった。いくら『神速剣』などと言っても、本当にメーヴィスが言っている程の速度が出ているわけではない。1.4倍、などというのはハッタリであるし、元々が大した速さであったわけではないので、それが少し速くなりはしても、毎日訓練をしている兵士や騎士に大きく勝るという程のものではなかった。なので、盗賊程度であれば数人を同時に相手にできるが、兵士や騎士となると、複数相手は少し厳しかった。相手の靴の中に尖った小石がはいっているとか、靴底が斜めに削れてでもいない限りは。そして、たとえ相手がひとりであっても、それが熟練の戦士であった場合には、やはり勝利は難しかった。
なのでマイルは、今まで自分の力不足に悩み苦労していたメーヴィスに、少しばかり手を貸すことにしたのであった。
ポーリンがレーナと共に商業ギルドとハンターギルドへ飛んで行った後、ふたりだけになった闘技場で、遂にマイルが切り出した。
「あ、あの、メーヴィスさん……、明日、どうしても勝たなきゃダメですよね?」
「え? あ、ああ、そのために今、特訓をしているのだろう?」
何を今更、と、怪訝な顔をするメーヴィス。
「あの、その、実は、勝てるかも知れない方法があるんですけど……」
「何! それは本当か! 教えてくれ、それはどんな方法なんだ!」
全力で食らい付くメーヴィスに、マイルは恐る恐る伝えた。
「あの、人体を強化する、という方法なんですが、その、メーヴィスさんの、騎士としての誇りに反するかも……」
「構わない! そんなこと、全然構わないとも! とにかく、この難局を打開するためならば、多少のことは受け入れる! さぁ、早く教えてくれ! どうやるんだ?」
メーヴィスが『実戦ならばともかく、試合においてのそれは、剣士として卑怯な手段だ』と拒否するかも、と思っていたマイルは、拍子抜けした。
この世界にも、地球で言うところの『背に腹はかえられぬ』、『心に棚を作れ!』、『それはそれ、これはこれ』等の便利な格言に相当する言い回しが存在していたのである。
そしてマイルはメーヴィスに、肉体強化の方法について説明した。『メーヴィスにも魔法が使える』などと言うと面倒なことになりそうな気がしたので、あくまでも『人体強化の秘術』として、己の意思の力で肉体をコントロールする、という形にした説明である。これならば、修行で身に付けた能力として受け入れやすいかも、と考えたのであった。メーヴィスは、きらきらと輝く瞳でマイルを見詰め、その教えを吸収していった。
説明の後は、実技訓練である。
強化の加減、力のバランス、速さの把握。
感覚を掴み損ねて何度も転び、擦り傷だらけになるメーヴィス。その度にマイルが魔法で治癒してやった。
そしてあたりが暗くなり始め、両ギルドに話をつけたポーリンとレーナが戻って来た時。
そこには、自信に満ち、満面の笑顔を浮かべたメーヴィスの姿があった。