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63 襲撃

「……と、まぁ、そういう訳だ」

 早鐘のように打つ心臓を押さえ、少し焦げて縮れた、自慢の金髪を撫でつけながら説明を終えたユアン。

 やはり、卒業検定を見てメーヴィスに気付いた貴族が数人、領地邸の父親に連絡したらしい。

 ようやく消息が掴めたメーヴィスに、ハンターギルド経由で何度手紙を送っても何の反応も無いことに焦れたオースティン家は、遂に誰かを派遣することにした。そして選ばれたのが、所属する隊が遠出から戻ったばかりで休暇を取りやすかった、三男のユアンであった。

「絶対にメーヴィスを連れて帰る。そうしないと……」

「そうしないと?」

「父上と兄さん達に殺される!」

「「「あ~……」」」


「とにかく、絶対に帰りません!」

「駄目だ! どうしても戻って貰う! そもそも、ハンターなどというものは……、いや、何でもありません……」

 ギロリ、とレーナに睨まれて言葉を濁すユアン。騎士として少し情けない。

 メーヴィスは、兄相手だからか、いつもの男っぽい喋り方ではなく、女の子っぽい口調になっており、マイル達には少し違和感……と言うか、おかしな感じがする。

「もしも怪我をして傷でも残ったらどうする!」

「ポーリンが治してくれるから問題ありません」

「盗賊に襲われたら……」

「先日、40人程倒しましたが。実際には、盗賊ではなく全員兵士でしたけど……」

「え……」

 固まるユアン。

 他のパーティもいたということは言っていないが、別に嘘は言っていない。

「ま、まさか、今話題になっている、少人数のハンターが帝国兵を捕らえたという話……」

「あれ、御存知でしたか?」

 ユアンは思い出した。

 自分の隊が遠征訓練から戻った時に聞かされた、『アムロス方面不正規戦』の話。そしてその中でも異彩を放つ、4人の少女の活躍の物語を。

 防御魔法を貫く強力な炎魔法を連発する『炎弾』、治癒魔法の使い手『癒やしの乙女』、そしてえげつない魔法を使う『小悪魔』というのは、まさか……。

 そう思いながら改めて見回すと……。

 赤髪の、いかにも人を燃やすのが好きそうな……、というか、さっき燃やされた少女。

 どこか抜けていそうな、見るからに癒やされそうな銀髪の天使。

 そして、腹黒そうな、胸の大きい女。オースティン家には、『胸の大きい女には気を付けろ』という家訓があった。

 で、では、『神速剣』というのはメーヴィスのことか? メーヴィスのことかあぁ~!


 そう、『赤き誓い』が活躍したという情報は王宮や軍部には漏れていた。彼女達が口止めをしていなかった、捕虜達の口から。


 まずい。

 ユアンは焦った。

 あの噂に真実が4分の1以上含まれているとすれば、この4人を同時に相手にしては勝てない。兄達と違って、ユアンが同時に相手にできるのは兵士4~5人までである。自分達の数倍の人数の兵士達を相手にして無傷で勝てる少女が4人。そんなのに勝てるわけがなかった。ユアンは性別や年齢で相手を侮ったりはせず、客観的にそう判断した。

 いや、そもそもメーヴィスやその仲間達を傷付けるつもりはないが、それでも手加減しての実力行使、という選択肢はないわけではなかったのである。しかし、その目は潰れた。


「め、メーヴィス、顔を見せるだけ! 一度、父上や兄さん達に顔を見せて安心させてあげるだけでも!」

「そして、そのまま家から出さない、ということですね?」

 突っ込むポーリンを睨み付けるユアン。

(悪魔め! これだから、胸の大きな女は……)

 胸の中で舌打ちするユアン。

 その後も話し合いは続いたが、平行線を辿るばかりであった。そしてマイル達がお風呂の給湯を頼まれたのを機に、本日の話は打ち切りとなった。

 ユアンはこの宿に二人部屋を取り、メーヴィスと一緒に寝る、と主張したが、勿論却下された。

 その後、お風呂に行こうとしたメーヴィスにユアンがついていこうとする事案が生起したが、みんなで引き剥がした。お風呂には天井の少し下にある明かり取り以外には窓がないし、中庭の隅にポツンと建っているため近付く者は丸見えであり覗きは不可能であるが、堂々と入り口から入ろうとする者の存在は想定外であった。そしてメーヴィスと一緒に入ろうとしたユアンに、皆、どん引きであった。

 いや、実家では、と弁明するユアンに、それは13歳の時まででしょう、とメーヴィスが慌てて否定したのであるが。

「「「「13歳まで?」」」」

「え、何か変?」

「「「「…………」」」」



 翌朝、マイル達が食事に行っても、ユアンの姿はなかった。

 既に食べ終えたか後で食べるのか、皆は特に気にしなかった。

 しかし、マイル達がギルドに向かおうとした時にも姿を見せないユアンに、さすがに少し不審に思っていると、レニーちゃんが教えてくれた。

「あ、お兄さんなら、朝早くにお出かけになりましたよ」

「「「え……」」」

 あの様子では、今日は仕事について来そうな雰囲気であったが、拍子抜けである。

 ならば、戻ってくる前にと、さっさと出掛けることにした4人であった。


「いいのが無いわねぇ……」

 ギルドの依頼ボードには、あまり良い依頼が無かった。

 件数はそこそこあるのだが、なかなか条件が合わなかった。Dランク以下のものであったり、Bランク以上であったり、報酬が割に合わなかったり、遠出が必要なものであったり……。

 ユアンがいる今は、さすがに泊まりがけの遠出の依頼を受けるのは気が引けた。かと言って、Dランクの仕事を取るのも申し訳ない。

「仕方ないわね、常時依頼と素材採取で行きましょうか……」


 そしてやって来た、Cランクハンター御用達の狩り場。

 オークやオーガとかも出るため、Eランク以下のハンターは来ない。たまにDランクの者も来るが、普通はCランクか、Bランクに成り立てくらいまでの者が来る森である。

 マイルは、狩り場の森に着くと早速探知魔法を使用した。街中で探知魔法を常時使っていると探知目標が多すぎて鬱陶しいし、人間を対象外には出来るものの、街中で人間以外のものを探知してどうする、ということもあり、普段は使っていないのである。

 そして、狩り場で獲物を探知しても、マイルはそれをいちいち他のパーティメンバーに教えたりはしなかった。あまり何でもマイルに頼っていると、パーティが解散したり、マイルが別行動を取っている時等に何も出来なくなってしまう。それではいけないので、マイルにしか出来ないことをしてパーティをサポートするのは、物資の収納と、本当に危険な時のみ、と自分で決めていたのである。


「……あれ?」

「どうかしたの?」

「あ、いえ、何でもありません……」

 マイルの怪訝そうな様子にレーナが声を掛けたが、マイルはそれを受け流した。

(近くに人間の反応がある……。なのに、声も音も立てていない?)

 少し疑問に思ったが、ここは狩り場である。他のハンターがいても全然おかしくない。静かなのも、休憩中なのかも知れないし、獲物に忍び寄っているところかも知れなかった。

 というか、狩りの最中に騒ぐ方がおかしかった。

 そう思い、皆と同じように目視により獲物を探すマイル。探知魔法はオンにしたままであるが、それはあくまでも安全のためであり、それを使って楽に狩りをする気はなかった。余程獲物が獲れなかった時を除いて。


(ついてくる……)

 マイルは、先程から、さっきの人間の反応が一定距離を保ってついて来ることに気が付いていた。ひとりがやや近く、その後方に4人が追従していた。これは、どう見ても『相手に気付かれないように追跡する』というパターンであった。さすがに、これはマズい。マイルはみんなに側に寄るよう手で合図した。

「どうしたのよ?」

「つけられています……」

 歩きながら近寄ってきたレーナの問いに、マイルは小声で伝えた。

「少し前から、5人、ついて来ています。等間隔で、ぴったりと」

「ふぅん? じゃ、いい場所を探しましょうか」

 メーヴィスとポーリンも、黙って頷いた。


 それから十数分後。

 数人の大人が手を繋いで囲めるくらいの大木を背にしたマイル達の前に、5人の男達が姿を現した。大木寄りにレーナとポーリン、その前にマイルとメーヴィスが立っている。

 男達は、後方を木に塞がれて逃げられない場所で休憩したマイル達に、絶好のチャンスとばかりに姿を現したが、勿論マイル達が大木を背にしたのは、囲まれて後方から攻撃されないようにであった。


「え? 何ですか、あなた達は。私達に何か御用ですか?」

 薄ら笑いを浮かべながら近付く男達に、ポーリンが、少し怯えたような、戸惑った声をあげた。

 ……役者である。

「へへへ、なに、ちょいと俺達の相手をして貰おうかと思ってな……」

 嫌らしい嗤いを浮かべながらそう言う、リーダーらしき男。

「恨むなよ? 俺達はただ、受けた依頼を遂行しているだけなんだからな。ただの仕事だ。

 へへ、仕事熱心で、真面目だろ、俺達」

「……依頼?」

 薄ら笑いからにやにや笑いへと変わった男の言葉に、レーナが怪訝そうな顔をした。

「そうよ。御家族様からの御依頼だぜ、『仲間の女達をめちゃくちゃにして、ハンターを続けられないようにしてくれ』とさ。そうすればハンターを続けるのを諦めて家族の下へ戻るだろう、ってことらしいぜ。いい家族を持ってるじゃねぇか、ははは!」

「「「「え……」」」」

 その言葉に、愕然とするマイル達。

「よし、じゃあお前達、一番デカい女には手出しするなよ。傷も付けるな。他の女は好きにしていいぜ!」

「え……」

 男達のリーダーの言葉に、凍り付くメーヴィス。

「そ、そんな……、そんなはずが……」

 メーヴィスの顔は、蒼白であった。

 誇り高き貴族であるはずの家族が。

 騎士としての誇りを何よりも大切にしていたはずの、父が。兄達が。

 信じられない。いや、信じたくない……。

 ふらり、とよろけたメーヴィスを、マイルが慌てて支えた。

 そこに、更に男の言葉が続けられた。

「よし、茶髪の、一番デカい女以外なら、好きなのを選べ!」

 それを聞いた『赤き誓い』の4人は、大声で叫んだ。


「「「「一番デカい、って、胸のことかあぁ~~ッ!」」」」

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