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68 討ち入り

「何事ですか!」

 店員に店先の状況を知らされたのか、ベケット商会の商会長、つまりポーリンの仇である男が護衛らしき者達と一緒に店から出てきた。そしてその目に映るのは、店を囲む群衆と、その前に立つ四人の少女達。

「ポ、ポーリン!」

 そう、そこには、魔法で染め粉を分解して元の茶髪に戻し、包帯も取った、素顔のポーリンの姿があった。

「自分で戻ってきたか! で、これは一体どういうことだ?」

 商会長は、群衆を見回してポーリンを問い詰めた。

「観客の皆さんですよ。あなたが捕らえられ、処罰されるところを見物に来られた……」

「な、何だと!」

 商会長は、従順であったはずのポーリンからの思わぬ言葉に戸惑いの声を上げた。

「二年半前、雇った盗賊にお父さんを殺させ、文書を偽造して店を乗っ取った。覚えがないとは言わせませんよ! そして今回は、国王陛下の直轄地である王都の住民を殺そうとした罪、明白です。これは、陛下の財産を害する行為であり、反逆行為です!」

 糾弾された内容のあまりの外道さに、群衆から怒りの声が上がり始めた。

「し、知らん! 一体何の証拠があって……」

 大衆の面前でとんでもないことを言われ、慌てる商会長。

 しかしポーリンは平然と言葉を続けた。

「証拠? おかしいとは思わなかったのですか、あなたが私の仲間達を殺すよう命じた者達の姿がなく、私が仲間達と共に現れたということを。

 そう、彼らは全員捕らえられて、王宮の拷問吏に尋問されているんですよ。いえ、『されていた』と言った方が良いでしょうか。とっくに全てを吐いて、今頃は多分、王都の警備兵がこちらへ……」

「な……」


 その反応を見て、群衆は理解した。ああ、糾弾の内容は、全て本当のことなのだな、と。

 ポーリンが、わざと昔の件と今回の件を続けて喋り、今回の件に証人がいることだけを告げることにより、あたかも昔の件も証明されたかのように錯覚させたということには気付かずに。

 そして、商会長が『絶句しているのは、認めたも同然である』ということに気が付いた時には、もう既に遅かった。糾弾された内容は事実だという認識が、群衆の間に広まってしまっていたのである。もう、こうなっては力業で押し潰すしかなかった。不穏なことを主張する元凶さえいなくなれば、あとは圧力でどうとでもできる。そのためのコネであり、そのための賄賂である。

「悪質なデマを広める、この連中を捕らえろ!」

 商会長は護衛達にそう言いながら手で合図を送り、自分は後ろへと下がった。それは、今までに何度か使ったことのある、『殺せ』の合図である。五人の護衛達は、小さく頷いて前に出た。そして四人が剣を抜き、あとのひとりはやや後方で立ち止まり杖を掲げた。

「ああっ、私達の口を封じるため、殺すつもりですね! 罪を認めたも同然です! 剣を抜いて殺そうとされたのでは、仕方なく、身を守るために戦わざるを得ないです! これは正当防衛です!」

 マイルが大声で長ったらしい説明台詞を叫び、剣を抜いた。それに合わせて他の3人も、剣やスタッフを構える。レーナとポーリンは既に詠唱を始めていた。


 護衛の男達は、「死にやがれ!」だとか「覚悟しやがれ!」だとかの無駄な台詞は一切無しで、無言のまま斬りかかってきた。勿論、余計なことを喋るのは三流以下であり、この護衛達は、どうやら二流程度の実力はあるようであった。レーナ達の聞き込みではハンター資格はないと聞いていたのだが、どうやらそれは実力不足のせいではなく、何か別の理由によるものだったようである。


 レーナとポーリンは、相手の魔術師に意識を集中した。向こうの実力が分からない以上、安全策を取るに越したことはない。また、それは、相手の前衛4人をマイルとメーヴィスが完全に防いでくれるという絶対の信頼があって初めて可能となることであった。別の相手に意識を集中している時に敵の前衛に斬り掛かられれば、確実に殺されるのだから。

 レーナとポーリンは既に呪文を唱え終わり、あとは発動のトリガーとなる単語のみを残してホールドしていた。そこへ斬り掛かる、敵の前衛。マイル、メーヴィス、レーナ、ポーリンにそれぞれひとりずつ、同時攻撃である。これでマイル達を全員一挙に無力化し、魔術師の魔法は念のための予備にするつもりなのであろう。どうやら、小娘と侮り、その剣技も、魔法の威力や詠唱速度も過小に見積もったらしかった。

 しかし、マイルとメーヴィスは、後方への攻撃者も含め、それぞれふたりずつを受け止めた。自分達に対する斬撃を撥ね上げて、後衛のふたりに向かおうとしていた者の剣を上から叩き下ろしてその動きを止めさせたのである。半年以上もの間、一緒に訓練してきたのだ。それくらいの息の合った動きは簡単であった。

 それを見た相手の魔術師が、慌ててホールドしていた魔法を発動させ、メーヴィスに向けて放った。アイシクル・ジャベリンである。近接戦闘の場に撃ち込むのであるから、目標以外の者には影響がない魔法を選ぶ必要があり、それにはこの魔法が適していた。それに、実体を持ち運動エネルギーを有する氷槍であれば、魔法防御に対しても突破力に優れている。

 だが、それは悪手であった。相手側のふたりの魔術師を牽制していたのに、魔術師達ではなく前衛に向けて魔法を放ってしまえば、相手の魔術師達が完全にフリーになってしまう。もしこれが、普通の駆け出しハンター相手であれば問題なかったかも知れない。対人戦闘が多い護衛任務を請け負えるだけの、腕に自信のある魔術師にとって、駆け出しが放った攻撃魔法を相手の魔法が発動した後で防御することはそう難しいことではない。しかし、レーナとポーリンは、確かに「駆け出し」ではあったが、その頭に「いささか常識から外れた」という言葉が付いた「駆け出し」であった。

「アース・シールド!」

「アイシクル・ジャベリン!」

 ふたりの魔法が発動され、メーヴィスに向かっていた氷柱の槍は地面から盛り上がった土の壁によって防がれ、先端部が尖っておらず丸くなっている氷柱の槍が敵の魔術師に向かって飛び出した。


 氷柱の槍……と言うか、棒が腹部にめり込み、魔術師が倒れ伏した頃には、4人の前衛達も全員が地面に転がっていた。そして歓声を上げて盛り上がる群衆と、蒼白になる商会長。ポーリンが再び問い詰めようとしたその時、後ろから声が掛けられた。

「おいおい、一体こりゃ何の騒ぎだ?」

 マイル達が振り返ると、そこには、三十代半ばくらいのハンターらしき者の姿があった。腰に佩いた剣から見て、前衛職の剣士だと思われる。

 その男を見た商会長の、助かった、というような目を見て、マイルは全てを悟った。

(あ~、これ、『先生、お願いします!』ってやつだよねぇ……)

「先生、お願いします!」

(あ、やっぱり……)


「で、お前達はハンターらしいが、どういう状況だ?」

 先生、と呼ばれた男は、雇い主の言いなりになるつもりはないらしく、状況を確認するためにマイル達に尋ねた。どうやら、雇い主に聞く、というつもりはないようであった。信用していないのか、戦う相手に直接聞いた方が早いと思っただけなのか……。


「犯罪者の捕縛よ」

「犯罪者だと?」

「そう。強盗を手引きして、その子、ポーリンの父親を殺させて、偽造文書で財産を奪い、非合法でハンターを雇って王都民である私達を殺させようとしたのよ。重罪ね」

「……本当か?」

 レーナの話を聞いた男は、首を巡らせて商会長の方を向いて尋ねた。

「う、嘘だ! デタラメだ!」

「まぁ、数日以内に王都から護送馬車が来るだろうから、すぐに分かるわよ。

 で、どうするつもり?」

 必死になって否定する商会長を軽くあしらい、ハンターの男に尋ねるレーナ。

「俺は、そこに転がっている奴らとは違って、ギルドを通して正式に依頼を受けた護衛だ。だから、お前達が役人か兵士、もしくは国か領主の依頼を受けた者であれば何もしない。だが、そうでないなら、契約に従ってそいつを護衛しなきゃならん。ハンターなら分かるだろう?」

「……仕方ないわね。でも、4対1よ、降伏という選択肢もあるんじゃないの?」

「それはできん。俺はBランクだ、新米4人に降伏したなどという汚名を受け入れることはできん。それに、そもそも負けるとは思えん」

「はぁ……。じゃあ、やりましょうか……」

 レーナがそう言ってスタッフを構えようとした時、マイルが横から口を挟んだ。

「レーナさん、ここはやはり、一騎打ちでしょう!」

「「「え?」」」

 また、マイルがおかしなことを言い出した、と呆れる3人。

「戦隊物のお話じゃないんですから、いくら正義のためとは言え、大勢で弱い者苛めをするのは感心しません。それに、それでは観客の皆さんが楽しめませんよ!」

 3人は、うんうん、と黙って頷く群衆を見て、それもそうかと納得した。

「……分かったわ。それじゃあ……」

「待て! 待て待て待てぇ! 何だよ、その『正義のためとは言え』とか『弱い者苛め』とかいう台詞は! 何か? 俺が『悪』なのか? 俺が『弱い者』なのかよ!」

「え? 違うのですか?」

 素で驚いたように聞き返すマイルに、ハンターの男は大声で叫んだ。

「違うわぁ! さっき言っただろうが! 俺は、ちゃんとギルドを通して護衛依頼を受けてるんだよ! お前達が公的な立場の者だったら、黙ってそいつを引き渡す。けど、お前達は個人的な恨みで動いているだけの、ただの襲撃者だろ? なら、受けた依頼に則って護衛しなきゃならないだろうが! それと、今は他の仲間が所用で町を離れているから、暇潰しを兼ねてひとりでこの仕事を受けているけれど、本来はBランクパーティのリーダーだからな、俺。個人ランクでは、もうすぐAランク、って言われているんだからな? 強いぞ? 嘘じゃないぞ?」

「いえ、そう必死に言われましても、却って怪しく……」

「嘘じゃねぇぇ!」

 マイルの不審そうな言葉に、顔を赤くして必死に叫ぶ護衛のBランクハンター。

「それでは、そろそろ場も温まってきたようですので……」

「わざとやってんのかよ!」

「あなたのお相手は、この、普通の美少女魔法剣士、マイルが……」

「……どこにいる?」

「え?」

 護衛のハンターの文句を聞き流して話を進めようとしたマイルは、思わぬ言葉に戸惑った。

「だから、俺の相手をしてくれるという、その『美少女』というのは、どこにいるんだよ?」

 わざとらしく周りを見回しながら、ふふん、と薄ら笑いを浮かべる護衛のハンター。


(こ、コイツ……)

 いや、分かってはいる。少し調子に乗って『美少女』などと言ってしまった自分が悪いのだと。

 しかし、世間には大勢いるではないか、『美少女戦士』だとか『天才美少女魔術師』とか自称する輩が。『首無し美女殺人事件』とか、どうして首が無いのに美女だと分かるんだよ、と言いたくなるようなタイトルもある。あれらはみんな、「枕詞」なんだよ、お約束なんだよ! 突っ込んじゃダメなんだよ! 少しいじった仕返しのつもりなの!

 そう思い、心の中で歯噛みするマイル。

 その怒りを込めて、いざ……。

「私がやります」

「「「え?」」」

「これは、私がやるべき戦いです」

 そう言いながら、ポーリンが一歩前へと踏み出した。

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