66 臨時編成
護送馬車は、王都に着くと、そのままハンターギルドへと向かった。
そして到着したギルドの前には、ギルドマスターを始めとしたギルド職員、多くのハンター達、そして王都の警備兵達が待ち受けていた。恐らく、街門を通過した時点で伝令が走ったのであろう。
「御苦労だった。皆、怪我はないか?」
『赤き誓い』を労った後、ギルドマスターは、馬車から降ろされた、マイル達を襲った男達に宣告した。
「お前達は、現役のCランクハンターだということだが、本当か?」
森の中の現場で簡単な事情確認を行った後、伝令の騎馬が先行したため、ギルドマスターはある程度の情報は得ていた。
それを肯定した男達に、ギルドマスターが冷ややかに告げた。
「今回のことは、ギルドを通さずに行った犯罪行為であり、ハンターとしてのお前達にギルドからの支援や援助は一切与えられない。そして、ギルドに所属するハンターに対する襲撃、つまりギルドに対する明らかな敵対行為として、ギルドはお前達を永久除名し、殺人未遂犯として王都警備兵に引き渡す。何か異議はあるか?」
「ま、待ってくれ! 確かに、違法依頼を受けたのは間違いねぇし、除名も仕方ないとは思う。でも、殺すつもりはなかった! ただの脅しだ。な、あんた達もそう証言してくれ!」
そう言ってマイル達に必死で縋るが、彼女達は肩を竦めるのみであった。
「それは、警備兵に言ってくれ。身柄を引き渡した後は、ギルドは無関係だ。
貴族領の者が、王都、つまり国王陛下直轄である王領で、陛下の直接の臣民である少女達に手を出したのだ。さぞかし厳しい取り調べと処分が待っていることだろう。
さ、お引き渡しします、連れて行って下さい」
警備兵達は、ギルドマスターの言葉に頷くと、哀願する男達を引き立てて連れて行った。
マイル達の証言も求められるであろうが、それは一応の取り調べが終わった後、彼らの言い分が本当であるかどうかの検証の時であり、恐らく翌日かその次の日あたりになるであろう。
「さ、お前達は私の部屋に来て貰おうか」
そしてマイル達は、またまた、勝手知ったるギルドマスターの部屋へ行くことになった。
ギルドマスターの部屋へはいると、応接用の椅子に座るよう指示され、すぐに紅茶が出された。
「概略は、既にその娘から聞いている。で、何やらおかしな事を考えていやしないだろうな?」
「おかしな事? 嫌ですねぇ、そんな事、考えていませんよぉ!」
他の三人は視線を逸らせたが、マイルはギルドマスターの顔を真っ直ぐに見据えてそう言った。
「ただの、逆襲と復讐と蹂躙と殲滅。それだけです。決して、変なことは考えていません!」
「…………」
ギルドマスターは、がっくりと肩を落とした。
「……今回の件は、ギルドも動く。地方の商人如きにハンターギルド王都支部が喧嘩を売られて、黙っている訳にはいかん。ギルドを舐めたらどうなるか、思い知らせねば示しがつかんからな」
そう、ギルドに所属する者に売られた喧嘩は、すなわちギルドに売られた喧嘩である。舐められたら、同様の被害が増える。ギルドとして、これは見逃すことはできない事件であった。
あの捕らえた男達を直接警備兵の詰め所に運ばずギルドの前で引き渡したのも、他のハンター達に対する見せしめであった。違法依頼を受ければこうなる、ということ。そして、依頼はギルドを通したものだけを受けた方が安全である、というアピールのために。でないとギルドが儲からないので。
「……そう言っても、無駄なんだろうな……」
こくこく。
「はぁ……」
ギルドマスターは諦めた。
「仕方ないか……。その代わり、行く時にはうちの者をひとり、連れて行って貰うぞ。後々の証人になるし、むこうのギルドに協力させることもできる。それに、パーティの人数が違う方が誤魔化しやすくなって、そっちにも利点があるだろう」
マイルが返事に困っていると、レーナが代わりに答えてくれた。
「仕方ないわね……」
かくして『赤き誓い』プラス1名で、ポーリンの実家がある街、ボードマン子爵領の領都タルエスへと向かう事が決定されたのであった。
「出発は、タルエス方面への定期馬車が出る三日後が良いわね。それまでに準備をして、作戦を立てるわよ」
ギルドからの帰り道、レーナがみんなに告げた。
さすがに、これ以上は道端で話すのは少しまずいであろう。あとは、宿の部屋で相談である。
「レニーちゃん、三日後からしばらく出掛けるからね。お風呂の給湯を頼む魔術師、見つけた?」
「えええっ! まだですよぉ。急いで探さなきゃ! おかあさ~ん!」
マイルが、宿に戻るなりカウンターのレニーちゃんに数日後から出掛けることを告げると、レニーちゃんは大慌てであった。
そして三日後。
中央広場の乗合馬車発着場に、『赤き誓い』の四人と、十五歳前後に見える少女の姿があった。
ひらひらしたスカートに、腕を通しただけで前のボタンを留めていないジャケットを羽織った、ごく普通の街娘にしか見えないその少女は、マイル達に挨拶をしていた。
「ギルド職員のティリザと申します。今回、皆さんと同行することになりました。よろしくお願い致します」
「ああ、こちらこそ、よろしく。パーティメンバーということになるから、一応、得意なこととかを教えて貰えるかな?」
パーティリーダーとして、メーヴィスが必要事項を尋ねた。
「あ、はい、Cランクの後衛で、ナイフを使います」
「「「え?」」」
首を傾げる、『赤き誓い』の3人。
Cランクハンターというのはいい。十歳でFランクから始めれば、才能があって真面目にやっていれば十五歳でCランクハンターになっていてもおかしくはない。
問題は、「後衛で、ナイフ使い」という方であった。
なぜ、リーチの短いナイフで、後衛?
そもそも、ナイフは予備武器か、獲物の解体用である。リーチが短く、投げれば手持ちの武器がなくなるというナイフを主武器にするようなハンターなど聞いたことがなかった。
「ナイフって…痛っ!」
素朴な質問をしようとしたマイルの足が蹴られ、言葉が途切れた。
「な、何するんですか、レーナさん! 痛いじゃ……、ひっ!」
ブーツのつま先で自分の足を蹴ったレーナに文句を言おうとしたマイルは、レーナの怖い顔を見て小さな悲鳴を上げた。
「……な、何でもありません……」
本当に痛かったわけではなく、驚いて反射的に声を上げただけであったマイルは、慌てて質問を引っ込めた。
「私はあくまでもギルドからの見届け役兼タルエスのギルド上層部との連絡役です。パーティの一員の振りはしていても、戦いには参加しませんし、皆さんの行動の責任は負いません。その代わり、皆さんの行動を止めることも口を出すこともしませんから、どうぞ御自由に行動して下さい」
ティリザの説明に、頷く四人。
正当な主張であるし、行動に口出ししない、という言質が取れたのはありがたい。
その後、出発前にお手洗いに、と言ってティリザが馬車の側から離れた時にマイルがレーナに尋ねた。
「レーナさん、何なんですか、さっきのアレ!」
少し不機嫌なマイルに、レーナは小声で答えた。
「あの子の職種について聞くのはやめなさい。ナイフが主武器の仕事と言えば、決まっているでしょう」
「え?」
「考えれば分かるでしょう? ナイフが主武器の女の子が活躍できそうな場面を」
レーナの言葉に、マイルは色々と想像してみた。
「え~と、普通の女の子の振りをして潜入したり、こっそり護衛したり、暗殺したり、暗殺したり、暗殺したり……、あ……」
先程、ティリザの主武器がナイフと聞いた時に、レーナだけは怪訝そうに首を傾げたりしなかったのは、そこに思い至っていたからであった。
「いい? 余計な詮索はしない。それがハンターとしてのルールであり、長生きする秘訣よ」
マイル、メーヴィス、ポーリンの三人は、少し顔色を悪くしてこくこくと頷いた。
その後、しばらくして戻って来たティリザと共に四人が馬車に乗り込むと、それに続いてひとりの男が乗り込んできた。
「下兄様……」
誰も驚きはしなかった。
付いてくるに決まっている。
みんながそう思っていたので。
そして、男に付きまとわれている女性パーティ、となると目立つし絡まれ易くなるため、やむなく『男ひとり、女性五人の、六人パーティ』とすることが決定された。臨時編成の、一時的なパーティである。ユアンは、ティリザと違って戦闘にも参加するであろうし、作戦に口出しもするであろう。
少々鬱陶しいが、ユアンは正規の騎士である。実力は折り紙付きであろうし、騎士の判断や戦い方を間近で見られることは自分達の成長に役立つかも知れない。そう思うと、そんなに悪いことではないかも、と思う四人であった。
出発した馬車の中では、マイル達四人とティリザが話をしていた。さすがに、若い女性同士の話に割り込むのは憚られたのか、ユアンはそれとなく聞いているだけであった。
話と言っても、他の乗客もいるところでこれからの話などできるわけがなく、単なる女子トーク、世間話である。
「ティリザさんも、ハンター養成学校出身なんですか?」
「いえ、私がCランクになった頃には、まだ養成学校はありませんでしたので……」
「え?」
「普通に、Fランクから順番に昇格しましたけど?」
「「ええ?」」
おかしい。
十歳で正規のギルド員であるFランクハンターになったとしても、Cランクになれるまで、いくら順調に行っても4年はかかるはず。そして、そのCランクハンターになった時点で、養成学校がなかった? 創立から6年になるハンター養成学校が?
……計算が合わない。
「子供が産まれたのを機にハンターを引退してギルド職員になりまして、」
「「「えええ?」」」
「夫が、丁度できたばかりのハンター養成学校の学校長になりましたの……」
「「「「えええええええ!」」」」
まさかの、エルバートの奥さんであった。
「ち、ちょ、ちょっと待って! それじゃあ、一体何歳……」
「ハンターのプライベートを詮索するのは御法度ですよ、マイルさん」
「で、ででで、でも……」
狼狽えるマイルの後ろでは、蒼い顔をしたユアンが悪魔払いの印を切っていた。必死の形相で。