07 Aクラス
実力試験の翌日。
アデルが待ちに待った、教材等の支給日。
別に教材が早く欲しかったわけではない。早く欲しかったのは、同じく支給される衣服であった。
制服夏用冬用各2組、運動着同じく夏用冬用各2組、それぞれの靴、靴下、その他。
これで、着た切り雀から脱却できる。
制服ならば、着たきりでも別におかしくはない。
それに、制服や運動着は、もし身体が成長してサイズが合わなくなったり、極端に傷んだりした場合には無償で交換して貰える。あまりにも交換回数が多い場合は、サイズが合わなくなり交換し返納された中古品が回されることもあるらしいが、アデルにはそんなことは全然構わない。
かなり傷んでいる、今まで着ていた唯一の私服は、大事にアイテムボックスに入れて保存しておくことにする。
一度に運びきれないため、支給品を何度かに分けて部屋へと運んだアデルは、早速制服に着替えた。成長期なのを見込んでかなり大きめのものを支給されていたが、それがまた新入生らしくて良い感じを出している。
「友達100人、できるかな!」
前世を含めて、未だ友達ができたことのないアデルは、期待に満ちた顔をしていた。
午後に連絡掲示板のところに行くと、クラス分けが発表されていた。
午後はこのクラス分けに従って並び、入学式の練習。そして明日は入学式とクラスでの顔合わせやその他。授業は明後日の休養日を挟んだ後、来週から始まる。
アデルのクラスは、予想どおりAクラスであった。
実際にはアルファベットのAというわけではないが、この国の文字学習における最初の文字なので、『A』としておこう。
午後の入学式の練習、そして翌日の入学式は、取り立てて言うこともなく普通に終わった。
入学式には家族が来た者もいるが、お金に余裕がない家の者や『どうでもいい子』扱いの者が多いため、遠方の者は家族が来ない者が多かった。勿論、アデルもそのひとりである。
また、家族がすぐ近くに住んでいる場合でも、上級のアードレイ学園にはいる子供の入学式には出るが下級のエクランド学園にはいる子供の入学式にはみっともないから出ない、という下級貴族も少なくはなかった。
式が終わると、そのまま教師に引率されてそれぞれの教室へと移動した。
それまでの式の練習や本番の最中に会話を交わせるはずもなく、ようやくクラスメイトとの交流が始まる。
アデルの胸は期待と不安に満ちていた。うまく友人ができるだろうか。また前世のようになるのは嫌だ、と。
「俺が、このAクラスの担任であり、一年間お前達の面倒をみる、エイブ・フォン・バージェスだ。来年は2年のAクラスを担当する予定だから、来年も面倒をみてやる者もいるだろうが、進級時にはまた成績でクラス分けが行われるから、成績が下がった者とはそこでお別れになる」
Aクラスの担任は、三十歳前後のがっしりとした体格の男性であった。
教師と言うより、ハンターギルドの中堅ハンター、と言った方が似合いそうな、少し歳を喰ったアニキ、という感じの男性。
名前にフォンが付くことから分かるとおり、貴族なのは、学園内では身分は関係なく平等、という原則を理解できない馬鹿な貴族の子女達を抑えるためであろう。
「じゃあ、まずは自己紹介と行くか。お前から順に行こうか」
「は、はい! 僕はマーカス、ビュイック商会の三男です。王都出身、得意なことは……」
指名された最前列左端の男子から自己紹介が始まった。そして男子12名、女子18名、合計30名のAクラス員の、名前、出身、特技、趣味、将来の目標等、典型的な自己紹介が続く。
Aクラスに女子が多いのは、下級貴族家や商家では男子を上級の学園、女子を下級の学園へ行かせる場合が多いことと、男子は武術の訓練に力を入れる者が多いため学力では全体的に女子の方が成績が良いためである。
実はアデルはなぜか人の顔を覚えるのが苦手であったが、今回は友達を作るために必死で覚えようとして、自己紹介をしている者の顔を凝視していた。すると、なぜかそれに気付いた本人は頬を赤らめて動揺した素振りをする。
アデルは、それが自分のせいだとは微塵も気付いていなかった。
「ケルビン・フォン・ベイリアム、騎士志望だ。特技は剣。趣味も剣。ここでの目標は、強くなることだ!」
それまでの無難な自己紹介とは少し違ったその内容に、アデルは少しだけ注意を惹かれた。ほんの少しだけ、であるが。勿論、自分が運動能力測定の時に参考にした男子だということには全然気付いていなかった。
そして、ケルビンがアデルの方を睨み付けていたことにも、全く気付いてはいなかった。
自己紹介の順番が進み、いよいよアデルの番に。
「アデルです。特技は特にありません。どこにでもいる、ごく普通の平凡な女の子です」
((((嘘だあぁぁぁっっ!!))))
教室内の、アデル以外の全員の心がひとつになった。
気の合う、纏まりの良いクラスであった。
無詠唱で、新入生の中でトップクラスの魔法の腕を持つ女生徒の詠唱魔法とほぼ同等の威力の魔法を平然と撃った少女。
同じく新入生の中で断トツの身体能力を持つ貴族家5男の記録に余裕綽々で追いつき、そこで記録を止めた少女。恐らくは男子の面目を保たせてあげるためであろうが、却ってそれが面子を丸潰れにさせたことには全く気付いていない様子なのは、天然なのか、養殖なのか……。
その事実は、実力試験を終えた貴族の子女によって、寮の談話室で、あるいは食堂でと、既に広められていたのであった。
経験不足のため演技が下手なアデルは、全力を装った演技がバレバレであったことも、よりによって自分の前に並んでいた生徒がそれぞれの分野でトップクラスであった事にも全く気付いておらず、自分は平均的な女の子として無事クラスに溶け込めたものと信じ込んでいた。
自己紹介の後はオリエンテーション。学園の仕組み、ルール、学習や実技訓練のやり方などについて教師のバージェスから説明を受け、明日の休養日を挟んだ週明け、明後日からの授業についての注意事項を伝達された。
その後は解散。今日は午前中のみで、午後と明日の休養日は必要品の買い出しを行ったりして身の回りの環境を整えるように、と指示された。
しかし、アデルには関係ない。明日はバイトだし、色々と買い物をするだけのお金はない。絶対に必要な物、つまり石鹸、ノート、インクを買えば前回のバイト代は終わり。贅沢品であるそれらは高いのだ。そしてそれだけ買うのには1分もあれば足りるだろう。
明日のバイト代は、何かに備えて取っておいた方がいいだろう。下着の替えをもう2枚くらい買いたいが、それはまた今度になる。
そう考えながら席を立とうとすると、数名の男子生徒に囲まれた。
「アデルちゃん、一緒に必要品の買い物に行かない?」
「いや、僕と行こうよ。僕は王都出身だからお店には詳しいよ!」
「いや、俺が!」
アデルは反射的に身構えた。しかし……。
(あれ? 思わず警戒したけど、どうやら悪意はないらしい、……と言うか、もしかしてモテている? どうして?)
アデルは不思議に思って、色々と考えた。
正直言って、海里の方が美人であった。
先祖代々の、由緒正しき生粋の平民である両親から生まれたにもかかわらず、海里はシャープで整った顔立ちの、いわゆるお嬢様系の美人顔であり、芸能界からスカウトされてもおかしくない程であった。しかし、学校では全くモテなかった。(実は、高嶺の花過ぎて誰も声を掛けられなかった。)
だが、アデルは、均整のとれた整った顔立ちではあるが、あまり特徴のない平均的な容貌である。美人と言うより、何となく安心できるような落ち着いた感じの……。
(って、ああっ!)
アデルは思い出した。昔見たテレビ番組を。
『大勢の人間の顔を合成して平均化すると、美男美女になる』ってやつ。
決して突出した凄い美人になるわけではないが、皆が好ましく思える、安心できる魅力的な顔になる、という話。
平均化すると。平均化すると。平均化すると………。
(違う! 私が言う『平均的な容貌』というのは、普通で、目立たず、群衆の中に埋没できるという意味の『平均的』であって、美人を意味する『平均顔』などではない、決して!)
「ご、ごめんなさい、私、買い物はもう終わっているので!」
覚醒後のアデルにしては珍しく、顔を赤くしてワタワタと狼狽えるその姿がまた男子達の何かを刺激したらしく、ますます激化する争奪戦。
「男子、いい加減にしなさい!」
委員長気質の女の子の一喝で男子が怯んだ隙に、女の子へのお礼もそこそこに逃げ出すアデル。
今まで、前世を含めて「宿題見せて」以外の言葉をクラスの男子からほとんどかけられたことのないアデルはテンパっていた。
寮に戻り洗面所に駆け込むと、金属を磨いただけの写りの悪い鏡にその姿を映してみた。
標準より少し低いような気がする身長。母譲りの、さらさらの銀髪。そして海里のような突出した美人ではないが、整っており、何となく安心感のある馴染める顔。
(……モテるの? モテるのか、私?)
にへら、と気持ちの悪い笑いを浮かべるアデル。
寮に戻ってきた女子生徒がその顔を見てしまい、慌てて眼を逸らした。
(違う! 私モテるの、じゃないでしょ! 私は平凡な女の子なんだから、彼氏はひとりだけでいいの! それも、成人してからで充分!
今、変な男の子達に付きまとわれるのは嫌!)
頭をぶるぶると振って、おかしな考えを振り払うアデル。
(でも、変だな。何だか、胸が小さいような……)
この世界でも、女の子は早い子で7~8歳頃から胸が大きくなり始める。海里も8歳くらいから大きくなり始め、18歳の時にはCになっていた。ところが、アデルにはその気配が全くない。クラスの女子も割と目立つ大きさの子が何人かおり、とても今のアデルが『平均値』とは思えない。なぜなのか……。
(母と祖父が亡くなってからの2年間はよく食事を抜かれていたから、成長が遅れたのかな。
これじゃまるで、エルフかドワー…フ……、ま、まさか!)
アデルは愕然とした。
人間、エルフ、ドワーフを合わせて、ヒト族と呼ぶ。
もし、神様がそれらを同じ1つの種族だと考えていたら。
平均のはずなのに、明らかに低めの身長。
育たない胸。
いやいやいやいや、それでも、エルフとドワーフは人間に較べて数が少ない。平均化されれば影響は少ないはず。
……普通であれば。
もし普通でなければ?
例えば、もし目の前に「人間の平均値」、「エルフの平均値」、「ドワーフの平均値」の3つがあり、全部を調べ直すのは面倒だから簡単に平均値を出そうと思ったとしたら?
その3つの数値の平均でいいや、と考える馬鹿がいたとしたら?
待て。待て待て待て待て待て待て待て待て待て!!!
そんなはずがない。そんなわけがない。
そう思いながらふらふらと自室に向かうアデルは、ふと考えた。
(オークやゴブリンがヒト族にはいってなくて良かった……)
がんがんがんがんがん!
廊下の壁に頭を打ち付けるアデルがクラスメイトの女の子に取り押さえられたのは、その直後のことであった。